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02.先輩
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「吉岡。あのさ」
「はい!」
名前を呼ばれて慌てて立ち上がる。
半分眠くなっていたので、上司に呼ばれたのかと思った。
声の主は、隣の席の男。
彼は書類に目を落としていたが、吉岡が立ち上がるのを確認して苦笑した。
「な、なんだ。係長に呼ばれたのかと」
彼は頭をかいて、隣の男に視線を戻す。
「本当に、吉岡は面白いな」
笑顔を見せる彼だが、疲れ切った顔は蒼白だ。
顔色が悪いせいか、黒髪が映える。
細面で神経質そうな顔立ち。
右頬と口元にあるほくろ。
それがあるだけで、彼の印象はかなり幼く見える。
しかし、大して構わない身なりに目を取られて、地味な男に見えた。
「すみません。保住さん。なんでしょう」
自分よりも少し先輩の保住に声を潜める。
周りは吉岡を愉快そうに見ていた。
「なんでしょうじゃない。人に書類を預けたのは誰だ?」
「おれです」
吉岡はぺこぺこだ。
毎日の恒例となった赤ペン先生か。
今までの係長は細かいことにうるさくない人だったから、適当に書類を作成してOKをもらっていたが、今年から異動してきた係長は人はいいが、文章にだけはうるさい人だった。
それでなくても、書類については毎日注意されるので、係長に出す前に先輩である保住に赤ペン先生をしてもらうのだ。
彼の書類作成能力は秀でている。
係長の福岡も一目置くくらいだ。
よって、保住の赤ペンが通れば、係長のOKも出るというものだ。
最近はそれを学んだので、保住を利用していることが多い。
保住は忙しい中、吉岡の赤ペンに嫌な顔をせずに付き合ってくれている。
「まずは、ここ。この表現がわかりにくい。そして、ここ。こんな書き方教えた覚えはない。この前もここは注意したはずだ。係長名で出すんだからもう少し熱心に勉強しないと」
「すみません」
厳しく言い渡されるとしょんぼりだ。
隣で聞いていた同僚たちは苦笑している。
「そして……」
保住は赤いボールペンをくるくるさせながら吉岡を見る。
隣の席で距離が近い。
なんだかまっすぐに見つめられるとドキドキしてしまう。
まだあるの?
しかし、彼は笑顔だ。
「前回よりは遥かによくなっている。もう少しだ。吉岡」
褒められた?
吉岡は表情を明るくする。
と、つられてなのか。
保住も微笑んだ。
「頑張れよ」
彼の笑顔は刺激が強い。
地味なタイプなのに。
時折、見せる笑顔を見たくて。
つい頑張ってしまう自分がいる。
ぼんやりしていると、反対となりの新人の水野谷が苦笑する。
「また怒られちゃって」
「失礼だな。怒られてなんかいない。褒められたんだ」
「いやだな~。保住さんに褒められてにやけてる」
彼は平然と冗談を言ってくる。
仮にも自分のほうが二年先輩だぞ!と吉岡は思う。
つい半年前に入ったばかりのくせに。
将来は大物になりそうな風格だ。
丸い眼鏡をかけ、ひょろひょろした男だ。
頭は切れるらしい。
学習院を出ているとのことだった。
だけど、お堅い感じはなく、こうして気さくに話しかけてくる。
まあ、相手が吉岡だからかもしれない。
誰彼構わずという男でもなさそうだ。
自分は真面目でやってきているのに、なぜ彼が冗談を言ったり、いじる相手として自分を選んでいるのかは不明だ。
しかし、年下にいじられるのは不本意以外のなにものでもない。
「あのねえ。子供でもあるまいし。そんなちょっと褒められたからって、にこにこなんかしないぞ、おれは」
「え!そうですか?すっごく顔がにやけていますけど?」
「お前ねえ」
文句が大きくなるにつれて、はっとする。
同僚たちは吉岡と水野谷のやり取りを見て笑っている。
そして保住もだ。
「保住さん、水野谷がおれをいじめます」
泣きついてみる。
真面目な男であるが、こういう時は話に乗ってくれることも多い。
「仲がいいことはいい仕事をすることにもつながる。大いに仲良くしなさい」
「これのどこかが仲がいいと思うんですか?」
「そうか?じゃれているようにしか見えないがな」
保住がそう言うと他の同僚たちも「違いない」と笑った。
まただ。
彼が笑顔になると、どうしてこう、胸がきゅんとするのだろう。
分からない。
吉岡は赤面して仕事に戻った。
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