アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
09.不甲斐ない
-
「国に行くんですもんね」
保住は吉岡を見る。
「もうそんなに出回っているのか?」
「噂なんてそんなものです」
黙り込む保住。
吉岡はまっすぐに前を向いたまま呟いた。
「寂しくなります」
「たったの二年だ」
「二年も、です」
吉岡は膝の上でこぶしを握る。
ここにいても、会えないことのほうが多いのに。
どこか遠くに行ってしまうのは心配だった。
「面白いこという。吉岡は。妻と同じだ」
「加奈子さん、お元気ですか」
「元気すぎるくらいだ。子供たちもいい年になって手を焼くらしい。おれもほとんど自宅には寝に帰っているようなものだからな。話し相手にもならないと怒られてばかりだ。それなのに、国に行くなんてことになったからね。最近は口もきいてくれないよ」
「加奈子さんらしいですね」
保住の子供たちは大きくなっているはずだ。
「息子さんは……」
「東京だ」
「娘さんは?」
「まだ中学生だな」
「まだまだ手がかかりますね」
「年頃の娘の考えはよく分からない。特におれなんか家族だとは思われていないのだろうな」
ベンチの背もたれに寄りかかり、保住は空を仰ぐ。
「本当にお疲れですね」
彼の瞳は疲労の色が濃い。
くすんで見える。
保住はこんなだったろうか?
まだ40も少し超えたばかりなのに。
なんだか。
とっても年に見えて。
違和感だ。
「保住さん、体調が悪いんじゃ……」
「そうだろうか?疲れだろう。……いや。最近は、体調が悪いのか、疲れているのか、どちらなのか分からないようだ」
彼はそういうと、吉岡を見つめる。
胸が。
高鳴る。
あの頃の、机を並べていたときに感じていたこのドキドキが、何年も経っているのに新鮮に感じられるのだ。
「それって、不味いですよ。国に行く前に、なんとかリセットしないと」
口で話していることが、第三者の言葉に聞こえる。
耳がドキドキという音で支配されて、よく聞こえない。
「それは難しいだろうな……」
「すみません。意味のないことでした」
「いいや。吉岡、いつも心配してくれてありがとう」
彼は笑う。
お日様みたいな笑顔とは、少し違う?
力ない。
その笑顔は、なんだかとても痛々しい。
吉岡は、たまらず彼の手を両手で握る。
「吉岡?」
驚いた保住だが、真面目で真剣な彼の表情に言葉を止める。
「その辛さ、おれが背負えたら良いのにって思います。保住さんの側で、出来るだけのことをしてあげたいのに。おれは、こんな。まだまだ、あなたの側に行くことは叶いません」
吉岡は、涙を浮かべて、頭を下げる。
「こんな不甲斐ない後輩で申し訳ありません。申し訳、ありません……」
何度も何度も謝罪する吉岡を見詰めて、保住は目を瞬かせていたが、表情を和らげる。
「すまないな。お前に、そんな思いをさせるつもりはないのだ。これは、おれの問題だ」
「でも、おれは……っ、力になりたいんです」
「吉岡……」
保住が何かを言いかけたとき。
一人の職員が顔を出す。
「課長!副市長がお呼びです」
はっと弾かれたように、吉岡は顔を上げる。
「すまないな。吉岡」
保住は微笑を浮かべて、それだけ言い残すと、やってきた職員と共に姿を消した。
その後。
保住と顔を合わせる機会はなく、彼は国へ旅立った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
18 / 109