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22.そして…
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「吉岡さん!」
はっとして顔を上げる。
昔の夢を見ていたらしい。
自分としたことが。
「さっきから何度も声をかけていたんですけど?」
少し生意気そうな男。
左目尻のほくろが印象的だ。
「保住」
「自分で企画案を持ってこいって言ったんですからね。人を呼びつけて居眠りって、おれよりも失礼ではないですか」
「すまない」
役所で彼を初めて見た時。
驚いた。
まるで、初めて出会った頃の保住がいるのかと思ったからだ。
「今日は、お前のお父さんの命日だったな」
「そうでしたか?」
彼はふと書類を開く手を止める。
「ここのところ、気温が高いから、この時期でも桜が咲きそうだ」
「本当です。父の葬儀の日は、まだ雪が残っていましたから」
保住から父親の話を聞くことは滅多にない。
「君のお父さんは、いい職員だった」
「大嫌いです。でも……」
ふと、保住は瞳を細める。
「同じ仕事について、あの人の苦労も理解しました。でも、おれはもっとうまくやってみるつもりですけど」
こういう自信過剰なところは、加奈子が入っている気がする。
うまく両親のいいところを引き継いでいるようだ。
吉岡は苦笑する。
「おれは、君のお父さんが好きだったのかもなあ」
気味悪がられるかな?
保住の反応を注視するが、彼は苦笑していた。
「吉岡さん、あんな仕事バカの融通きかない父を好きだなんて。結構変わり者ですよ」
「そうか?」
「そうでしょう?父のせいで、死ぬほど残業させられたんじゃないですか?」
保住は笑う。
「そういうお前も、ずいぶん部下に仕事増やしているのではないか?お前の能力なら、ノー残業でできる業務も、普通の職員では、何日もかかってしまうものだ。配慮してあげなさい」
「申し訳ありません。自重しますよ」
「嘘ばっかり。自重できるなら、もうやっているだろう?」
吉岡の言葉に、保住はいたずらな笑みを浮かべる。
「それはそうですね。自分のやりたい事が出来ないなら、やっている意味がないです。父が亡くなって仕方なくついた職ではありますけど、選んだのはおれです。後悔はしたくない」
『そうだろう?吉岡』
目の前にあの人がいる錯覚に眩暈がする。
ぼんやりとしていると、保住が声を上げた。
「吉岡さん?」
「いや。すまない。今日は、ぼんやりしているらしい」
「しっかりしてくださいよ!部長」
「すまない」
書類に向き合う吉岡を見て、保住は企画の説明を始める。
吉岡の市役所ライフはもう少しだ。
残された時間。
あの人の息子と、こうして過ごせることはこの上ない喜びだ。
約束したから。
いろいろな荷物を抱えて、吉岡はこうして生きていく。
生きている限り。
あの人を忘れることはない。
自分がここにある限り。
ー終ー
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