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03.新生振興係
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一方。
同じ二階は二階でも、別の部署に出勤した十文字は。
「おはようございます」
顔を出すと、渡辺と谷口が出勤していた。
「おはよう」
「十文字。おはよう」
二人はしっくりこない顔をして居心地が悪そうに座っていた。
それもそのはずだ。
昨日までとは違う席順だからだ。
まだ、自分のテリトリーとして受け入れられないのが正直なところだろう。
小学生の頃、席替えをして登校した翌朝みたいな雰囲気に、はるか昔のざわざわした気持ちが蘇ってきた。
昨日まで、係長の席には市制100周年記念事業推進室長へ異動となった保住が座っていた。
その係長席に今日から座るのは、昨年度係長補佐であった渡辺だ。
そして、渡辺が座っていた席に谷口が横移動する。
十文字は、先輩であった田口が座っていた左隣の席に座った。
隣に移っただけなのに、見える景色が違うだなんて。
いつもよりもみんなが、言葉数が少ないのは緊張しているに違いなかった。
なんとなく気まずいような気持ちになりながらパソコンを開くと、扉がノックされて一人の男が顔を出した。
中肉中背。
年の頃は十文字よりも上。
保住くらいだろうか。
切れ長の目が猫っぽい。
文系の塊みたいな真面目そうな男だった。
「本日付で配属されました有坂 聖人(まさと)です。前職は議会局になります。どうぞ、よろしくお願いいたします」
あんまり真面目そうなので、さすがの渡辺も冗談をかます隙もない。
いや。
彼自身が緊張しまくりなのだろう。
そういった心の余裕がないというところ。
「係長の渡辺だ。よろしく」
渡辺の普通の対応に、谷口も習って続く。
「主任の谷口だ。君の担当はおれになる。わからないことがあったらなんでも聞いてくれ」
有坂は谷口に軽く礼をする。
そして。
「十文字です。副主査です。どうぞよろしくお願いいたします」
「よろしく」
真面目で表情が崩れることのない有坂。
どんな人間なのか、見当もつかない。
昨日と同じ部署なはずなのに、十文字は軽くめまいを覚えた。
––––なんだ、これは?
同じ場所であることに変わりはないのに、全くもって雰囲気も違う。
そして。
「おはようございます」
一番最後に登場したのは、ここでは下っ端になる男。
冨田 元(はじめ)だ。
彼は市民課からの異動。
自分と同じコースだ。
どんな男なのかと期待していたが、期待通りというのか、期待外れというのか。
太ったほっぺの赤い男だった。
身の丈は自分よりも小さい。
だけど、横幅は倍?
もこもこと段ボールを抱えて、ふうふう言いながら入ってくる。
どっかりと荷物を下ろす仕草は雑。
きっと仕事も雑なのではないかと予測できしてまう。
「ええっと。冨田です。冨田です! 市民課から来ました。よろしくお願いします」
彼の登場は、場を和ませるには十分だ。
渡辺は緊張で強張っていた顔を緩めて吹き出す。
「ぶ」
それに釣られて谷口も。
「なんだ。デブかよ」
「で、デブって言いました? ひどいです!」
––––こんなにあからさまにに太っているのに、それを指摘されて気にするのだろうか?
十文字はそんな疑問が浮かび、つい、思わず冨田のお腹をつまんでしまった。
「はひ!」
「柔らかい」
「ななな、セクハラですよ」
冨田は顔を真っ赤にして、汗をかきかき抗議するが、渡辺は爆笑した。
「や、やめてくれ……。本当。なんなんだよ。このメンバー」
彼はお腹を抱えて笑う。
「おれの初係長のスタートが。骸骨、堅物、性悪、デブのメンバーだなんて……おれって可哀想すぎる」
「堅物って、おれですか」
有坂は目を見張っている。
そして、冨田も。
「またデブって言った……」
しかし、谷口と十文字は顔を見合わせて微笑む。
「いい門出じゃないですか」
「そうそう。渡辺係長らしいメンバーです」
「お前たちな」
「そういう係長は、人いじりの天才。それって人からみたら悪趣味なんですからね。同じ仲間ですよ」
十文字の言葉に渡辺は笑む。
彼にとって、そういう言葉は褒め言葉なのだから。
「そうそう。そうだな。このへんてこなメンバーがちょうどいいな。ここに可愛らしい女性でも入ったら、回らなくなる」
「そうですよ。人事もよくわかっているんですね」
谷口はメガネをずり上げて苦笑した。
そう。
文化課振興係は、今年一年、このへんてこメンバーで始動するのだ。
「失礼な」と怒っている有坂と、「デブなんて」としょんぼりしている冨田を眺めて、「悪くない」と呟く。
昨日までの振興係は、保住の振興係だった。
だけど。
今日からの振興係は渡辺の振興係なのだ。
その一員としてスタートできることは嬉しいことでもある。
パソコンに視線を戻してから、ふと思う。
天沼はどうしているのだろうか。
––––大丈夫かな?
さっそく忙しいのだろうな。
そんなことを思いながら。
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