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21.朝食と約束
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6月。
梅雨に突入したというニュースが耳に入った。
盆地特有の湿度との闘いの日々が開始されたのだ。
梅沢市は小さい盆地である。
空気が抜けないおかげで、からっとした夏模様になることはない。
いつでもムシムシとして銭湯で仕事をしているような雰囲気だ。
この時期は夜も寝苦しくなるため、エアコンが手放せないのだ。
夜寝苦しいのは、昼間の疲労にも直結する。
それでなくても、絶対的に睡眠時間と休息が足りていない。
一度寝入ってしまうと、朝まで身じろぎもせずにそのまま……なんてことも多く、朝起きると首や腰が痛むということは日常茶飯事だった。
「天沼さん。起きなくていいんですか」
聞き馴染んだ最愛の男、十文字の声にはったと目を見開いた。
「何時?」
咄嗟に出た質問に、彼はあっさりと答えた。
「6時ですよ」
びっくりしてスマホを見た。
どうやら二度寝していたらしい。
がばっと身体を起こした。
「ごめん! ありがとう。十文字」
「いいえ。疲れているんですよ。本当に。昨日も遅かったじゃないですか」
十文字に気を使って寝室を別にしているというのに、結局は帰宅した音で眠りを中断してしまうのだろう。
十文字は、天沼の帰宅時間を毎日把握している様子だった。
なんだかすまない気持ちでいっぱいになった。
天沼の心情を察してくれているのか。
十文字は明るく笑った。
「そんな顔しないで。元々睡眠にはそう執着しないタイプですよ。おれ」
「でも……」
「そんなことより、ほら。ご飯食べないと」
十文字の声に促されて、半分眠っている頭を無理やり起こす。
先に廊下に姿を消した十文字を見送ってから、ワイシャツに着替えた。
6月からはクールビズだ。
ネクタイがないのはすごく嬉しい限り。
寝癖だらけの頭でリビングに出て行くと、味噌汁のいい香りがした。
これ。
十文字と暮らすようになって、ほとんど一緒にいられないはずなのに。
この朝の一瞬が嬉しい。
「ごめん。また朝食作ってもらって。おれもやらないといけないのに」
「気にしないでくださいよ。そういう約束でしょう」
「そんなことない。十文字だって大変でしょう? ——そう言えば、あの子どうしたの?」
あの子とは、文化課振興係に配属された新人のデブの子。
——冨田って言ったっけ?
十文字の後ろをくっついて歩く彼が羨ましい。
——あの子に自分がなれたらどんなにいいだろう?
見かける度にそう思う。
——これって焼きもちってやつなの?
別に二人の関係を詮索しているのではない。
ただ、十文字と四六時中一緒にいられる立場が羨ましいと思っているだけだった。
席に着いてさっそく箸を持ち上げて「いただきます」をする。
「……どうって。順調ですよ。あいつ、ああ見えて仕事のセンスはあるみたい。案外、飲み込み早いし。おれなんて、ものすごく時間がかかって保住さんから0点つけられた企画も難なくクリアだって。冨田がうまく仕事してくれるのは嬉しいけど、おれとしては、なんだか自信なくしちゃうな……」
「それは、新しい係長がゆるいんじゃないの? 保住室長は仕事には厳しいもの」
「ああ、それはあるかも。保住さんだったら、冨田も10点くらいだよな~……」
「ねえ、冨田『も』ってことは、十文字も10点?」
天沼は悪戯に笑みを浮かべた。
エプロン姿の十文字は、台所の片付けをほどほどに席に着いた。
「そんな意地悪言わないでよ。おれも意地悪だけど、結構天沼さんも意地悪だよねえ……」
「そうかな~……。いつもの仕返しだよね。おれは悪くない」
「そういうのって、自分勝手って言うんですからね」
「十文字に言われたくないよね」
文句の言い合いだが、これは二人のコミュニケーションの一つ。
お互いに視線を合わせて苦笑した。
どんなに忙しくても、朝食は一緒に。
それだけは二人の約束だからだ。
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