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ついてくるもの
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「なんでそんな怖いって思うわけ?見えてんのに」
「見えてるから怖いんだろ」
「俺は」
「見えないモンの方がよっぽど怖い」
しまった。こんな所で。
この春から大学生活も3年目に突入した葛西 辰真(かさい たつま)は暗い住宅街の一角で立ち尽くしていた。
気付かなければ良かったのに、気付いてしまったものはもう遅い。灯りの消えた街灯の下、その暗がりに不自然な人型の影。
ああ、見てしまった。辰真は素知らぬフリで通り過ぎるか、引き返すか、熟考していた。
素知らぬフリが出来るか?こんな狭い道で、ほとんど真横を通るのに。
「なあ、何してんのこんな所で」
極度の緊張の中、辰真は後ろから急に呼びかけられて心臓が飛び出すかと思った。
しかし、人だ。これは有り難い。流れで一緒に通り過ぎさせてもらおう。そう考えて振り返ると、声の主はいかつい青年だった。
「信号も何も無いってのに。なんか待ってんの?こんな暗闇でさ、変質者かと思われるよ」
「何も待ってないです、そんな変質者によく声をかけましたねぇ」
「や、俺はアンタがそこの大学の人だってわかってっから」
どうして。と顔に書いてあった事だろう。
「大学の前のカフェで友達待ってたんだよ、んで大学から出て行くアンタをたまたま見かけて。んじゃ約束すっぽかされて帰ろうと思って今ここ」
俺より10分くらい前に歩いてったと思ったけど、なんでこんな何も無い所で立ってんだと思って。
気になったからって、話しかけるか?普通、と思いつつもおかげで助かったからツッコまないでおこう。と思い直して辰真は自然な流れを装って歩き出した。
「いや、忘れ物して、取りに帰るか誰かに頼むか悩んでただけで…10分も経ってたとは」
「ふーん?」
これは信じていないな。
「…それに、見たく無いものを見てしまう気がして」
「ゴキブリの話か?踏み潰せよそんなもん」
半信半疑な顔でその男もつられて歩き出す。
「そんな話誰もしてないですけど」
「んじゃなんだよ、ボヤかした言い方しやがって」
人と話していれば気がまぎれる。通り過ぎた。やった。
辰真がそう心中で胸をなでおろした瞬間だった。
「うお!なんだビックリしたあ、人か?暗いから気付かなかった」
おい、バカ。何を。
背筋が凍った。もしかしなくても、その男は今、必死で辰真が目を逸らしていたソレに反応したのだ。
「なんだ、騒がしいな」
「いやあんな暗がりによお、ビックリすんじゃん」
なるべく平常心を装って、走り出したい気持ちを抑えて、辰真はとにかく歩き続けた。
「なあ、なんでアンタついてくんの?」
「駅がこっちだから…というか、ついてきてんのはお前だろ」
「あっ、急に口わりーの。何か用があってあそこに立ってたんじゃねーの?あれ?」
そう言って振り返った男はまた何事でも無いかのようにサラリと言った。
「さっきの暗がりにいた変なやつ、ついてきてんだけど」
なあ。と辰真をも振り返らせようとする手を振り払って小声で怒鳴る。
「それ以上アレについて話すな、見えてないフリをして、気付いてないフリをして、記憶からも消せ」
呑気な男は話を聞いているのかいないのか、それよりも震えている辰真を見て肩を引き寄せた。
「いや何してんだ!」
「いや、なんか、震えてるから」
こえーの?あれ。
怖いに決まってんだろうが。
駅に着いて、辰真は丁度自分の向かう方向のホームに来ていた電車に一も二もなく飛び込んだ。
どうやら奴は反対方向らしく、特に挨拶もなく反対のホームに立った。
その背後には影。
しかしどういう事か、見えていないらしい。
「…よかった」
あの様子なら、あの男は大丈夫だろう。ああいう手合いの者は反応しないに限る。
目があってしまわないように、辰真は体ごと振り返って車内に向き直ってから大きく息を吐いた。
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