アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
120 2019年8月14日
-
お盆、二日目の朝は曇り空だった。
その雲も、上空で勇ましく動いている。
風見は、お爺さんの休む隣の部屋で布団を畳んだ後、玄関からそっと外へ出てみた。
「・・・。」
いよいよ台風の近づく足音が聞こえてきた気がした。
海は灰色になり、遠くからでも分かる白波が立っている。
港には船が見当たらなかった。
ブロック塀に埋め込まれた郵便受けから新聞を取り出し、音を立てないよう静かに家に戻った。
山の斜面に立つ家だ。
風向きによっては、吹き上げる風に屋根が飛ばされるかもしれない。
部屋に戻って、新聞に書かれた天気の情報をくまなく読んだ。
昨日まで、長崎へ向かっていた台風は、進路を北へ向けたようだった。
それでも酷くなっていく風に、台風の巨大さが窺い知れた。
隣の部屋で物音がした。
・・・お爺さんが起きたようだった。
婿は、優しい。
小夜のことを大切に思い、大事にしてくれている。
そして、台風だからとわざわざ心配して来てくれた。
もったいないほどの良い男で、もったいないほどの優しい男だ。
何故、小夜でなければならなかったのかは、分からない。
だが、小夜が風見さんに惹かれる理由は、分かるつもりだった。
男が男を好いとることを表立って言える世の中は、戦時中を知る者としては、信じられないくらい柔らかになった。
世の中は変わっていく。
その変化が、可愛い孫たちの幸せに繋がれば、幸せだ。
叶うなら、小夜が卒業し、幼稚園の先生として奮闘する立派な姿と、風見さんの良き夫として隣に立つ姿を見たいと思っている。
それまで命の灯火が残っているか、否か。
のう、ばあさん。
可愛い孫たちだったろう?
ひ孫は望めんが、小夜が幸せそうに明るく笑う姿を見ることが出来た。
あと少し、この世にいたいと欲が出た。
のう、ばあさん。
もう少し、孫たちを見守ることを許してくれんか。
ベッドから仏壇を見ると、ばあさんが優しい顔を向けて笑っていた。
お盆は、ばあさんの気配がする。
声も聞こえない。
いつも優しい笑顔の写真が動くわけでもない。
だが、ばあさんが側に帰ってきてくれた、そんな気がするのだ。
・・・婿と3人で、茶でも飲もうか。
時間をかけて、ゆっくりと体を起こした。
最近、足も手の力も落ちた。
ベッドの柵を掴む手が震えるのは、そういうことだろう。
命の刻限を感じる。
怖いという気持ちと、ホッとする気持ちが混ざった不思議な感情だ。
だが、ふたりをもう少し見守っていたいという欲が、彼を支えていた。
もう少し、しっかりせんとならん。
「・・・そうじゃろう?」
仏壇のばあさんに声をかけたところで、襖が開いた。
「お爺さん、おはようございます。」
「ああ、おはようさん。」
優しい婿だ。
「温かいお茶をいれました。小夜みたいに美味しくはないかもしれませんが、飲まれませんか?」
あぁ、聞いたか、ばあさん。
本当に、良い孫なんだ。
「ありがたい。ばあさんの分も、いれてくれんかね。」
「はい!」
もう少しだけ、欲張ることにするよ。
頼んだよ、ばあさん。
力の入らない足に、力を込めて立ち上がった。
さあ、今日も一日が始まる。
可愛い孫たちのために、今日も生きよう。
手すりを伝いながら、台所に消えていった風見の背中に、彼は静かに微笑んだ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
120 / 343