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雲が多くて、風の吹き荒ぶ音がする。
ガタガタと揺れる雨戸は、不安しか起きない。
「台風、何処だろうね。」
「うん。」
母親と短い会話を交わした後は、自然と無言になった。
もう、すっかり深夜だ。
停電になってもおかしくないくらいの風に、小夜は改めてまとめた荷物を確認した。
自主避難は、今のところ必要無さそうな気がしている。
進路が若干変わってきているからだ。
だけど。
「じぃちゃん家、大丈夫かな。」
「あそこはね、うちより太い柱を使ってあるから、大丈夫。」
「そっか。」
いざとなったら、担いで避難すると言われている。
特に連絡がないということは、あっちでもまだ自主避難の必要はないと考えているのだろう。
ガタガタと揺れる音、時折何かが転げていく音に、どうしてもびくびくとしてしまう。
「そろそろ寝んね。」
「うん。」
お互い懐中電灯を持って、靴下を履いたまま寝ることにした。スニーカーはベッド脇に置いた。
『何事も計画と準備。』
風見さんの受け売りだけど、大事なことだと思う。
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
家が軋む音がする。
寝れない気がするけど、この緊張感があれば、きっと異変にも気付ける気がした。
母さんをいざとなったら守らないと。
小夜はそう思いながら、風見へ『おやすみ』と送った。
------------※ ※ ※------------
送られてきた『おやすみ』のメッセージ。
風見は、スマホの明かりでぼんやりと浮かび上がる暗い室内で微笑んだ。
台風は九州の下を暴風で荒らしながら、広島へ向かっている。
それでも、遠い長崎の木々を大きく揺らし、不気味な風の渦をあちらこちらで吹き回していた。
お爺さんとふたりで晩酌をした。
いや、お婆さんも一緒だったかもしれない。
小さなテーブルを囲んで、一杯ずつ酌み交わした。
「この家は、婆さんが気に入ってな。」
晴れた日には、遠くの港の霧笛が聞こえる。
風に乗って、駅前のチンチン電車の走る音も聞こえた。
目の前の稲佐山(いなさやま)に夕陽が沈み、沈んだところから紫の濃い夜の帳が広げられていく。
野良猫が我が物顔で塀を歩いていく。
車の入り込まない、静かな場所。
「ここでたくさんの思い出を作った。」
「はい。」
良いこともあれば、悪いこともあった。
だが、その全てが思い出として胸にしまってある。
「じぃが死んだら、この家は処分してくれて構わないが、売れはしないだろうなぁ。」
車の入れない不便地。
家の住人が高齢になっていき、近所では空き家が増えた。
「まだまだ元気に住んでいただかないといけません。」
「そうは言うがな、人間誰しも終わりがある。」
そう、終わりがあるのだ。
だが、それがあるからこそ、生きる喜びを感じることが出来る。
自ら命を終わらせる生き方は悲しい。
生きていれば、幸せだと思えることも出てくるのだ。
長く生きてくると、そう思えることにたくさん出会えた。
「小夜を頼む。」
「はい、必ず幸せにします。」
そう言うと、お爺さんは笑った。
「風見さん、そこが違う。」
「え?」
お爺さんが優しい目でお婆さんの遺影を見つめた。
「幸せは、ふたりで作るもんじゃ。」
・・・あぁ、そうか。
そうだった、ふたりで作るものだった。
「・・・お婆さんと、作ってこられたんですね。」
「成功したかどうかは、婆さんが迎えにきた時に聞いてみるよ。」
背筋が伸びる話だった。
「ありがとうございます。」
頭を下げると、まるで子どもにするかのように頭を撫でられた。
「おまえさんも、じぃの可愛い孫ばい。」
何だか、生きてきて良かったと思えた瞬間だった。
「お爺さん、あなたは大切な家族です。」
そう言うと、お爺さんは溶けそうな笑顔で笑ってくれた。
となりの部屋で眠るお爺さんの気配を感じながら、風見は小夜へ返信を書いた。
『おやすみ、愛する人。』
『おれも、愛してる。』
風が支配する深い夜。
風見は、離れて休む家族たちに彼らの幸せを祈りつつ、ゆっくりと瞳を閉じた。
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