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午後一番で始まった僕の短距離走は……騎馬戦へプレッシャーもあってか今だかつてないくらいにボロボロだった。
「あー…もう、消えたい。」
「転ばなかっただけでヨシとしよう?」
メゲまくりな僕を心配してか体育祭の実行委員をしてるはずの三田がフォローをしにきてるしまつ。
もう…本気で消えてしまいたい。
ズドンと落ちてる僕の肩を叩いて三田があやしてくれるけど…それがまたかえって申し訳なくて。
…すると。
ワッ!!
空気を揺るがすようなざわめきに驚いて顔を上げる。
…と?
「好田!?」
長距離走に出場している好田がトラック上で四つん這いになってて…?
「えっ、好田どうしたの?」
「進路妨害…つか、足かけられたみたいだ。」
「ええっ!?」
驚きのあまり声が裏返る。
足かけられた……って、何で…?
わなわなと震える唇を噛み締めながら好田をみると彼はスクッとその場で立ち上がりゆっくりと走り始めた。
「よかった…大丈夫だったみたいだね…」
「足、痛めたな。」
「えっ!?」
ホッとしたのもつかの間。
三田の言葉にまた驚いて好田をみるけど…そんな様子なんて……。
「アイツ無理する天才だから。」
ボソリとそう言って三田が立ち上がる。
「どこ行くの?」
「あと十周だろ。その間にアイシングの用意してくる。」
そう言い残して三田はすぐにいなくなってしまった。
残された僕はどうすることもできずただ目の前を走り続ける好田をみてるしかできなかった。
周回が増すごとに好田の顔に苦痛の色が出始める。
それがどんどん深くなっていくのに僕はなにもできなくて。
……できない、から。
「よ、好田!あと一周だよ、頑張れ!」
震える声を振り絞ってそう叫んだ。
すると好田は走りながら僕に向かって親指を立ててみせてから…驚くほどのスピードでラストスパートをかけた。
中盤を走っていた彼は一人、二人と抜いていき残り数名のところでまた苦悶の表情を浮かべる。
そしてまた力強く走り出して……二着でゴールしたんだ。
「好田、好田っ!!」
トラックから戻ってくる好田を出迎えようと駆け出したけどすぐに姿を見失ってしまい慌てて周りを見渡す。
すると三田に腕を引かれて体育館の横手に移動するところだったらしく。
そっちに向かって駆け出し、角を曲がって二人の前にたどりつく…と。
「…って…」
「我慢しろ。」
真っ赤に腫れ上がってる好田の膝を三田がアイシングしているところで。
「よし、好田っ、足…」
「ああ。コケちまった。かっこワリィ。」
苦笑いを浮かべる好田をみながら僕は言葉を繋げなかった。
だって…
全然かっこ悪くなんて、なかった。
「三好?」
名前を呼ばれハッと我にかえる。
すると好田は少し笑って僕をみて。
「応援サンキューな。おかげで気合い入った。」
そう言った。
僕は……なぜだか胸がギュウと締め付けられるみたいに苦しくなって…短く息を吐きながら。
「二位、おめでとう。全然…かっこ悪くなんて、なかったよ。」
なんとか言い終わって、長距離走での僕のヒーローをみた。
「次はいよいよメインイベントだな。」
アイシングを続ける好田の膝をみれば…ひどく腫れてホントに痛そうだ。
「気合い入れてこうぜ。」
でも、好田がそう言うから。
だから…僕も。
「うん。頑張ろう!」
そう言って彼に握った拳を向けた。
アイシングを終えた好田の膝を三田が手早く応急処置してくれた直後に騎馬戦の召集アナウンスが流れた。
少し足を引きずりながら好田は三田に笑ってみせてから僕を振り返ってまた笑って。
そして迎えにきてくれた久保くんと坂下くんにも笑ってみせてから四人揃って集合場所に向かった。
白線で仕切られた枠に入り屈んだ三人の組んだ手の上に足を乗せる。
『人の手の上に足を乗せるなんて…』と戸惑っていた最初の時とは状況も感情も違う。
今の僕は…一分でも一秒でも早く騎馬戦を終らせることだけを考えていた。
少しでも早く、好田を休ませてあげたいと思ったからだ。
「取りあえず…弱そうな奴ら狙うか。」
そんな僕の思いも知らずに好田はまた笑って馬二人に声をかける。
すると右の久保くんがアゴをクッと左に向けて。
「じゃああっちとかは?」
「いいねぇ…んじゃ決まり。」
…って作戦会議でもなんでもなくさっくりとルートが決まった。
「俺らが下の馬潰すから、三好…」
「分かってるよ。ハチマキ、取ればいいんだよね。」
きっぱりと言うと…下の馬トリオは急に黙ってしまう。
え…
あれ??
「…僕、変なこと言った?」
不安になって恐る恐るトリオに聞く。
すると三人は声を揃えて。
『いや、三好があまりにもハッキリ言うからびっくりしただけ。』
…と、言って同時にニヤッと笑った。
「な、なんだよそれ…」
パァン!
文句を口にしたのと同時に競技開始の合図が鳴る。
すると我がチームの馬達はその名の通り軽やかに、跳ねるように滑らかに駆け出した。
僕は先頭の好田の肩をグッと掴む。
振り落とされないように、そして自分に喝を入れる為。
ワーワーと戦場さながらな合間をぬって駆け、三人が狙いを定めていた“騎馬”目掛けて突っ込んでいく。
ガクッ!
すると突然、好田の体が傾き後ろの二人が同時に右に避けた。
バランスを崩しそうになったのを左の坂下くんがかろうじて押さえてくれて助かった……けど。
「よし…っ…」
「…テメェ。」
僕の声に苛立った様子の声がかぶる。
好田の頭越しに前をみると…そこには同じクラスの“騎馬”が立っていた。
目の前に立つ同じクラスの“騎馬”。
上にいるのが僕と同じ中学出身の浅井くんで馬の中心にいるのが確か…。
「垣田。」
そう、垣田くん。
ちょっと怖い感じの人で…そういえばさっき好田が出てた長距離の参加者だったっけ。
…でも、なんで?
「なんだよ。」
好田の声が不機嫌てより怒ってる風に変わる。
…すると。
「三好!」
いきなり名前を呼ばれてその相手をみる。
「は、はい…」
「お前マジ、ムカつくんだよ!」
そう言ったのは…浅井くん。
「お前、中学ン時あんなに目立たなかったくせに高校入るなり態度デカくなりやがって!」
「え……?」
「生意気なんだよ!」
そう…言われた瞬間、鈍い僕でも気付いてしまう。
前にやられてた机や椅子への嫌がらせは…きっと。
「そんなつまんねぇ理由であんなつまんねぇ嫌がらせしてたんか。」
「なんだと!?」
好田の呆れたような声に浅井くんの激昂した怒号がかぶる。
呆然とする僕をよそに溜め息をひとつついてから好田は今度は垣田くんの方をみて。
「んで…お前も面白がって俺に仕掛けてきやがったのかよ。」
「それもあるが別件もある。」
そう言った垣田くんが…いきなり。
ガッ!
好田の痛めた膝に蹴りを入れた。
瞬間、馬が前に崩れそうになり僕は慌てて好田の肩にしがみついた。
「三好!」
名前を呼ばれてハッとして顔を上げる。
前方から伸びてきた手が僕のハチマキを掠め髪を強く引っ張り…。
「痛…っ…!」
引き抜かれた髪が数本空に舞った。
「ムカつくんだよ、お前!」
「な、なんで…僕はなにも…」
「そんなウジウジしてる奴がさ、ちょっと目立つ奴らとつるんでるからって偉そうにしてんなってんだよ!」
パァン!
乾いた音と共に左の頬が熱くなる。
「三好!」
「…っ…」
平手で打たれた頬がジンジンした。
痛いのもだけどそれよりなんだか……めちゃくちゃ悔しかった。
中学の時は確かに目立ってなかったけど別に今だって僕はなにも変わったつもりはない。
新しい友達ができてその人達がやたらと目立つだけで…………ってか、そんなことより。
「…バカじゃないの?」
自分でも信じられないくらい低い声が、でた。
はらわたが煮えくりかえる……っていうのはこういうことをいうのかな?
体がカッと熱くなって頭の中まで沸騰したみたいになにも考えられなくなって。
「新しい友達ができたらみんな変わるだろ!そんなことも分かんないなんて、バッカじゃないの?」
「なにぃ!?」
バンッ!
再度とんできた平手をまた頬で受けて。
「そんなつまらないことで僕の友達を傷付けるな!」
怒りに震える唇を噛み締めながら僕は右手を振り上げた。
バッ
チィ!!!
物凄い音と衝撃に思わず目をつぶる。
ジンジンと痺れる右手を左手で押さえて縮こまる…と。
「ぷはっ…」
好田の吹き出す声が聞こえた。
「三好ぃ……やればできんじゃん。」
「すげぇ。」
そして今度は坂下くんと久保くんの声がして…?
何事かと顔を上げると…目の前にいたはずの浅井くんの“騎馬”が僕らの足元に崩れ落ちていた。
◇◆◇◆◇
「しかし…凄かったな。」
含み笑いでそう言う好田を軽く睨みながら陽の暮れかけた道をゆっくりと歩く。
「…もう言わないでよ。」
思い出すだけでも恥ずかしい。
…っていうか生まれて初めて“人を叩いた”ってことに少なからず僕はショックを起こしてたりもするんだ。
あの後すぐに競技は終わり僕が叩き墜とした“騎馬”の浅井くんは逃げるようにその場を立ち去り垣田くんは…今の好田みたくやっぱり笑いながら僕をみていた。
「この前助っ人ででたバスケの試合な、ホントは垣田の兄貴がでるハズだったんだと。なのに俺がでちまったもんだから…」
「ああ、それで…。」
だから垣田くんは好田に怒ってたんだ?
でもそれってさ…。
「それは逆恨み…」
「アイツ謝ってきたよ。」
「あ、そう…。」
即座に返されるけど…やっぱりまだなんとなく納得できない……けど、引き下がる。
「それに三好の意外な一面がみれて良かったし。」
「…だからそれ忘れてよ。」
ククッて笑う好田をみながら僕はなんでかちょっと幸せな気分になってしまった。
「好田はよく笑うね?」
みなれた笑顔をみつめながらそう言うと好田は僕をみてからまた少し笑って。
「そうか?」
と言った。
好田の笑顔は正直、子供みたいで可愛いと思う。
たまにシニカルだったり意地悪だけど。
「そうだよ。」
短く返して夕空を見上げる。
色々あったけど…楽しい体育祭だったなって心から思って、一緒にいてくれた好田にちょっぴり感謝をした。
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