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新緑ごしの空はやがて曇りがちの様相へと代わりジメジメとした季節がやってきた。
その頃には好田の痛めた膝も癒え、学校内は中間試験という別の意味での一大イベント一色へと様変わりをしていた。
「はぅ……」
ずらずらと数字の並ぶページを眺めては深い、深ぁー…い溜め息をつく。
すると僕の正面に座っている人は。
「数式に負けるなよ。」
そう言って楽しそうに笑った。
「そりゃあ負けもするよ。こいつらは絶対に僕に屈服しないと思うもん。」
「屈服させなくても普通に攻略すればいいんだよ。」
そう言って三田は赤いサインペンを取り出してその憎い数式にピピッとラインを引いていく。
「難しく考えるからだよ。数式ってのは結構単純なもんなんだ。」
キュキュッと引いたラインに更に矢印をつけてゆっくり、丁寧に解説をつけてくれる。
それを…それ通りに解いていくと…。
「ほらできたじゃん。」
「う、…うーん…」
教えてもらってる時は理解できても一人でそれをやろうとすると…頭が考えることを拒否するんです。
「基本ができてないんだな。」
ズバリと言われた台詞に苦笑いを浮かべて僕はその声の主を見上げる。
「しょうがないだろ、数学苦手なんだもん!」
「解んねぇくせにエバんなってーの。」
ククッと笑いながら好田が僕の髪をグシャグシャにかき乱す。
「わっ…ちょっと好田っ!」
慌てる僕に構わず好田はこれでもかってくらいにいじくってから。
「んじゃ帰るか?」
そう言ってカバンを肩にかけた。
◇◆◇◆◇
学校からの帰り道は真ん中に僕を置いて左隣が三田、右が好田という並びがすっかり定番になっている。
いつものように帰りながら…今日のネタは残念なことにお勉強の話。
「好田はそんなに頭悪くないんでしょ?」
「あ?」
そう聞くと好田は露骨に嫌な顔をしてみせてから僕の頬を指先でキュッと摘んだ。
すると三田がフフッと笑いながら僕をみて。
「そうだね…好田の頭は中の中くらいだよ、多分。」
そう補足してくれた。
中の中か…ってことは僕と同じか少し上ってとこかな?
そう聞こうと好田を見上げると…。
「なあ三田。今夜いっていいか?」
いきなりの台詞に思わず目が点になる。
「いいよ。くれば?」
「ああ。んじゃ着替え貸して。」
……って、二人の自然なやり取りに思わず話に乗り損ねる。
すると三田はそんな僕に気付いてか頭をツンと突いてきて。
「ん?どうした三好?」
そして僕の顔をマジマジとみつめた。
「ああ、今の話?あれはね、好田が俺んちに泊まりで勉強しにくるってこと。」
「え、泊まりで?」
さすがは三田。
僕の顔色ひとつで考えを見抜いてしまった。
…じゃなくて。
「ごめんね、あまりにも会話がナチュラルで聞きそびれちゃった。」
「気にすんな。ある意味毎度のことだ。」
「そうそう。」
慌てて言い訳をする僕に二人がフォローを入れて説明をしてくれる。
簡単にいうと試験前に好田の一夜漬け的なお勉強会を三田の家でやるのが毎度のお約束らしく、今のはその予定の確認だったらしい。
…っていうかそんな素敵なお勉強会があるなら是非とも僕も参加させてもらいたいもんなんだけどな……なんて図々しくも思ってしまったりもする。
するとまたまたそんな表情に気付いてしまったのか三田は少し笑って僕をみてから。
「三好も、くる?」
と、誘ってくれた。
◇◆◇◆◇◆◇
「うん…今日は友達の家に泊まらせてもらうんだ。え?大丈夫だよ…うん。…分かった。」
歩きながら電話をかけて今夜は三田の家にお泊りで勉強会だと告げる。
すると母さんは大丈夫?だとか迷惑かけないようにだとかって色々と言ってきて…。
「大丈夫だよ、もう子供じゃないんだから!」
あまりに子供扱いするもんだからそう言って膨れながら電話を切った。
すると隣を歩いてる三田が楽しそうに笑いながら僕の頬を指先でツンと突いて。
「膨れてるくせに子供じゃないとかウケるし。」
「だってさ、母さんってば…」
「三好みたいの相手なら心配にもなるって。」
そう言ってまた笑った。
「三田、笑い過ぎだから。」
「あはは、ごめんごめん。…三好ってさ、育ちがいいんだろうなとは思ってたけどやっぱりそうなんだね。」
言われた意味が分からなくて首を傾げる。
“育ちがいい”…ってそれって。
「僕んちの父さんは普通のサラリーマンだよ?育ちがいいのはきっと三田の方だと思う。」
そう言うと三田は少し笑って僕から視線を外して。
「その“育ち”じゃなくてね…そうだな、環境がいいって言えば分かりやすいかな?」
「“環境”?」
なんとなく分かるような分からないような言葉に首を捻ると三田はまた少し笑って。
「羨ましいよ。」
そう小さく呟くと真っ直ぐ前を向いた。
見上げた三田の横顔は…少し沈んでいるみたいに見える。
なんとなく声がかけれないまま僕らは黙って帰り道を歩き続けた。
歩き続ける先が僕の知らない土地へと向かう。
いつもは降りない駅で下車して余程の用事がない限りは歩かない道を歩いた。
「もうすぐだから。」
僕を振り返る三田に頷いてみせると彼は歩くペースを少し緩めて歩調を僕に合わせてくれて。
ゴメンと言って僕は速度を上げて彼の隣に並んだ。
…すると。
「お。」
右手の角から、先に帰っていた好田が現れて。
「やっと合流。」
「好田!」
「早かったな。」
そして僕らは再び三人で並んで歩き始めた。
やっぱり…この“三人”っていうのが一番心地好いな。
そんなことを思いながら僕は一人静かに笑った。
たわいないことをしゃべりながら歩いていくと周りの景色が段々と高級な物に変わり始める。
街灯やガードレール、アスファルトの色さえもなんだか違うみたいで。
不意に歩みが止まり三田が左側へと手を伸ばすと…その先にあったのは。
「うわ…」
上品なレンガ造りの高い塀と大きく高い門扉。
その向こうにみえるのは…青々とした芝生の広い庭と、そして。
「デカッ!」
テレビなんかでよく見る“高級住宅”。
多分…敷地的に僕の家が四個は入りそう。
口をあんぐりと開けたままそれを見上げていると三田は静かに門扉を押し開け中に進んだ。
「す…凄い、きれい…」
家もだけど庭もきれいにされてて…やっぱり間違いなく三田の方が僕よりも断然育ちがいいじゃない!
そう思いながら“お坊ちゃん”の背中をみつめた。
すると三田はカバンから鍵を取り出し…玄関のドアを開けて僕らを促す。
「お邪魔します…」
けど…声をかけた中は暗く人の気配はない。
あれっ?と思いながら立ち尽くしていると。
「誰もいないから適当に上がって。」
靴を脱いだ三田が僕の横を通り過ぎて暗い家の中へと入っていった。
暗い家の中は電気が点けられてもどことなく暗く感じる。
掃除の行き届いた部屋の中も窓の外から差し込む光りもキラキラしてるのに?
そんなことを思いながら通されたリビングのフカフカのソファに文字通り沈み込みながら頭上のシャンデリアを見上げた。
「よっしゃ米研ぐぜ。」
すると好田が腕まくりをしながらリビングを出て隣に向かう。
そのあとを追うように三田も出ていきながら。
「多分何かしらは冷蔵庫に入ってる。」
そう、言った。
家の中に通されてからずっと思ってたんだけど…なんか三田の雰囲気がちょっと違う。
ここに足を踏み入れるまでは間違いなく僕の知ってるいつもの三田だったんだけど。
なのに今はどことなく、いつもと違う。
何が違う?
そう……
きっと、目が違うんだ。
いつもの穏やかなそれではなくて冷たく無機質。
口数だっていつもよりも少なくて…話す声も少し低い。
なんだろ?
どうしたのかな?
そう思っていると。
「三好、お前なんか家事できるか?」
隣の部屋から戻ってきた好田が腕まくりを下ろしながらそう言って僕の隣にドカリと腰をおろした。
僕は黙って首を横に振ってから好田をジッとみて。
「…三田は?」
「風呂いれに行った。っつーかお前もなんかしろよな。」
呆れた顔をしてる好田をみあげて僕は苦笑いをした。
「なんだよ微妙な顔して。」
「え、うん…」
頭の中をぐるぐる回るのは…ここに来るまでに三田に言われた言葉。
『環境がいいっていえばわかりやすいかな?』
それは…もしかしたらこのことなのかな?
そう思ったら…なんだか。
「あの、さ…三田の家、ご家族は…」
「どこかにはいるよ。」
言い途中の声が固まる。
リビングと隣の部屋との境には…いつの間にか三田が立っていて。
「多分どっかで…誰かと過ごしてんじゃないの。」
僕をみつめそう言って静かに笑った。
◇◆◇◆◇
それから僕らは三田の部屋に上がって少し勉強をして、好田の研いだご飯が炊き上がるのを合図に晩御飯に入った。
三田が言ってたように冷蔵庫にはおかずがたんまりと入ってた。
高そうなお皿に盛り付けられた美味しそうな海老フライやらポタージュスープなんかが…ラップに包まれ冷蔵庫の中で芯まで冷えていた。
それをレンジアップしながら思う。
こんなに美味しそうなのに…こんなに冷たくて、それをレンジでチンして一人で食べたら美味しくないよきっと。
それを毎日してたら…僕だったらきっと淋しくてどうにかなっちゃうよ。
そんなことを思いながら三田をみあげて…僕はなんだかとても悲しくなった。
それでもわいわいとしながらの夕飯はとても楽しくて。
みつめた先の三田はいつもと変わらない彼だった。
晩ご飯が終わり片付けは僕がかって出てその間に好田がお風呂に向かった。
そして片付けが終わると『お客様だから』と三田に言われて二番風呂をいただき、上がった僕は三田の部屋に戻って勉強の続きを始めた。
…けど。
「三田センセーイ!解りませーん!」
一緒に勉強をし始めた好田がそう叫ぶなりゴロンとベッドに横になって……そのまま動かなくなってしまって。
「ちょっと好田…!?」
慌てて僕もベッドに上がると…好田はスースーと寝息をたてながら爆睡してしまっていた。
「今日って…好田のための一夜漬けお勉強会なんじゃないの?」
そう呟いてから寝入ってる好田の寝顔をみつめる。
バランスの良い顔は男らしくていわゆる“美形”の部類。
鼻筋もスッと通っていて…かっこいい。
「…まつげ、長いんだ…?」
マジマジと観察しながら体をずらして好田の足元で体育座りをする。
そしてベッドを下りて自分の席に座ると。
カチャ。
ドアが開いて三田がお風呂から戻ってきた。
「お帰り。」
「ただい…って……」
髪をタオルドライしながら三田が好田に近付き頭をペシッと叩く。
『うーん…』なんて唸りながら好田が頭を撫でて。
「んだよ悠希…」
そう言って…ごろりと寝返りをうった。
『悠希』…って三田の名前だよね?
そう思ったらなんか胸がドキンとした。
「コイツ寝ちゃったから三好、勉強明日でいい?」
「えっ、うん、いいよ!」
急に振られて僕は慌てて勉強道具をカバンにしまう。
パチ。
電気を消された部屋の中は大きな窓の外からの月明かりで少し明るめ。
布団がないからとキングサイズの三田のベッドに三人で“川の字”になって眠ることになった。
静かな部屋に規則正しい好田の寝息が聞こえる。
それにつられるように…ゆっくりと眠りに落ちそうに…なった時、不意に。
『……は、……渡さない…』
そんなような低い声が聞こえて……。
……誰だろ?
僕はそのまま眠りにおちた。
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