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十時間目
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時間が経つのは早くて
いつの間にか木々には枯葉すら飾るものはなくなっていた。
今日は月曜日
俺は美術室にいた。
あれから何度七種の背中をこっそりと見つめたことか
俺は悩んでいた。
散々自分の思うまま好き勝手に行動してきたが
これは踏み込んでいい事なのかってこと
美術室の扉が開く
もしかして七種かな、なんて思って期待したけれど
現れたのは
「あれ、珍しいですね。笹原が月曜日にここにいるの」
「……北さん」
美術担当でもあり部活顧問の北沢先生
北さんはふむ、と俺を見るなり少し笑って
「やる前の後悔より、やった後の後悔ですよ」
「え、」
「何か悩んでる気がしたので」
と言った。
俺は何も言っていないけれど
先生だからそういうのわかるのかな
「……でも、もしそれで相手に嫌な思いさせたらとか考えちゃうじゃん」
「笹原はそんなこと考えるタイプだったんですね」
「どーゆー意味〜」
「そのまんまですよ。……我武者羅にやるのも子供だからできることですよ」
北さんは不思議だ。
教師なんてだいたいみんな同じで綺麗事ばかり
ぼうっとしてそうなのに全然そんなことなくて
しゃんとしたらいいのに
「じゃあさ、俺が失敗したら慰めてくれる?」
「いいえ、全く」
それは教師としてどうなんだ。
落ち込んだ生徒を慰めるのも先生の役目でしょ!
「でも」
「……?」
「まあ、頑張ったのなら紙面の手伝いくらいはしてあげますよ」
「、」
大人の余裕、みたいなのを感じる。
いいな
全然北さんみたいになりたいとは思わないけど
それは一種の憧れだ。
ずるいなー先生って
「俺、行ってくる!失敗したら北さん慰めてね!」
「嫌ですよ。行ってらっしゃい」
嫌と言いつつちゃんも見送ってくれる。
意外と先生らしい北さんに今度はちゃんと北沢先生と呼んであげてもいいかな、なんて上から目線で考える。
だって相手は北さんだし
俺考案何考えてるかわからない先生ランキング一位
でも頼りにしちゃう
なんでだろうねー
とにかく急いで教室を飛び出した。
俺、七種の事になると走ってばっかじゃない?
こんなに必死なのきっと七種は知らないんだろうなあ
まあ全部俺のためで俺の自分勝手だから何も言えないけど
ガラッ
いつもみたいにひっそり開けるんじゃなくて
音が鳴るくらい勢いよく扉を開けた。
「ッ!」
「七種!」
「ぇ、あ、え?……笹原、くん?」
案の定、驚いた顔を顕にする七種
驚いてる
そりゃそうだよね、急に来たら驚くよ
いつも背中か横顔ばかりだったから
道着で尚且つ眼鏡を外した七種はちょっと破壊力がすごい
でも今はそんな事関係ない
伝えたいのはそれじゃない
「急にごめん!俺、見てみたいんだ!七種が的に中てるところっ」
「っ、」
さっきよりも目を丸くした七種
きっと急なことで視線が交わってることとか全部頭が追いついていないんだと思う
ちゃんと見る七種の顔はやっぱり綺麗だ。
「俺、知ってるから!七種のとて?練習!いつも、見てた」
「え、ぁ……な、に……?」
七種の顔は困惑している。
俺だって自分で何言ってるかわかんない
話すことなんかまとめてなかったし
もうこうなったら勢いのまま伝えてしまえ、と口は勝手に動く
「俺、弓道のことなんもわかんないけど、初めて見た時綺麗だと思ったんだ。何にも持ってないのに弓矢が見えた気がした。そんなふうに見せられる七種が弓引けないわけないじゃん」
七種はきゅっと口を結んで何も言わない
そりゃ経験者でもないやつにこんなこと言われても
ウザがられるか気味悪がられるか怒られるかだろうけど伝えたかった。
独りよがりでもなんでも
俺は自分に正直でいたいから
「ねえ、俺に見せてよ……七種」
七種はやっぱり何も言わない
ああ失敗したな
そう思った。
つい俯きそうになった時
ポツリ、言葉が落ちる。
「……とて、じゃなくてとしゅ、だよ」
「あ、そうなの?」
「うん」
外れた視線を戻してもう一度よく七種を見る。
「……、」
視線の先にはどこかで見た事のある顔
それは、嬉しそうな苦しそうな悲しそうなよくわからない顔だった。
黙って七種を見つめていれば
ポツリ、またポツリと雨粒みたいに言葉は落ちてくる。
「三年生の、最後の大会だったんだ。ぼく、運動は苦手で、でも弓道だけは昔から違った……褒められるのが嬉しくて、結果が出るのが楽しくて……自分でも努力は人一倍してきた。それでも慢心も油断もなかった。」
ゆっくり迷いながら緊張を孕んでゆっくりと
「でも、あの日、矢は的に届くことすらなかった。大事な大会でぼくは、失敗してしまった。みんなが信じて託してくれたのに……それから、かな………練習の時ですら弓を射ることができなくなった……矢を番えずに構えるまでは大丈夫なんだ。でも的の前に立つと何故か弓が引けなくなる。」
弓道に関する知識なんて俺にはまるでないから専門的なことはわからない
でもきっと七種の中でその光景がトラウマになってしまってるんだ。
「七種、俺、七種と出会って前よりずっとワガママになったみたい」
「……え?」
俺はさ
そんなスポーツマンのよき理解者でも無ければ
誰かを立ち直せるほどまで頑張ってきた何かがあるわけじゃない
寄り添うことも出来ない
ただ、傲慢であるしかできない
ごめん、七種
俺はそれでもやっぱりみたいよ
気の利いた一言じゃなくて
俺は七種が中てるところ、みたいよ
「他のことなんか考えないで俺のために射って、七種」
「……っ、」
もっと何か違う気の利いたこととか言えればよかったのに
俺の口から出る言葉は全部俺のため
上手いことなんて何も言えない
七種もほら、無言
呆れられたかな
と、
スッと、七種は立てかけてあった弓に手をかける
その指先が震えているように見えたのは見間違えではないと思う
正しい姿勢ってだけでこんなにも綺麗なんだ
一瞬だった。
ただその瞬間に見惚れた。
床を擦る足の音、弦の限界を告げる音、遠くから聞こえた空気を裂く音
一瞬で沢山の音を聴いた。
呼吸は忘れていた。
俺も、たぶん七種も
振り返った七種の瞳は、静かに揺れて濡れていた。
目尻には白い肌に映える赤色
はあ、と呼吸する音までもが二人だけのこの空間に響いた。
「……っ、本当に、今まで、できなかったんだッ」
絞り出すような声に心臓が、締め付けられた。
きっと俺にはわからないほど七種は悩んだのだろう
「笹原くんは、凄いね」
ああ、違う違うよ
そんなんじゃないよ、七種
「ぼくの、ヒーローだよ」
俺は七種が弓を中たことに喜んでるんじゃない
真っ直ぐなその視線を俺だけが独占できているこの時間に
喜んでいるんだから
それに残念に思ってる。
だって七種がちゃんと弓道できるようになったら
放課後の時間はほとんど無くなっちゃうでしょ?
ほら、俺は最低なんだよ
それでも
「……ありがとうッ」
夕日に照らされながら
少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑う七種は
確かに俺だけのものだった。
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