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11.
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夕刻前、病院に着くと三〇二号室に向かう為の見慣れた廊下を進む。
このフロアは未使用の部屋が多いこともあり、いつも静寂で満ちている。
然しーー今日は何やら様子がおかしかった。
三〇二号室に近付くにつれてまだ歳若い男の声が複数聞こえてきて、内容は聞き取れないもののその声は罵倒にも等しい荒々しいものだった。
「…悠…?」
要は何か胸騒ぎがして廊下を小走りで進み、三〇二号室へ急いだ。
そしてドアを開けようとした瞬間、乱暴にその扉が開いて中から制服姿の男子高校生が三人病室から出てきた。
彼等は要が突然現れたことに驚いて肩を揺らした後、態とらしい溜息と舌打ちを零す。
「…んだよアンタ、邪魔。行こーぜ」
男子高校生は要を鋭く睨みつけながら要の横を通り抜けて足早に病室から去って行った。
「なんなのあの態度の悪い子達…」
要が眉間に皺を寄せながら小さくなるその背中を見ていると病室からすすり泣きのような小さな声が聞こえてきてハッとする。
「…っ、悠!」
病室に足を踏み入れて奥に進むとベッドの上に悠の姿は無かった。
その代わりに、ベッド横の部屋の隅に蹲る小さな頭を見つけて要は駆け寄った。
悠は膝を抱えて顔を伏せ、小刻みに身体を震わせている。
先程聞こえた声の発生源はここで間違いないらしい。
「悠、大丈夫?どうしたの?」
要はその場に屈んで悠の背中を撫でながら見えない顔を覗き込む。
すると病衣を掴む手や、そこから覗いた手首に痣のような赤い痕を見つけて要は息を呑んだ。
紛れも無い、紐か何かで強く締め付けられた痕だった。
要は強引に悠の手を引いてそのまま崩れた身体を抱き留め、漸く見えた悠の顔は見るに堪えないものだった。
殴られ腫れた痕、切れて血が滲む口元。
白い肌に咲く赤黒い花が酷く目立ち、涙に濡れた顔は珍しく大きく歪められている。
「…これ、誰にやられたの。さっきの奴ら?」
要は口端の血を指先で拭い取りながら悠に真っ直ぐ問い掛ければ、悠は目を伏せて小さく頷いた。
要は深い憤りを感じてグッと歯を噛み締める。
色々と脳内で今後の対処や報復措置を考えていると不意に悠の身体がスルリと離れて、悠は床に力無く座り込んだ。
そして両手で顔を覆いながら掠れた声を零し始めた。
「…悠?」
よく聞き取れなくて要が耳を近付けると、悠は狂ったように呟き始めた。
「…ろして…こ…して、ころして…ころして、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して…」
要は目を見開いて悠を見つめる。
嫌な汗が頬を伝って顎から滴り落ちた。
「な…、」
その光景に要は恐怖さえ感じた。
闇が深いどころの騒ぎではない、精神を獣に食い散らかされているかのようだった。
一番、要が畏怖していたことが起こってしまったのだ。
ーーこのままじゃ…まずい…!
要は小さく舌を打って悪態をつきながら悠の肩を激しく揺さぶる。
「悠!落ち着いて、っ悠!」
「しにたい…、死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい…」
「悠!!」
要が何度叫んでも何度名前を呼んでも悠はとめどなく涙を流し続けたまま壊れた機械のように死にたい、殺してくれ、と連呼する。
光を失った瞳に要の姿は映っておらず声も全く届いていないようだった。
要の心拍数が体験したこともないような焦燥感でどんどん上昇し、頭が沸騰するような錯覚に陥る。
ーーこんな姿を翼が見たら…、
どうにかしないとという気持ちと引っ張られてなるものかと自分を保っていた要だったがーーついに要の何かが切れる音がした。
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