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次の日、千尋は父が家を出て行ったのを確認し母には道場に行くと告げて一千花の家へ向かった。
門の前で様子を伺いつつ、小さな声でお邪魔しますと言いながら庭先へまわる。
これではただの不法侵入だと思いつつも、声がする部屋の方へ向かい縁側の柱の影からそっと中を覗きこんだ。
そこには広い部屋の中心に敷かれた布団の上に臥せっている一千花と、その隣で一千花の手を取り脈を確認している父の姿があった。
「一千花君、薬は効いているかい?」
「はい、少なくとも無いよりはずっと楽になります」
「そうか。本当はもう少し効力の強い薬を出してあげたいんだが、その分副作用も強くなってしまうんだ、すまない」
父が申し訳なさそうに頭を下げると一千花は優しく微笑んで頭を振った。
一千花は重い上体を起こしながらそう言えば、と話題転換をする。
「千尋、元気ですか?」
急に自分の話題に振られた千尋は柱の影でビクリと身体を揺らす。
「あぁ、元気すぎるくらいだ。最近は剣の稽古に一層力を入れててなぁ、気付けばいつも木刀を振っている」
「あはは、千尋らしい」
一千花は呆れたように首を振る父に小さく笑うとそのままどこか寂しげに目を細めながら自分の手を握った。
「…でも、格好良いですよね、千尋は。真面目で努力家で、剣筋の美しさも速さも、会う度に成長してる。庭先で木刀を振る千尋を見て、俺も頑張らないとって、そう思うんです」
「千尋は、君と出会って強くなったんだよ。今まで自分に叶う相手なんて身近にいなかったからな。一千花君に影響されたのだと私は思うよ」
「そうでしょうか」
「そうだとも。優秀な息子をもって嘸かし御両親も鼻が高いことだろう」
然しその言葉に一千花は喜ぶことも恥ずかしがることも無く、ただ笑みを消して俯いた。
複雑な表情を浮かべる一千花は気を紛らわすように指先を擦りながら口を開く。
「…頑張るのは、当たり前ですよ。俺は、小さい頃から祖父や父に鍛えられてきましたから。武士の名家として、一人息子がろくに刀を扱えないようじゃ名家の名が廃る。家族は、俺の心配より自分達の血統が途切れる方が余程怖いんでしょうね。でも…だからこそ俺は、千尋が羨ましいです。育ててくれた親に返せるものなんて周囲からの名声とこの血統を途切れさせないことくらいなのに…、俺は他の家で例え優秀だとしても、この家ではなんの価値も無い。それが分かるから…とても怖い」
一千花は今にも消え入りそうな声で言いながら、不安げに瞳を揺らした。
「一千花君…」
「…あ、すみませんこんな話。聞かなかったことにして下さい、武士の息子がこんな女々しいことを言っていると皆が知ったら、ただの笑い者ですからね」
自嘲気味に力無く笑う一千花は普段の飄々とした態度からは想像出来ないほど、酷く小さな存在に見えた。
父は一千花の手を握りその顔を心配そうに見つめる。
「…本当に、千尋には病気のことを言わないのか?」
「…はい、頑張ってる千尋の邪魔はしたくないですから。千尋は俺なんかよりずっと強くなります。……ほんと、神様は不公平ですね」
最後の言葉に一千花が千尋に向ける羨望が明確に滲み出ていて、千尋は何とも言えない気持ちで髪をクシャクシャと掻き毟った。
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