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俊足の情報屋
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事は、思っていたよりも深刻だった。
「なにかがおかしい」
「ハァ、なにかって?」
無意識に零した言葉を拾ったのは、赤茶色の縮れ毛が特徴的なオス猫。
考え込んでいて近くにいたことに気付かなかったらしい。
「きっといい報告が聞けるんだろうね。"俊足の情報屋"さん?」
おれの皮肉に、ズィルはエヘンと胸を張り、もちろんでさァなんて答える。
こういう不意に毒気を抜かれる感じ。
「キライだ……」
「ハイ?」
「なんでもない。それで?」
「へェ、それがですね。
やつら、やはりやり方を変えたようで」
どうやら、目印である空き缶が警戒されていることに気が付いたらしい。
今度の目印は、雑誌、あるいは空いたタバコの箱、はたまた紙袋。
「全部ゴミであることに変わりはないけど、一貫性がないとゴミなのか罠なのか見分けられないね」
「えぇ、まったく。
しかし人間ってのは、執拗な生き物でさァな」
「……やりすぎなくらい、ね」
「ダンナ?」
「……ところでズィル。
あんたあの子がおれの手下だって言いふらしてるでしょ。迷惑だからやめてくれない?」
「えー。だってほんとのことじゃねェですか」
「違うから。全然まったく違うから。
あの子はおれの恋人なの」
ズィルは、ぽかんとだらしなく口を開け。
それから汚い声で笑い出した。
「ちょっと。なにがおかしいの」
「イヤ、だって、ヒヒヒッ……いやいや、オトのダンナにしては面白い冗談でさァ」
「あんたなんか死ねばいいのに」
「フヒヒヒ」
「いつまで笑ってんだ死ね。下衆死ね」
「ダンナってあっしに当たり強いですよね」
くだらない。時間を無駄にした。
ズィルに背を向けたとき、聞き覚えのある声が俺を呼んだ。
「オト!」
「……え」
この辺の野良ではない。
よくブラッシングされた真っ白の毛並み。
透き通った翠の眸。
「スズランちゃん。どうしてここに」
彼女の後ろには、レンとキクもいる。
皆ここにいるはずのない子達。
「ああ、あなたに会えてよかった。
わたくしたち、あの家から逃げ出して来たの。
でも、行くあてもなくて……誰に話しかけても、話しをする前に、拒絶されてしまって」
「ごめんね。野良は家猫を嫌うから。
でも、よく逃げ出してきたね」
「ええ。ようやく念願が叶ったわ。
……今、本当の意味でね」
彼女の目が、俺の背中に向く。
ちらと後ろを向くと、剥製みたいに硬直していたズィルがビクリと動いた。
「あ……あ、ああ、あなあなあなたは……」
「……はじめまして。わたくしはスズラン。あなたは?」
「ズィル……」
「そう、ズィル。
会えて嬉しいわ」
「…………………………」
完全に頭が真っ白になっているらしい。
それもそうだ。ずっと憧れだったその人が、目の前にいて、微笑んでいるのだから。
「敢えて言うけど、こいつはやめた方がいいよ、スズランちゃん」
「へ、へェ……まったくその通りで……」
「いや、あんたが肯定するなよ」
「ふふ」
スズランは、ただふわりと微笑う。
ズィルの惚けた顔にイラッとしたので、俺は彼女の後ろで息切れしている二人に目を向けた。
「やぁ、久しぶり」
「ど……どうも……」
「あんちゃん、キクもう歩けないよぅ」
完全にだらけきった腹を地面につけて、二人はうなだれている。
「ふふ、井の中の蛙ってやつかな」
「箱の外は広すぎました……」
「まだ街すら出てないけどね。
行くあてがないなら、とにかく、ここは出た方がいいよ。
今とても物騒だから」
「そのつもりです。なるべく遠く、主人に見つからない遠くへ!」
「頑張ってね」
「はい!」
「うう〜、キク、もう歩きたくない……」
彼らの主人は、間違いなくスズラン達を捜すだろう。
「今頃、ミコトに泣きついてたりしてね」
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