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百年分の知恵
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『ふふ……
やっぱりあんたとは、音色も色彩も美しく重なる。
こんなに居心地のいいのは久々だな』
しなやかな尻尾をくねらせて、黒猫はうっとりと眸を細める。
おれは頭の中で声が鳴るのを聞きながら、呆然とそれを眺めた。
そのうちに黒猫はちゃぶ台に飛び乗り、おれに目線を合わせるよう促した。
おれは大人しく座布団に腰を下ろす。
何がなんだか分からないが、タネも仕掛けもない大変身を見せ付けられ、猫がテレパシーで話し掛けてもくれば、信じる信じない以前にまず常識なんて一旦どこかに置いて、とにかく向き合うしかないじゃないか。
『ーーさて、何から話そうか』
うーんと考え込む猫に向けて、おれはおずおずと声を発する。
「つーか、何でしゃべれんの……?」
そう切り出すと、黒猫はえー、と不満そうな声をもらした。
『そっから説明しなきゃだめ?』
というか、そこが核心だと思う。
こくこくと頷く。
『しょーがないなー。
はなしてあげるから、一回で理解してよね』
ーー黒猫が言うには、森羅万象、生きとし生けるものの体内には必ず魂が宿っている。
魂には音色、色彩、におい、温度、波長があり、それらを五感で感じることは不可能だが、猫をはじめ人間以外の多くの動物は、成長に伴い第六感を身に付け、それを感じ取ることが出来るようになるという。
霊魂は生物の生物たる根源を司り、それによって生物の性質が決まる。
人間であれば、性格や理性などは、全て魂の在り方によるのだとか。
動物に妙に好かれたり、ペットが決まった飼い主に懐くのは、つまりそういうことだ。
そして後者は、魂の性質が互いにより共通点が多いことに起因している。
音色、色彩、におい、温度、波長、
これら五つの性質が反発することなく、上手く重なり合う相手ほど、相性が良いらしい。
そして長い歳月を生き霊力という特別な力を備えた猫は、人間が元々持っている精気を受け取り、また人間にも霊力を流し込むことで、その相手と言葉を交わせるようになるらしい。
精気と霊力は魂の性質が反発し合う相手とは、同じように反発し合ってしまい、交わし合うことが出来ない。
おれと黒猫はつまり、そのなんやかんやがきれいに重なり合っているらしい。
「でも、昨日までは普通の猫だったのに……」
『だから、精気と霊力を交わさなきゃだめなんだって』
「それなら今だって……」
『あのね、二つを交わすには、体液を媒介しなきゃならないんだ。
つまり、身体から出るものならなんでもいーんだけど。
血、唾液、涙、汗……もちろん、精液でも、ね?』
変な顔をするおれをくすくすと笑って、猫はおれに指を見るように促す。
手の平を開いて見ると、左手の指先に引っ掻き傷のようなあとがあるのに気付いた。
『昨夜、あんたが寝ている間に、こっそり精気をもらったんだ。
傷口や皮膚におれの唾液が含まれただろうから、今こうして会話出来ているわけだね』
「……」
『聞かれる前に言うけど、精気を受けとると会話出来るように、あるいはヒトに化けることも出来る。
それが出来るのは、ごく一握りの仲間だけだけど。
まあ、百年も生きれば簡単なことだよね』
「……」
『とはいえ、お互いちょっとしか供給してないし……
もうそろそろ効力が切れる頃かな。
その前に本題に入りたいんだけど、いいかな?』
「……ちょっと、考えさせてくれ」
かすれた声で頼むと、おや、と首を傾げられた。
『あんたには、ちょっと刺激が強過ぎたかな?
いーよ、その代わり、あとで精気をちょーだいね』
「ああ……」
おれが頷くのを見ると、黒猫は満足そうに毛繕いを始める。
頭が破裂しそうだ。
「……」
『ん?
どっかいくの?』
「……学校に」
遅刻は確実だけれど、さぼるわけにはいかない。
家の屋根が飛ぶ程の嵐がきても、金欠でバイトを増やさなきゃならないほど困窮しても、大学だけは絶対さぼるものかと決めた。
カバンを肩にかけて立ち上がると、机から飛び降りた黒猫が、おれを追い抜いて玄関に向かった。
『おれも行く』
「……ついて来る気か?」
『ううん、外に出るだけ。
いつ帰ってくる?』
「……多分、昨日と同じくらい」
『分かった』
スニーカーに足を通しながら、おれは、はあ、とため息をつく。
動物と会話出来る、なんて言うとバカな飼い主みたいだが、それが現実に起きている今、ひどく複雑な気分だった。
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