アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
だめなものはだめなんです。
-
「ーーよし」
おれがまさに身を切るような思いでその店の前に立ったのは、おれの汗と涙の結晶である、バイト代の入った直後……
六月の上旬のことだった。
出来るだけ安い店を友人に聞いて回り、ランキングが作れそうな程吟味した上で、やっと今、選ばれしザ☆安い店!に、おれは訪れている。
その店というのは、いわゆる洋服の量販店だ。
おれが着るものといえば、全部実家から持ち込んだもので、それらは全部母が買ってくれたものだった。
だから洋服の店にひとりで来るのは、実は人生初だったりする。
そんな記念すべき瞬間を、どうして今になって迎えるハメになったのか。
それは、オトのある何気無い一言がきっかけだった。
「ーーこのかっこで、ミコトと外を歩きたいな」
突然なにを、と眉間にしわを寄せながら、おれはオトを振り向いた。
オトは家にいるとき、しょっちゅう人型になる。
その度におれはわざわざ服を着せるのだが、おれより背の高いオトには無論サイズが合わないらしく、今も丈の短い服を着ていた。
「そんなんで外出る気かよ。
みっともない」
「えーそーなの?
おれは服嫌いだし、むしろ裸でもいいくらいなのになー。
なんでわざわざ隠さなきゃなんないんだろーね」
「おれにそれを言われてもな……
とにかく、オトは猫のときしか外に出ちゃだめだよ」
「うー……けち」
けちもなにも、そんなピチピチの服着てるやつと並んで歩くなんて、おれは絶対やだ。
……だけど……
口をとがらせながらさきいかをつまむオトを横目に見、おれはちょっと思案した。
もしもこの先、オトがこの姿で外出しなければならないようなことがあったらどうしよう。
例えばどんなことかは分からないが、あり得ないことではない気がする。
それにいつまでも、ぱつんぱつんの服を着せ続けるというのもまた心苦しい。
オトが着られる服を、用意しておくべきだろうか?
「……」
結局こうして、オトのために出費がかさんでいくことになるんだよなあ……
そう憂鬱に思いながらも、やっぱり買ってあげようという結論に落ち着くのがおれなのである。
つくづくオカン気質な自分の性格を恨む。
そして様々な葛藤の末に、今日という日を迎えたのだった。
「よ……よし……」
震えのとまらない足をどうにか進めて、店内に入っていく。
色とりどりの服がずらーっと並ぶのに目がチカチカして、今にも卒倒しそうだ。
何度も心が折れそうになりつつも、取り敢えず片っ端から値札とにらめっこしていき、特に安いものとオトの青黒の髪に似合いそうなものをひたすら厳選しまくった。
その結果、危惧していた程の痛手を負うこともなく……
しゃれおつな感じのシャツとジーンズを二着ずつと下着を数枚、無事に購入することが出来た。
だからと言って決して生活に影響が出ないわけではない。
しばらくは昼飯抜きの日々を送ることになるだろう。
それでも、まぁその程度なら問題ない範囲かなと思えてしまう自分が悲しい。
『おかえりー』
玄関の扉を開くと、オトが待ってましたとばかりに出迎えてくれた。
オトは普段おれと一緒に外出して、一緒に帰宅するというパターンがほとんどであるため、こうして部屋で待ってくれていることは珍しい。
なんだか嬉しいような恥ずかしいような、むずがゆい気分で、おれはただいま、と返事をした。
玄関からたった数歩の距離を歩いて部屋に入り、今月の昼食分の価値が詰まった紙袋をちゃぶ台にそっと置く。
洋服を買うだけで、こんなに疲れる
とは思わなかった。
おれはいつからこんなに貧乏くさくなってしまったんだか……
「はあ〜……」
深くため息をつく。
座布団に腰を下ろそうとしたとき、ふいにずしっと肩が重たくなった。
白い腕がぎゅっと腰に抱き付いてくる。
「お洋服買えた?」
首筋に触れる吐息がくすぐったい。
さりげなく身をよじってひっぺがそうとすると、更に強く抱きしめられた。
猫のときによく足やら腕にすり寄ってくるので、やけに甘えんぼなやつだなとは思っていたけれど……
近頃はひとの姿でもこうしてベタベタと甘えてくるようになってきて、正直これには堪え難いものを感じている。
全裸の時ならなおさら、露骨なスキンシップをされるとどうも変な汗が出る。
というか、お前はおれが男だということを忘れてはいまいか。
男が男に甘えたってなにも芽生えやしないでしょうに。
というかおれが芽生えさせない。
「買ってきたから……
取り敢えず、今すぐ着てくれ」
「着る着るー」
ぱっとおれから離れると、オトは紙袋をひっくり返して服を巻き散らした。
別にそれで服が傷んだりはしないのだけども、はたから見たらまるで大金でも運んでいそうな程これを大事に抱えて帰ってきた身としては、思わず目を覆いたくなる。
返品や交換が不可らしいので、タグを全部切ってやってから、オトに渡した。
気分が悪くなるくらい慎重に慎重に選んだかいあって、サイズはピッタリなようだ。
腕を回したりすそを触るオトを少し離れて見ながら、おれはほっと胸を撫で下ろした。
「ミコトの服より、苦しくないね」
「小さくて悪かったな……
気に入った?」
オトは少し首を傾げるような仕草をした後、急におれの腕を引っ張って肩口に頬を触れ合わせた。
いつもなんの前触れもなく踏み込んでくるから、いちいち心臓に悪い。
くっつくな、と牽制しようと口を開いたけれど、声が出る前に遮られてしまった。
「悪くないけど、ミコトのにおいがないと落ち着かないな」
「……」
だからにおいをつけさせてくれ、ということなのだろうか。
猫は鼻がよくきくらしいけど、オトにしてみたら、おれはどんなにおいがするんだろう?
おれの考えを見透かしたかのように、オトは補足した。
「ミコトはね、冬の日にこたつで食べるみかんみたいな、においがするんだよ」
「……それ喜んでいいの?」
「みかんおいしーじゃん。
食べたことないけど」
「だろうな」
いつものことながら、オトのいうことは理解出来ない。
まあみかんのにおいは別に嫌いじゃないけど。
「ミコトのにおいは落ち着くけど、
ずっとこうしてると、気持ちよすぎておかしくなりそう」
「……」
「あー、そうだ」
オトは思い出したように手を叩いて、おれの肩をつかんだ。
青い眸がキラキラと輝いておれをじっと見つめる。
オトが手前で変なことをいうもんだから変に意識してしまって、おれは我慢出来ずに視線を逸らした。
「ねーこれならさ、外歩いてもいいんでしょ?
一緒にどっかいこーよ」
おれは目をまたたく。
「今から?」
「だってミコト、今日はずっとお休みなんでしょ。
次いつ行けるか分かんないし」
「まあそうだけど……
でも、あんまり遠くには行けないよ」
「えーどーして?」
不服そうな表情をするオトに、おれは眉間にしわを寄せて答える。
「だって、途中で猫に戻っちゃったらやばいだろ」
そんなの、自分が一番よく解ってるんじゃねえの?
けれどそんなおれの予想に反してオトは、呆れたように息をついた。
「そんなの、ミコトが精気をたっぷりくれれば済むはなしじゃん」
「……」
そう軽々しくいわないでほしい。
その度に痛い思いをするのはおれなのだ。
今朝作ったばかりのまだ乾き切らない指の傷を、無意識にてのひらに擦り合わせた。
するとオトの手が伸びて、すっとおれの手首を持ち上げた。
「……っ」
まさか、噛み切ろうとでもいうのだろうか?
心の準備もなにも出来ていなかったおれは、すぐにオトの手を振り払えなくて、思わずぎゅっと目をつぶった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
11 / 73