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単純な幸せ
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よーこを腕に抱えて待ち合わせ場所の駅に向かうと、赤いランドセルをしょった少女が、真っ先に駆け寄ってきた。
その子のあとから、電話で聞いた声の女性が、おれに深々と頭を下げて、また何度もお礼をいった。
こんなもので足りるか分からないけれど、と差し出してくれた高そうなお菓子の袋を、恐れ多いからと断ったものの……どうしてもと押し切られて、家に持ち帰った。
その中におれの一ヶ月の給料より明らかに多額の、金が入った封筒を見つけて腰を抜かしたのは言うまでもない。
おれがよーこを送り届けて自宅へと歩き出したとき、よーこもランドセルの少女も、飼い主の女性も、ずっと手を振って見送ってくれた。
うぬぼれるわけじゃないけれど、こんなにも切実に誰かに感謝されることなんて、今までなかった。
感謝されてるおれの方が、感謝したくなる。
そのくらい、嬉しくて嬉しくてたまらない。
生きててよかった。
そうとさえ思うんだ。
たくさんのひとに認められなくたって、誰かたったひとりでも、おれに心からありがとうっていってくれるひとがいたなら……
おれはそれだけで、自分は今、この世界の中で一番幸せな人間だと、舞い上がってしまうんだ。
『なんて、単純』
「単純で悪いかよ。
ああもうまじ幸せ!」
『そんなにおいしーの?
そのお菓子』
オトがあきれたように箱のにおいをかぐ。
よーこの飼い主さんからもらったお菓子の中身は、マドレーヌだった。
焼き菓子なんて口にする機会すら滅多にないおれは、口いっぱいに広がる甘い香りにふにゃんとほおを緩める。
目をキラキラさせて女子みたいにさわぐおれに、オトはまるで関心がないようで、つまらなそうに頭をこすりつけてきた。
『ねー、今日お風呂の日でしょ。
はやく入ろーよ』
「ああ風呂ねえ。
今日はもういいだろ。
おれバイトで疲れてるしーって痛ッ!?」
足の指をがぶりと噛まれて、たまらず声を裏返す。
普段のオトなら、イライラしても物理攻撃はしてこないのに……
今日は相当不機嫌にさせてしまったらしい。
なにもいわずに睨んでくるオトの有無をいわさない圧力に屈して、おれはそそくさと風呂場へお湯をために向かった。
「ーーオトは、風呂好きだよな」
まっすぐでかたい毛並みを洗ってやりながら、おれはなんとなしに呟く。
オトはなにを今更、とそっけなくいった。
「だって、猫って普通水かけられるのとか嫌なんじゃないの?
よーことかそうだし」
『あれはまた違う類の恐怖だと思うけど。
おれだって水は嫌だよ。
お風呂はあったかいから好き』
「ふうん。
ドライヤーも?」
『あったかいじゃん』
「へえ」
なんというか、猫らしくない猫だよな。
まあよーこみたいに逃げ出そうとしないから、助かってるけど。
シャワーも嫌がらないしな。
丁寧に泡を洗い落として、軽くお湯を払ってやる。
いつものようにオトを待たせて、おれは自分の髪と身体を洗い、仕上げに湯舟につかる。
あったかくて少しうとうとしていたら、オトの低い声に不満そうにはなしかけられた。
『ねー、おれも入りたい』
おれはぼんやりと、だめ、と答える。
「オトが入ると毛が浮くし……
つーかそもそも、足つかないだろ?」
『……』
「はあ……
やばい、ねむい……」
うとうとと、まぶたを閉じる。
幸せな眠気が否応なく吹き飛ばされたのは、その直後だった。
ぱしゃん、と水のはねる音がして、湯舟のかさが増える。
何事かと目を開くと、ひとの姿になったオトが湯舟に片足を入れていた。
「ちょっおま……!」
「最初からこーすればよかったよね」
いやいやよくない、なんにもよくないから!
こんな狭い風呂に男ふたりなんて無理だって。
つーか十九にもなって明らかに年上の風貌の男と同じ風呂とかどんなプレイ!?
いや、落ち着け、とにかくおれが風呂から出れば済むはなし。
慌てて浴槽のふちに手をかけても、もう遅かった。
うしろから腕をつかまれて、再び湯舟の中に引きずりこまれてしまう。
そしてそのまま身体を抱え込まれて、オトの足の間に挟まれるような格好になってしまった。
狭い浴槽では、自然とぴったりと皮膚が触れあう格好になる。
普段からオトは頻繁に背中に抱きついてくるけれど、そんなのは可愛いじゃれあいでしかない。
じかに伝わる鼓動に身体が熱くなる。
たまらず膝を抱えて、腕の中に顔を隠した。
「あったかい……
気持ちいーね」
「……っ」
肩にあごを乗せているのか、耳に吐息がかかるほど傍で声がして、おれは反射的に身体をかたくする。
おれの反応を面白がるように、オトはもっと身体を密着させて、顔を覗き込んできた。
「ミコト、こっち向いて」
まさか、おとなしくいうことを聞けるわけがない。
おれが黙ったまま首を振ると、オトはもう一度おれの名前を呼びながら、あろうことかわき腹を指先でくすぐるように撫でてきた。
ぞわぞわと鳥肌が立って、おれは慌ててオトの手をつかんだ。
すると今度は逆の手で触れてきて、同じように逆の手でつかむ。
これでなにも出来まいと胸を撫で下ろしたのもつかの間、首筋をぬるい感触が伝って、おれはふっと息を飲み込んだ。
舌がゆっくりと敏感な部分をたどり、更に歯を立てられると、次第にくすぐったさとは違う、甘いしびれが背筋に抜けていく。
おれはもう我慢出来なくて、かすれた声で訴えた。
「オト……
それ、や、やだ……っ」
「なにその声……
ねーミコト、お願いだから、こっち向いて……」
「っ……」
熱っぽい声で囁かれると、身体が微かに震える。
振り向くかわりにわざと腕の拘束を緩めると、濡れた指にあごをつかまれて、荒い口付けを受けた。
「はっ……ん、ん……」
のぼせそうだ。
すでに息は上がってしまって、まともに呼吸も出来ない。
舌もだ液も吐息もただひたすら熱いばかりで、それがどちらのものなのか分からなくなるほど、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられていく。
まるで熱に浮かされたように、いつしかお互いに甘い快感を求めて唇を奪い合っていた。
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