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猫屋敷のウワサ
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オス猫が細い眸を更に細めておれを見る。
まさかおれに矛先が向いてくるとは思わなかった。
オス猫はつまり、おれなんかとは手を切った方がいいとオトに警告しているのだろう。
その根拠は一体なんなのだろうか?
続くであろう会話を息を飲んで待つ。
オトなら冷静にその理由を問いてくれるだろう。
そう思ったのに、オトはすっかり面倒になってしまったらしかった。
『はなしはそれだけ?
もう帰っていい?
さきいかがおれを待ってるんだけど』
これにはさすがのオス猫も面食らったらしかった。
狼狽した様子でえぇっ!?と奇声をあげると、オトを必死に引き止めようとする。
『ちょ、ちょっとダンナ!
もう少しあっしのはなしを聞いてくれても……』
『えーもーいいよ。
あきちゃったし』
『そ、そんなつれないことおっしゃらずに……』
おれは黙っているのに耐えかねて、小声でオトに耳打ちした。
「オト、聞いてあげよう」
『なんでよ、つまんないじゃん。
時間のムダムダ』
「だって、お前はやめといた方がいいとか言われちゃったら、なんでなのか気になるし……」
おれがそう言うと、オス猫は喜々として食らいついてきた。
『そうでさぁな、そうでさぁな!
いやぁ、さすがダンナが選んだ人間だけあっていいこと言いやすね!』
いやお前、さっきおれのこと否定したばっかだろ。
じっとりと睨むおれのことはスルーして、オス猫は矢継ぎばやにまくし立てていく。
『なんてったってねぇ、この人間はあっしら猫の敵なんでさぁ!
ダンナは知らないんでしょうけど、それはもう陰湿で残忍でしてね、えぇ!』
もう言ってることめちゃくちゃじゃないか。
あきれてため息をついたおれの隣で、オトは更に長いため息をついていた。
『あのね、ズィル』
『へいダンナ!』
『この子が猫の敵だろうが、陰湿で残忍だろうが、おれはそんなこと、どうだっていいの。
ミコトと一緒にいるのはおれのわがまま。
ミコトがどれだけおれのこと大嫌いでも、ミコトがいいの。
ミコトじゃなきゃやなの。
だからあんたのはなしなんておれにはなんの価値もないんだよ。
分かる?』
『……で、でもぉ……』
こういうのって、ずるい。
そんなこと言われたらおれまで口出し出来なくなっちゃうじゃん。
これは完璧にオトの勝ちだ。
これ以上なにを言ってもオトはなびかないだろう。
それでもズィルは諦め切れないようで、半泣きの大分弱々しくなった声音で、小さく呟いた。
『あっしは、仲間を助けたくて……』
この切実な一言が、どうやら本日一番オトに響いたらしかった。
『なにそれ、どういうこと?』
そうオトが問うと、ズィルはおずおずと事情を語り出した。
『ダンナなら知っていると思いやすが……
隣町にある〝猫屋敷〟のことをーー』
ズィルの言うには……
隣町には〝猫屋敷〟と呼ばれる、まさに猫がわんさか飼われている家があって、そこには日々地獄のような酷い暮らしを、猫たちに強いる人間が住んでいるらしい。
その家に買われていった猫は、家の中に連れていかれれば最後、監禁されて一歩も家の外へ出ることは叶わず、毎日拷問され、たらふく餌を食わされ、否応なく丸々と太らされたのちに、ぱくりと食われてしまうという……
そしてその飼い主というのが、
『この人間と、一緒にいるのを見たんでさぁ……』
どうやらおれの知り合いらしく……
その飼い主とおれがグルだとズィルは勘違いして、こいつは止めた方がいいとオトに告げ口しに来たというわけだった。
そして猫たちにも慕われており力もあるオトに、あわよくば猫屋敷の猫たちを救い出してもらえたらと、期待していたのだそうだ。
『あっしはよくあの辺りを通るんで……
家の中から猫たちが悲痛な叫び声を上げているのも、幾度となく耳にしていやす。
あまりにも残酷だ、非道だと、仲間たちの間でも広くうわさになっていて……
だけど、あっしらはしがない猫でさぁ。
助けようにも、捕まって美味しく料理されちまったらと思うと……
だから、オトのダンナならどうにかしてくれるかもしれねぇって……』
そう言うと、ズィルはだらりとうなだれてしまう。
おれとオトは顔を見合わせた。
オトはまっすぐな目でおれを見つめてくる。
オトが考えていることは分かる。
だけど……
『ミコトの知り合いなんでしょ?
なら、説得出来るはずだよね』
「う、うーん……」
残念ながら、それはズィルの見間違いだと思う。
おれの知り合いでそんな筋金入りの猫嫌いなんていないし、第一そんなクレイジーなひととおれが関わっているはずがない。
おれだって、それはやりすぎだと思うけど……
真偽もまだ分からないのに警察に届け出ても取り合ってもらえないだろうし、ましてやおれとオトで説得に押しかけるなんてハイリスクすぎる。
今回の件は、おれたちにどうにか出来る問題じゃない……
『本当に知り合いじゃないの?』
「……多分。
もしかしたら、隠してるだけでとんでもない猫嫌いの知り合いがいるとも限らないけど……
せめて、名前が分かればなあ」
そうこぼすと、ズィルがあぁ、と声を上げた。
『知ってやすよ。
駿足の情報屋と呼ばれるあっしの情報網舐めんでくだせぇ。
……えーっと……』
考え込むズィルを、オトがじとっと横目に見る。
『ほんとに知ってるの?』
『し、知ってまさぁ!
えーっとえーっと……あっ思い出した!
ハギ!
……あれ?
サギだったかな……』
「……」
『ほんとに知ってるの?』
『し……知ってまさぁ……』
まさか、そんなことがあるんだろうか。
いや、でも……
そんな珍しい名字が、ふたつとあるとも思えない……
おれはごくりとつばを飲み込んで、かすれた声でズィルに確認する。
「シギ……じゃなくて?」
『あぁ!
そうでさぁ、それで間違いないでさぁ!』
「……嘘だろ……」
そんなことがあってたまるか。
だってあいつは……
あいつは……
とんでもないくらい、猫好きだぞ?
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