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大切な人
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おれはあんまりオトの他愛ない反応が不服で、オトの髪をぐしゃぐしゃと乱暴にかき回した。
「ちょっと、なにしてんの?」
「なんでもない!」
「なんでもなくないでしょ。
なんで怒ってるの」
「怒ってないっ」
「ミコトって意外と短気だよねー」
お前に言われたくない。
髪を乱されても直そうとせず、腰に抱き付いたままのオトの頭を眺めながら、おれはため息をついた。
ばかばかしい。
自分のガキっぽさにあきれる。
おれはオトの綺麗な青黒の髪を、結局自ら手ぐしで丁寧に整えた。
オトはされるがまま、なにも言わずに身を委ねていた。
しばらくの間、髪を梳く音だけが聞こえていたが、先にゆっくりと口を開いたのはオトだった。
「あのね、もう一個聞きたいことがあるんだけど」
「……なに?」
オトはふいに顔を上げると、おれの顔をじっと見つめた。
「みーたん」
「……は?」
「おーじ。
これって、ミコトのあだ名だよね?」
「……そうだけど」
きょとんと首をかしげるおれに対し、オトはじとっと目を細めておれを睨んだ。
「ミコト、おれがあだ名はないの?って聞いたとき、ないって言ったよね。
あれ、嘘だったんだ?」
「……そんなはなししたっけ」
「は?
忘れたの?」
じっと考え込む。
言われてみれば、そんなことをはなしたような……してないような。
「……ごめん、覚えてない」
「なにそれ、最悪。
みーたんのばか」
「みーたんって呼ぶな。
……あっ!」
そうか。
会ったばっかの頃、あだ名ないの?って聞かれて……
みーたんなんて女の子っぽいあだ名も、おーじなんて明らかに釣り合ってないあだ名も教えたくなくて、特にないって答えたんだ。
「なに?
思い出したの?」
「うん。
でも、お前はミコトのままで良いよ」
「まーね、おれも今更変える気ないけどさ。
嘘つかれたのがムカついただけ」
「それは……
だって、みーたんもおーじも、恥ずかしいから教えたくなくて……」
「ふーん。
てゆーか、みーたんは分かるけど、なんでおーじなの?」
あー。
そういえば、オトにおれの名前の漢字を教えてなかったな。
いや、そもそもオトは漢字が読めるのだろうか?
「えーと……
ミコトのミコって、オウジって書くんだ。
皇子って書いて、ミコって読むだろ?
知ってる?」
「知ってる。
天皇の子どもって意味でしょ。
へーミコトって、そんな大それた名前だったんだ」
「姉弟そろってな。
マキのキは妃だし、ヒヨリのヒは姫なんだ。
母さんも、良くそんな名前つけたよな」
そういえば……
オトには、字はないのだろうか。
猫の名前はカタカナかひらがなのイメージがあるし、なくてもおかしくはないけど。
……あるとしたら、どんな字なんだろう。
オトって、どういう意味なんだろう。
「なあ……」
「ん?」
「オトって、耳に入る音のことなの?
音色の音?」
「……オトは、遠。
永遠の遠と書く」
「永遠?」
「永遠に、消えないように。
永遠に、一緒にいられるように。
もう二度と、離れてしまわないように……」
「……オト?」
名前を呼ぶ。
透き通った蒼の眸は、おれをまっすぐに見つめた。
「ミコト。
ミコトは、おれが好き?」
「……なんで?」
なんで今、そんなこと聞くの?
オトは、どこか寂しそうな笑みを浮かべて眸にそっとまつ毛の影を落とした。
「ミコト、あのね……
オトは、本当は存在しないんだ。
オトは、身代わりなんだ。
……それでも、ミコトはオトのことを見てくれる?
おれ自身のこと、好きでいてくれる?」
「身代わり?……誰の」
「おれの大切なひとの、大切なひと」
大切なひと?
「……誰?」
「もう、死んだよ。
随分昔にね。
顔も、声も……掠れてしまって、思い出せないくらい」
「……」
嘘だ。
だってお前は、『大切なひと』って言ったじゃないか。
過去のことなら、普通、大切だったひとって、言うだろ。
……お前は、そのひとのことが忘れられないんだな。
そのくらい、とても大切なひとなんだな。
名前も、歳も、性別も。
なに一つ知らない、別の次元に生きていた誰か。
それなのにおれは、そのひとのことを知っているような気がしてならなかった。
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