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立ち聞き
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「ねー、ほんとに年明けまでここにいるつもりなの?」
夕飯を終えて、おれが部屋で来客用の布団を二枚並べて敷いていたときのことだった。
オトが憂鬱気味に問いた言葉に、おれはまさかと首を横に振った。
「明後日には帰るよ。
バイトすっぽかせないし」
「ほんと?
それならいーんだけどさー」
「なんで?」
「ずっとこのかっこでいるの、思ったよりしんどいんだよね……」
「あー」
意識しないと忘れてしまうけど、オトは人間に化けてるんだった。
もちろん、自然な姿のままでいた方が楽なのだろう。
だからと言って、もしも猫の姿のオトと一緒にいるところを見られたらと思うと……
オトには悪いけど、この家にいる間は、ずっと人間の姿のままでいてもらうほかはない。
「やっぱ、負担かかるの?」
「ん〜……
すっごい体力消耗する……
ミコトが近くにいるぶんまだマシなんだろーけど」
「ふうん。
まあ、三日間の辛抱だからさ」
「うー……早く帰りたい……」
オトは敷いたばかりの布団にぱたりと倒れ込み、枕に顔をうずめる。
なんだかおれのせいで無理をさせてしまっているようで、罪悪感に若干心が痛んだ。
「なにか、あったかい飲み物いれてくるよ」
いたたまれなくなって立ち上がったおれに、オトは顔を上げないまま、うん、と小さく頷いた。
服こそ着てはいるものの、毛皮がないとやっぱり寒いものなんだろうか。
なんにせよ、体力が落ちているときは免疫も下がるんだろうし……
おれのせいでオトに風邪をひかせるわけにはいかない。
姉ちゃんになにか頼んでこようかな。
そんなことを考えながら、おれは扉を開けた。
そして、目の前に立っていた姫和に危うく衝突しそうになった。
「みーたん……」
「な、なんだよ……びっくりしただろ。
あ、風呂か?」
「みーたん、明後日帰っちゃうの?」
「……いつから、はなし聞いてた?」
思わず低い声で尋ねると、姫和は顔を赤くしておれから目を逸らした。
「……ご、ごめんなさい。
でも、なんのことをはなしているかは分らなかったし……」
「そういう問題じゃないだろ。
ったく、お前は……」
あきれてため息をつくおれを、姫和は泣きそうな顔をしてじっと見つめた。
「みーたん、怒ってる……?」
「……別に、怒ってない。
それで、なんの用だったの」
「あ……お風呂空いたよって、言いにきたの……」
「分かった。
オト、風呂入る?」
羽布団に埋まっているオトに声をかけると、「入る……」と掠れた声が返ってきた。
どんなときでも風呂だけは入るらしい。
おれが苦笑するのに対して、姫和は心配そうな声音で言った。
「オトさん、まだ体調悪いの……?」
「あー、ちょっと疲れてるだけだから大丈夫。
明日には元気になってるだろ」
「そ、そっか……」
「オト、入るなら早く入ってよ。
おれお前のあとに入るから」
いつまでも起き上がろうとしないオトを促すと、低い声でうなりながらのそのそと起き上がって、こっちへ歩いてきた。
それからおれの顔を見て、
「一緒に入らないの?」
素面でそんなことを言い放った。
確かにいつも一緒に入ってるが、それはオトが猫の姿のときだけじゃないか。
ていうか、姫和が目の前にいるのにそういうこと言わないでほしい。
「風呂くらい一人で入れるだろ」
「えー……
んーじゃあ一人で入るー。
おれの服は?」
「父さんが使ってたの用意してもらってる。
浴衣だから、着方分かんなかったら呼んで」
「分かったー」
間のびした返事をしながら部屋を出ようとして、初めてオトは出入り口に立つ姫和の顔を見、「そこ、どいて?」と首をかしげた。
「あっ!
ご、ごめんなさいっ」
じっとオトの顔を見上げていた姫和は、はっとしたように大げさな仕草で道を空けた。
オトは廊下に一歩踏み出してから、思い出したようにおれを振り向いた。
「ミコト、場所が分かんない」
「……あ、そっか。
じゃあ案内するよ」
「ん」
「じゃあ姫和、いってくる」
「あ、うんっ
またあとで、みーたんのおはなし聞かせてね」
「うん。
またあとでな」
姫和と別れ、オトと並んで軋む廊下を風呂場に向かって歩く。
辺りに人気がないことを確認して、おれはのどの奥に詰めていた息をはいた。
「全く、心臓に悪い……」
「なにが」
「姫和が!
まさか立ち聞きしてるとは思わなかったしさ。
肝心なことは口にしなかったから良かったけど……
聞かれたらまずいこと、はなしてたし……」
おれは腕をさすりながら呟く。
もっとまわりを警戒しよう。 そう心に誓うおれとは対称的に、オトはのんきに首のうしろをかいた。
「だから、聞かれても平気なことしかはなさなかったんじゃん。
おれちゃんと気をつけたんだからね。
えらいでしょ?」
「……は?
なに、お前気付いてたの」
「気付くよ。
あんなに近くにいたのに、気付かない方がおかしい」
いや、普通気付かないだろ。
つうか気付いてたなら、テレパシーでもなんでもして教えてくれれば良かったのに!
「なんだよ……
じゃあおれだけ、一人ではらはらしてたわけ。
これじゃ、おれがあほみたいじゃん」
「あほなんでしょ?
だって、おかしいと思わなかった?」
「……なにが?
あ、ここ風呂場」
木製の引き戸をガラガラと引く。
以前よりも建て付けが悪くなったような気がするのは気のせいだろうか。
お先にどうぞ、とオトの方を振り向こうとしたおれの手をおもむろに掴み、オトは着替え場所兼洗面所になっている個室に入ると、ピシャリと扉を閉めてしまった。
予想外の事態にぽかんとするおれを振り向き、オトは眸を細めてちょっと微笑う。
その表情がいやに艶めかしくて、おれは無意識に一歩後ずさった。
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