アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
大掃除
-
「みーたんは、自分の部屋の片付けね。
はい、これ雑巾とアルコール」
手渡されたバケツをしぶしぶ受け止る。
朝早くに姉ちゃんに叩き起こされ、なにかと思えば
「今日から大掃除を始めるから」
と、意気揚々と宣言された。
そういうことは前日に言っておいてくれれば、自分で起きるのに。
こんな寒い日に布団を否応なく引っぺがされて不機嫌にならない人間はいないだろう。
「つうか、おれの部屋なんて暫く使ってなかったから、なにもないんだけど」
「ほこりは溜まってるでしょ?
あと、出て行く時に置いて行ったものを整理するいい機会じゃない」
「うーん」
「ひよりんも、まずは自分の部屋のお掃除ね。
それからオト君、あなたは物置の整理」
「え、オトもやるの」
ちら、とオトの方を見ると、オトは無表情のまま目を瞬いておれを見返した。
「お客人でも、この家にいる限り手伝ってもらいます。
というか、物置はどうしても男手が必要でさ、父さんがいたときは整理してたんだけど……
もう何年も前から放置しっぱなしだったのよねぇ。
だから丁度いいやと思って」
ちょっと待って、おれも一応男なんですけど。
「タダ飯食ってんだから、働きなさいよー」
「えー、めんどくさい」
オトならそう言うと思った。
「若いくせに腰が重いわねぇ。
じゃあ、掃除が終わったら美味しいもの作ってあげるから。
それでいいでしょ?」
「美味しいもの?
じゃあおれ、ミキのオムライスが食べたい」
「うんうん、それでいいから」
姉ちゃんが了承すると、オトは目を輝かせて頷いた。
相当姉ちゃんのオムライスが気に入ったんだな。
「それじゃあ、各々持ち場について!
大掃除開始ー!」
「……さて、なにから始めようかな」
自室に戻り、部屋の真ん中で辺りを見回す。
押し入れには布団と、使わない服などがしまわれている。
その辺は敢えて手を付けることもないだろう。
まず、ずっと触っていなかった机の中身を整理して、掃除して、あとは畳や壁を拭けばいいかな。
「……よしっ」
おれはなんとか気合いを入れて、袖をまくった。
机の中は、ほとんど空っぽだった。
我ながら必要最低限のものしか持ってなかったんだなあと思わず苦笑がもれる。
短くなった鉛筆、鉛筆削りがわりのナイフ、使い古した筆箱、色褪せて角の取れたノート……
なんとなく、ノートをぱらぱらと開く。
今より少し字が汚い。
ああ、こんなこともやったっけな。
目の奥に、黒板と、その前に立つ先生の姿が思い浮かぶ。
卒業してそんなに経っていないのに、なんだかもう遠い過去のような気がして、少しだけ寂しくなった。
ぱたんとノートを閉じ、顔を上げた。
『ミコトは真面目ちゃんだったよなァ』
「…………」
いつの間にか、カイリが逆さまになっておれのノートを覗き込んでいた。
いつからそこにいたんだろう。
ちっとも気配がなかった。
『テストが近くなると、毎晩一生懸命机に向かってさァ。
オレはそんなお前を陰ながら応援してたぜ。懐かしいなァ〜』
「……おれになにか用?
今忙しいんだけど」
『なんだよ、今のんびりノート見てたじゃんか!?
なんでそんなに冷たいのさ!』
おれ自身も、冷ややかな言い方をした自分に少し驚いた。
どうもおれはカイリのノリが肌に合わないらしい。
『まァいいけどさ。
昨日、言いかけたことの続きを言いに来たんだよ』
そういえば……
頼み事があるとかなんとか言ってたな。
「なに?」
『あのさ、……ミコトの精気を、オレにくれねェかな』
「……は?」
おれの精気を……カイリに?
『別に今すぐにとは言わねェけどさ。
決心がついたら言ってくれよ。
ん、そんだけだ! じゃあな!』
「あ、ちょっと!」
カイリはくるりと回転すると、壁をすり抜けていってしまった。
カイリが消えた辺りを眺めながら、おれは考え込む。
今まで、オト以外の誰かに精気を渡したことは一度もない。
そもそも精気を渡す、という感覚さえ曖昧だ。
オトはおれの精気が流れ込んでくるのが気持ちいいと言うけれど、おれにはオトの霊力がどんな感覚か、なんて実感もないわけで。
相性がいいと気持ちいいんだってオトは言っていたけど、それならカイリとおれはどうなのだろうか?
カイリは飼い猫としてうちにいた頃から、おれにはそんなに懐いていなかったし、おれも自分から構ってやろうと思うことはなかった。
つまり決して相性が言いとは言い切れないのだけど……
「決心がついたら……?」
おれの血から精気を取るから、傷を付ける決心をしておいてくれということなのだろうか。
そもそも、幽霊と精気を交わすことなんて出来るのか疑問だ。
「うーん……」
聞きたいことは山ほどあるというのに、言いたいことだけ言っていなくならないでほしい。
考えていたらむかむかしてきて、おれは思考を断って片付けに集中することにした。
…………
……
集中すればあっという間で、おれは早々に自室の掃除を終えてしまった。
手持ち無沙汰になり、なにか仕事をもらえないかと、姉ちゃんを探して家の中を歩く。
きょろきょろしながら廊下を歩いていたら、外から姉ちゃんの笑い声が聞こえて、そちらに足を向けた。
姉ちゃんはオトと一緒に物置の前で肩を寄せてなにかを眺めていた。
「……なに見てんの?」
後ろから覗き込むと、姉ちゃんは ぱっと顔を上げて、おれの腕を引っ張った。
「みーたん、いいところに!
ほら見てよ、これ!」
姉ちゃんの手にあったのは……アルバムだ。
おれたちの幼い頃の写真が、フィルムの中に綺麗に収められている。
「うわあ……こんなの、あったんだな」
「ずっと物置にしまわれてたみたいね。
こんな場所にあったなんて……」
ゆっくりとページをまくっていく。
多分、おれが小学校低学年くらいの写真だ。
ランドセルを背負って、満面の笑みでピースをしている。
この頃は髪が普通の男子より長かったんだな。
家族みんなしておれを女の子みたいに扱っていたせいだろうか……
「……あっ」
「あっ」
おれと姉ちゃんが同時に声を上げた。
その写真は……
「うわ……うわー、最悪。
嫌なこと思い出した……」
「うふふ……やっぱりみーたん、可愛いわぁ」
「? これミコト?
女の子じゃん」
オトが首を傾げる。
無理もない。だって、その写真の中のおれは、肩まで伸びた髪を二つ結びにして、ふわふわのワンピースを着ているんだから……
「真っ赤な顔して、上目遣いで涙目になってるところがたまらないわよねぇ〜」
「姉ちゃんたちが無理矢理女装させたからだろ……」
そうだ。
今まで忘れていたけれど、小さい頃、おれはよく女装をさせられていた。
低学年の頃はなんの疑問も抱かずされるがままになっていたけど、年を重ねるに連れそれが異質だと気付いて、反抗するようになったんだよな……
「うふふ、他にもあるかな〜?」
「もういいから、掃除しろよ……」
姉ちゃんは本来の目的も忘れ、宝探しをするようにページをまくっていく。
写真の中のおれたちが少しずつ成長していくのが、なんだか不思議な感じだった。
「面白いね、アルバムって」
ふいにオトがぽつりと呟いた。
「そのひとがどんなものに囲まれて生きてきたのか、こんなに薄っぺらい本なのに、ちゃんと分かるんだね」
オトの指が、うっすらとほこりを被った写真の上をなぞる。
その写真の中には、中学生のおれが新しい制服を着て、笑顔の母さんと一緒にぎこちない表情をしていた。
「オト君にもあるでしょ?」
姉ちゃんが笑って問うと、オトはそっと目を伏せた。
「あるかもね。
だけど、あったとしても、おれがそれを目にすることはない」
「どうして?」
「……どうして、かな。
おれが、オトだからかな」
オトは乾いた声で笑う。
その意味を汲むことが出来ない自分が、ひどくもどかしかった。
「……だけど、あるんでしょ?」
「ん?」
「あなたのアルバム。
あなたを大切に想うひとが、あなたを写し本に綴じたものが。
もし本当に、今後二度とそれを見ることが出来なかったとしても
あなたのことを忘れないように、大切に、記録にとどめておきたいと思ってくれるひとがいたって事実は変わらない。
そうでしょ?」
「…………」
「それに、アルバムなら今からでも作れるわ。
……だから、そんなに寂しそうな顔しないの。
あなたは寂しくなんかないはずよ」
姉ちゃんの穏やかな声音を聞きながら、おれはじっとオトの顔を見つめていた。
そっと視線を上げたオトは、一瞬すがるようにおれを見つめて、それから、顔を歪めて笑った。
「うん……そーだね」
「うん。
さて、それじゃあ大掃除の続きをしますか!
ほら、みーたんも手伝う!」
「はーい」
おれは姉ちゃんのように、優しい言葉を紡ぐことは出来ないし、気の利いたことなんて何にも言えないけど……
きっと他の誰よりも、お前には哀しい顔をして欲しくないって
おれがお前の支えになれたらって、思ってるよ。
「……オト」
「ん?」
「……さ、寂しいなら、ちゃんと言えよ」
「ミコト……」
伝えることは、やっぱり難しいけど。
「ありがと。
大好きだよ……」
「……っ、」
囁いて、そっと指先で頬に触れた。
その仕草が優しくて、おれは少しだけ目眩がした。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
38 / 73