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真羅 ~side~
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-「バイバイ、せんせ。」-
去り際にそう言い放った勇間の表情…
微笑んでいた…
無理して笑っているあの笑顔でも、悲しげな表情でも無かった。
優しく…それでいて嬉しそうな笑顔だった。
『………。』
家に入って行く勇間を見届ける。
いつもの雰囲気じゃない様な…なんか、違和感を感じた。
勇間…本当に大丈夫か?
[おい。]
『………。』
[おいっ!!!]
『いっ……つっ…何だよ急に、喧嘩の申し込みか?!』
[ちげぇわアホ!!]
再びいい音を鳴らした頭を撫でながら、叶を見る。
当の本人は凄く怪訝そうだ…
[お前が返事しねぇからだろ?]
『暴君かよ……』
[5分前から呼んでんだよこっちは。]
『そ、れは……すまん。』
[で?]
『あ?』
[何悩んでんだよ、呼び出したのお前だろ。]
『あー……その、なんだ…勇間の事なんだけど…』
[?]
どう…言えば…
悩んだまま何も喋らない俺を見て、叶は溜息を吐きながら椅子に座った。
[まどろっこしい…さっさと言え。]
『いや…まだ確信じゃないし…』
[……またそうやって俺は蚊帳の外か?]
『違う…違うんだけど…』
[………。]
『何か…ここ最近勇間の雰囲気が変わったんだ。』
[良い事じゃねぇか。]
『けど…何か…違うんだよ…』
[………多重人格か?]
『あー…そう、それ…』
頭を乱暴に掻き毟り、溜息を吐く。
叶は腕を組み、椅子に凭れた。
[まぁ…あっても可笑しくはねぇ精神状態だったしな…あの頃は。]
『……。』
[それが何故このタイミングなのか、だな……もしかしたら前から少しづつ出てたのかもしれん。]
『俺はそれに気づけなかった…』
[いや、気付けないのも無理はないだろ。四六時中一緒に居たとしても、必ずお互いが離れるタイミングがある訳だ…その時に出てたのなら気付けねぇよ。]
『………。』
[で、他にもあんだろ。]
『勇間が、俺の為だって言って家に帰った。』
[そ、れは……不味いんじゃねぇか?]
『分かってるんだけど…もしかしたらその時から変わってたのかも…』
[可能性は高いな…]
『でももしかしたらやっと勇間の本性が見えたのかも』
[アホか。]
そう言って叶は俺の椅子を蹴り上げた。
地味に俺にも喰らって痛い…
相変わらず暴力的だが、優しさは変わらない…
『叶…』
[あ?]
『ありがとな。』
[………うるせぇな。]
少し頬を染めてそっぽを向くその仕草も、昔から変わらない。
褒められ慣れてないなぁ…とか思いつつ扉の隙間からこちらをふてぶてしく覗き込む目と合った。
『く、日下君…』
〔俺のかなちゃんを口説かないで下さぁ〜いぃ…〕
[アホが増えた…]
ゾンビの様にフラフラしながら、叶に抱き着く日下君。
そんな日下君を押し戻そうとする叶…
思わず笑ってしまう。
愛されているんだなぁ…叶…良かった…
『ごめんごめん、大人の戯れだから。』
〔大人の戯れぇ〜??止めてください!かなちゃんは一生俺のですから!先生には勇間が居るでしょ!〕
[お前のにはなってねぇだろうが!!]
〔またまたぁ〜かなちゃんったら………あ、そうだ真羅先生。〕
『ん?』
叶の拳を軽々避けた日下君は、何時もよりも真剣な表情になり声のトーンを落とした。
〔なんか…勇間が変なんだけど…〕
『…変?』
〔うん、いつもなら俺以外の人に話しかけられたら固まるのに…今日はニコニコ対応しててさ、俺の入る隙も無いくらい囲まれちゃって…〕
[………。]
〔周りから印象変わったねって言われまくってる…〕
『うーん……』
〔人が変わったみたいだよホント…で、あと…〕
言葉を詰まらせ、目が泳ぎ始める日下君。
次の言葉を待つ俺と空を交互に見て、絞り出すように発した。
〔包帯が…〕
『包帯?』
〔うん……多分またやっちゃったんじゃないかな…〕
『………。』
〔体育の時着替えてる所を見ただけなんだけど…腕全部に包帯巻かれてて、ちょっと血が滲んでた。〕
[怪我したって訳じゃ無さそうだな…]
〔うん…でも本人は何時に無く笑ってるし…何かあったのかって聞いても何でもないの一点張りで…〕
勇間がまた自傷を始めた。
一人になった途端に…
ずっとしたかったのか?
ずっと我慢してたのか?
様々な疑問が浮かび始める…
[本人が答えたくないんなら、俺達が騒いでも仕方ねぇだろ。]
〔そう、なんだけど…あの勇間が何でまた…って思うじゃん…〕
[…変わったかどうかは本人次第だ。]
〔でも…〕
[暫くは様子を見てやろうぜ、そんで酷くなる一方ならちゃんと話を聞く。]
『それじゃあ遅いかも知れない…』
[じゃあ無理やり聞き出すか?]
『そ、れは…』
押し黙る俺を横目に、叶は珈琲を入れ始めた。
部屋に広がるカフェインの香りが、何故か勇間の笑みを思い出させた。
朝日に包まれ、嬉しそうに微笑むあの顔を…
〔酷くなる前に俺も止めてみる。〕
『……。』
〔ね、真羅先生……勇間、何かあったの?〕
その問いに的確な答えを俺は知っている…
あの二人の事だ。
でも日下君には、勇間が自分から言いたいんだと思う。
けれど、今の状態では黙っている訳にもいかない…
『………。』
叶に助けを求めるかの様に、チラリと見る。
短くため息を吐いた叶は、珈琲を啜りながら呟くように発した。
[……自分の口から言いてぇから、お前には黙ってたんじゃねぇの。]
〔………。〕
[それを先にズルして聞きたいか?]
〔聞きたくない…けど、今の勇間との繋がりが分かるなら…ちょっと聞きたい…〕
[ふっ……素直だな、お前。]
〔だってそうじゃん…〕
[まぁな…]
さて、どうする?とでも言いたげな目を向ける叶…
どうしようか…どう説明しようか…
この子達もまだ子供で…でも大人になろうとしていて…それなのにこんな過酷な事を教えても良いのだろうか。
嗚呼、また俺は逃げ道を探している…
この子達の道標となるべき存在なのに、大人…なのに…
『そう、だな……日下君が入院してた所に知り合いの人が居たって話したろ?』
〔うん。〕
短く息を吸う…
カフェインの香りとエアコンで冷えた空気が、喉を震わせる。
あの日の悔しさが込み上げて来る…
あの日の悲しさが溢れようとしている…
あの日の不甲斐無さが蘇る…
キツく目を瞑り、ゆっくりと開ける。
少しだけ心配そうな表情をしている叶と、どんな言葉が出てくるのか不安げな表情の日下君。
二人が居てくれたから俺達は何とか立っている…
それを改めて痛感したあの日。
失う怖さを、より一層知る事が出来たあの日。
『……その知り合いが、亡くなってね。』
まだ生きているけれど、その言葉がとても重く感じた。
その言葉を発した瞬間に、体が重くなった…
胸が苦しくなった。
[………。]
『勇間はとても仲良くてね…その二人が………っ…』
言葉を詰まらせた俺の肩をそっと叩いた叶…
無理をするな、そう言いたいのだろう。
[…俺がその日に聞いた内容だと……二人は自分達で死を選んだらしい。]
〔え……〕
[まだ…お前と変わらない歳の子達だ…]
〔………。〕
[それがきっと引き金になったんじゃねぇの…]
〔そ、っか……〕
『………。』
〔いや…にしても何か…身近に多重人格者が居るのって凄い……不思議……勇間は勇間なんだけど違ってて、うーん…〕
『そうだな…』
不思議…か…
良かった、軽蔑の言葉を言われなくて。
日下君がそんなことを言う子じゃ無いって分かっているけれど、卑下されるのではないかと…勝手に思っていた…
卑下していたのは…自分だったのかもしれないな。
『はぁ………どうしたもんかなぁ…』
〔本人に直接とか駄目なの?〕
[当たり前だろ、どんな人格かも分からねぇんだ。下手に刺激して本人格諸共死なれちゃ後味悪過ぎんだろ。]
〔そ、そっか……うわぁ…こんなんじゃ八方塞がりだよぉ…〕
[お前……]
呆れる叶を横目に、窓の外を見上げる。
眩しすぎて逆に痛い程の陽射しが、目を貫く…
嗚呼、俺の神様は何処に行ったんだろう。
眠っているのだろうか…
それは永遠の眠りなのだろうか…
返してくれ…
願っては消し…
また願う…
未だかつて無い焦燥と絶望の波が一気に押し寄せる…
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