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「………。」
来たのに呼び出した本人が見当たらないってどう言う事だよ。
僕だって暇じゃないんだけど。
小さくため息を吐き、近くの椅子に座る…
「…っ…」
今朝の傷が痛む。
利き手じゃ無かったからまだマシだ…
鏡…買わなきゃいけないの面倒くせぇ…もうあのままでいっか。
どうせ勇間は戻らない場所なわけだし。
てかこの部屋寒い…
「窓開いてんのかよ…」
面倒くさい…
けど、寒いのも嫌だ。
一人で葛藤した結果、仕方なく窓を閉めることにした…
ってか…いつ来るんだよ先生。
「…うわ……」
窓の少し手前に、人が倒れてる。
先生じゃん…
え、何…死んでる?
「………。」
キレイな横顔だな…本当に。
女子生徒達が群がるのも納得できる…
朝の眩しい光に照らされ、髪がいつもより明るく見える。
初秋の肌寒い風が、その髪を優しく撫でていく。
「…ごめん。」
柔らかい髪の感触…
人の温もり…
その全てが指先から伝わってくる。
これは自分のものでじゃなくて…勇間のものなんだ…
そう考えた瞬間、胸の奥がザワついた。
蛇が這った様な…気持ち悪いザラつき。
「……僕だって…愛されたい…」
ポツリと零れた言葉を慌てて口で抑えた。
違う…今のは僕の言葉じゃない。
『愛されたいなら…逃げるな…』
「っ!」
2つの瞳が僕を映す…
捉えられ、動けなくなる。
『……これ、どうした?』
優しく左手を掴まれ、問われる。
僕が出会った人達とは違う眼差しで見つめてくる。
嫌だ…そんな目で……聞かないでくれ…
『彼方…?』
「……あ、さ…ちょっと急いでて、鏡を割ったんだ。その時に切れた。」
ほら、染み付いた嘘がこんなにも簡単に出てくる。
笑顔で吐けば皆騙される。
僕の本当の言葉なんて知りもせずに…
『…違うだろ。』
「……。」
『何かあったのか?』
「な、にも無い…」
『本当に?』
「っ……ウザいなぁ、何も無いって言ってるだろ?」
『……彼方。』
真っ直ぐ見つめる瞳。
その瞳には、動揺の色を隠せていない僕が映っている。
いつから僕は嘘が下手になったんだろう…
いや、違う…
先生が特殊なだけだ。
「……ちょっと…こ、えが…」
『声…?』
「昨日…叶先生が言った言葉が頭に響いて……五月蝿くて…」
『………。』
「止めようと…し、たんだけど……今度は勇間が…」
『勇間…』
「………。」
嗚呼…
そうだった…
先生は勇間の物で…
勇間は先生の物だ…
僕なんかが少しでも入る隙なんか…無いんだった。
「…っ……離せ。」
『…急に触ってごめんな。』
左手から先生の体温が消えた。
直ぐに冷えて…もう、分からなくなった…
「窓、寒いから閉める。」
『ん…』
「……で?用って何。」
いつもの僕。
いつもの反応。
いつもの返し。
変わってはいけない。
僕は…誰にも愛されることなく…死ぬんだ…
『――た?彼方?』
「あ……わ、悪ぃ…聞いてなかった…」
『……大丈夫か?』
「続けてくれ。」
『あ、あぁ……』
少しの間沈黙が流れる。
昨日今日と…変に考えすぎだ…
このままじゃ駄目だ…早く自分の役目を終わらせよう。
コイツらに嫌われて、そして早く自分を孤立させなければ…
ぬるま湯に浸かった気分だ…居心地が悪い。
どうして普通に受け入れようとする…?
もっと動揺して、突き放せば良いのに…何で…
『……彼方。』
「…何。」
『泣きそうな顔してる……本当に大丈夫か?』
嗚呼…優しい…
その優しさがゆっくりと僕に注がれている。
やめろ…やめてくれ…
こんなの受け止められない。
受け入れたくない。
「う、るさい……身体は勇間だけど、僕は僕だ。優しさなんて振りまくな。」
『そんなの、関係無ぇよ。俺は俺のしたい様に振る舞ってるだけだ。見た目が勇間だから、とか…そんなんじゃない。』
「嘘つけ…」
『嘘なんかじゃない…』
「じゃあ…ここで今僕がお前を誘って、耐えられるのかよ。」
『耐えられる…って言うか、もう中身を知ってるからなぁ…』
ムカつく。
何でこんなにも上手く行かない。
『なぁ、お前…何をそんなに焦ってるんだ?』
「焦ってなんか…」
『……ま、ゆっくりと慣れて行こうな。お前ともう少し仲良くなってみたい。』
「……。」
そう言って微笑んだ。
太陽のように明るくて…暖かい微笑み…
思わず目を逸らし、俯いてしまった。
そんな笑顔も要らない…要らない、のに…どうしてこんなにも動悸が速まるんだ。
これは僕の感情じゃない…勇間が…勇間の身体が勝手に反応しているだけで…っ
「僕は別に仲良くしたくない。」
『ま、徐々にな。』
「「先生はみんなに優しい…だから俺は好きになったんだ…」」
「……っ」
まただ…
また勇間が出てくる。
五月蝿い…五月蝿い!
今はまだ引っ込んでろよ、僕の感情に入って来るな。
左手を強く握り、痛みが体を突き抜けていく。
痛みこそが僕の味方で…
痛みだけが僕を裏切らない。
もっと強く…こんな生温い痛みじゃ駄目だ。
暖かい光が煩わしい。
僕にそんな光は要らない。
『大丈夫か?』
「五月蝿い!!」
『………。』
伸びた手を叩き落としてしまった。
「あ…」
その時、先生の手に僕の血が付着した。
嗚呼…穢してしまった…
違う…これで良いんだ。
傷付けてしまった…
傷付けて良いんだ。
嗚呼…クソッ…自分の思考回路が滅茶苦茶だ。
『…落ち着け。』
「………。」
『まず深呼吸をして…』
「…っ…は…」
そこで初めて、自分が過呼吸になっている事を知った。
苦しい…
背中に感じる先生の手の体温が、ゆっくりと身体を溶かしていく…
心地良い…のに…今はそれすらも苦しい。
けれど、次第に呼吸は出来て…
『彼方……自分で苦しい道を進まなくて良いんだぞ?』
「………。」
『お前が今、一番欲しいものはなんだ?』
「欲しい…もの…」
『俺からで良ければ、それに協力するよ。』
「………いい…要らない。」
『………。』
どうして先生は僕に構うんだろう。
自分の好きな勇間じゃ無いのに…
勇間とは全く違うのに…
こんなにも優しく出来てしまう、それが残酷で…苦しい。
今更優しさも要らないのに…なのに…
「何でそうやって優しくする?…僕が可哀想だからか?」
『………違う。』
「…じゃあ…変わり者だから?」
『んーん。』
「……勇間の身体だから?」
『それも違う。全部違う。』
「じゃあ……何で…」
頭でどれだけ考えても、何一つとして答えは出なかった。
僕はこんなにも稚拙だったか?
『俺はね…周りの目があるから、とか…そんなのじゃ無い。』
「………。」
『俺がしたいからしてるんだ。誰の感情も関係無い。……何も出来ないまま、誰かが消えるのは哀しいし…何より、こんなにも触れ合ってしまったから余計に嫌なんだ。綺麗事を並べる事も、相手が望んでいる言葉を想定して掛けてやるなんて…俺には出来ない。』
「……。」
『我儘なんだ、俺。』
乾いた笑い声が部屋に広がって…すぐに消えた。
『誰かを失くすのが怖くて…そうならない様に自分の気持ちに正直なだけ。』
「………。」
『……元々お前は一人だったんだろ?お前が元に戻るまで、俺は力になるよ…』
「要らない……勘違いして欲しくないから言うけど、僕はアンタの事嫌いだから。」
『……。』
「見た目が勇間だからって…最初からそう言えよ。長々とそれらしい言葉並べて…今更僕がそんな言葉に靡くと思ってんの?馬鹿じゃないんだからもう少しまともな事考えたら?」
『……ガキだな。』
「っ…」
『言ったろ、見た目とか関係無いって。』
「じゃぁ、僕が何しても気持ちは変わらないって事ですか。」
『あぁ。』
つまらない。
嗚呼…憎らしい。
何が恋だ…
何か愛だ…
煩わしくて…反吐が出る。
『ま、それはさて置き…これ彼方に渡したくてな。』
「何これ……資料集?」
少し分厚い束…
最初のページを見ると、古文の構成などが分かりやすく纏められていた。
まさか…これ…
『一応理解できそうな範囲でも、大変だろ?』
「………。」
『要らなかったら捨てれば良い…それこそ自己満だからな。』
これを…僕のために…?
胸が熱い…
こんな事しなくても…僕は平気なのに…お人好し過ぎるだろ…
「一応…礼は言います………あ、りがとうござい…ます。」
『ん、どういたしまして。』
「………。」
少し重くて…温かい…
良く見れば先生の目の下には隈があった…夜遅くまでこれを作ってくれてたのか。
『それと…』
僕の腕を掴み、血が滲んだ包帯を見る。
少しだけ歪んだ顔が…何だか悲しそうで……
いや、僕には関係無い。
『もう…こんな事するなよ。』
「………。」
『新しいのにするから、大人しくな。』
包帯を解き、血で真っ赤に染まったガーゼを取る。
その間も顔は悲しそうに歪んでいた…
『鏡、新しいのにしなきゃな。…まぁ、嫌なら外したままでも良いけど…破片はちゃんと片付けたか?』
「……うん。」
『そっか、小さい破片とかまだ落ちてるかも知れないから…鏡の周りには気を付けろよ。』
先生の全身から伝わってくる、心配だと言う気配。
胸が苦しい…
僕は嫌われたい…じゃないとこのまま…
このままこの人を…好きになってしまう。
自覚した途端苦しくなる…これだから恋が嫌いなんだ…
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