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深夜一時…
隣で眠る愛しい人の目には、まだ涙が残っている。
「………。」
優しくそれを拭い、頬を撫でると…安堵の表情を浮かべた。
こんなにも…こんなにも先生は…
「…っ…」
許さない。
許せない。
先生の幸せを、己の欲のために壊す事が。
理解が出来ない。
理解したくも無い。
心の底から軽蔑する。
「先生…大丈夫だよ…」
優しく包み込む様に抱き締める。
先生は、もしかしたら俺よりも弱いかもしれない…
誰よりも儚くて…不安に包まれている。
「………。」
先生を救えるなら何だってするよ…
あの人を殺したって良い…
でも、それをしたら先生は悲しむ。
嗚呼…もどかしいな…
『おはよう、勇間。』
「おはようございます、先生。」
変わらない、いつもの朝。
お互いに挨拶を交わして、コーヒーを淹れる俺にちょっかいを出す先生。
でも、心なしか先生の顔は穏やかだ…
良かった…
『ん?どうした?』
「いえ…もう少しでコーヒー出来るので、顔洗ってきて下さい。」
『ん、ありがと。』
洗面所へと消えていく、先生の背中を見送る…
すっかりいつもの先生に見える。
安心するけれど、やっぱり少しだけ心配だ…
先生と棗先生を引き合わせてはいけない、改めて昨日思い知った。
棗先生を前にしたら、きっと先生は動揺してしまう。
先生が先生で居られなくなってしまう。
けれど…どこか棗先生と自分に共通点を見出してしまう…
俺も、棗先生と同じ様に依存している。
俺には先生が何よりも、誰よりも大切だ…
あの女の子との一件でも…胸が張り裂けそうだった…
少しだけ棗先生の事が分かってしまうのが、何だか嫌だ。
考えれば考える程、共通点しかない気がして…
まるで…俺の成れの果ての様な気もしている…
『勇間?』
「あ…すみません、少し考え事してました…」
『あんまり寝れてないのか?』
「いえいえ、昨日はぐっすりです。」
『そうか、それなら良いけど…あんまり無理するなよ?』
「はい…」
頭をクシャリと撫で、先生はソファーへと座った。
自分の事よりも俺の事を気にしてくれる…そんな先生が好きで…
でも心配で…不安だ。
棗先生と話さなきゃ…分かってもらえるとは思って無い。
でも、不安が一つでも減ってくれれば…俺は嬉しい。
「先生、俺…今日棗先生と話してみます。」
『俺も一緒に』
「いえ、俺一人で行きます。」
『………。』
心配そうに見つめてくる先生の元へ行き、目の前に腰を下ろす。
先生の手を取り、優しく包んで自分の頬へと導く。
「先生の不安要素は直ぐに取り除きたい…それに…」
『………。』
「それに、先生は俺のだって言いたい。」
『勇間…』
導いた手が優しく頬を撫でる…
それを了承だと受取り、俺は微笑んだ。
「俺、先生のお陰で強くなったから大丈夫。」
『うん…分かった。でも、危ない事はしないで欲しい…』
「分かってます、先生は俺が守ります。」
『…ありがと、勇間。』
触れるだけのキスを交わす…
未だに恥ずかしいけれど、心が温かくなるから好きだ。
「…先生も強いよ。」
『うん……』
朝の微睡む時間…
俺達は優しい光の中に包まれている。
これから先も…ずっと…
だから早く、棗先生を…
目の前の扉をノックし、部屋の中へと入る。
「失礼します。」
俺の声を聞いた人物は、ギロリと黒い瞳だけがこちらを向いた。
部屋は薄暗くて…薬品の匂いが鼻を突き刺す。
「おはようございます、棗先生。」
《…何か私に御用ですか?》
「はい、改めて言おうと思いまして。」
《………。》
「先生は………真羅さんは俺のなんで棗先生にあげません。」
《………。》
「………。」
作業を止め、ゆっくりと振り向いた棗先生は無表情だった。
何も読み取れない瞳は、ずっと俺を見つめている。
「それだけを伝えに来たので、失礼します。」
《……で……か…》
「………。」
ポツリと何かを呟き始めた棗先生。
振り向けば爪を噛みながら、俺を睨んでいた。
あまりの豹変ぶりに少し身を引いてしまった…
《あぁ忌々しいどうしてなんで言った通りにならない?あの人には私が居れば充分でしょう?なのになんでこんな事になるんだあれをやっても駄目これをやっても駄目》
「棗先生…?」
《じゃあ………あぁ…そうだ…そうですよ、簡単なことです》
急に爪を噛むのを止めたと思えば、不気味に笑いながらこちらに向かって来た。
そして両腕を凄い力で掴んだ…爪が食い込んで痛い…
「…っ…」
《あの人を誑かした君が悪いんですよ…言う通りに動かない君が…桐生のように忠実で居れば助かったかもしれないのに…あぁ…残念です………私はまたあの人の大切な人を殺めてしまう…》
「それ…棗先生のエゴじゃないですか……その中に先生の気持ちも何もかも無いじゃないですか。」
《………。》
「先生が一瞬でもソレを願いました?頼みました?」
《疲れる…》
「…?」
《そう言っていた…私と居る方が楽だと言っていた!だから私は彼を解放したくて!それなのにあの人は!…私をっ…私を捨てた…》
ポロポロと涙を流し始めた棗先生を、俺はただ冷めた目を向ける事しか出来ない。
それと同時に怒りが湧く…
「捨てた?何言ってるんですか…自分で自分の首を絞めただけじゃないですか。」
《君に何が分かる!?》
「………何も分からないです、けど…今の貴方より俺はちゃんと真羅さんと向き合ってます。」
《………。》
俺の腕を掴んでいた手が緩んだ隙を見て、少し距離を取る。
ヒリヒリと痛む腕を服の上から撫でる…
「貴方は…真羅さんを見てるようで全く見ていない。」
力なく項垂れた棗先生を横目に、俺は部屋から出ようとドアに手を掛けた。
が、物凄い力で後ろに引っ張られ…実験用具の棚へ倒れた。
割れたビーカー達の破片で、手や頬を切ってしまった…
《さっきから黙って聞いていれば、ペラペラと…》
「…っ…」
《やはり君は何も分かってない…》
「………分かりたく無いので。」
《隣で微笑むだけが幸せとでも?私は大切な人の為に手を汚す事も厭わない…》
俺を押し倒し馬乗りになる。
首に這う棗先生の指は冷たい…
次第に力が込められ、苦しくなる。
「…ぅ…っ…」
《君が居なければあの人は私のものだったのに、君が邪魔をしなければ今頃私達は幸せだったのに、君が生きていなければ…》
生きていなければ…
「は…なせ…っ…」
《生温くて甘ったるい世界で生きてきた君には分からない、私のこの思いも感情も全て…》
暗く深い瞳が俺を見つめる。
頭が段々と動かなくなっていく…
《あの頃の君に戻れば良い…生きている事を後悔していたら良い…いつまでもいつまでも…》
「………っ…」
全力で棗先生を突き飛ばす。
酸素を急に取り込んだせいで、咽てしまう。
「ゲホッ…ゴホッ…」
《………。》
「今の俺は…っ…先生のために生きているんだ…ゲホッ……先生が俺を生かしてくれてるんだっ!!」
《………あぁ…五月蝿い…五月蝿い五月蝿い五月蝿い…!》
「いい加減気付けよ!もう貴方に先生は向かない!!!」
《五月蝿い!!!!》
この人と話していると苛々する…
自分の事ばかり棚に上げて、先生の事を考えているようで考えてない。
結局は…自分の事が大事なんだ…
‐〈棗…昔から人の愛情に飢えてて…〉‐
脳に響く桐生君の言葉。
「愛に飢えてるだの何だの…俺の知った事か…」
この人に何を話しても無駄だ…
あんなにも近くに自分を思ってくれてる人が居るのに。
それに気が付かないなんて…
「可哀想な人ですね…棗先生は…」
《…は?》
「自分を愛してくれる人なら、身近に居るじゃないですか。」
《居ないですよ…誰も私に興味なんか無いですから。》
「少なくとも、桐生君はちゃんと貴方を見てくれてますよ。」
《………。》
「真羅さんに拘るのは、自分が苦しい時に手を差し伸べてくれたからでしょう?恩返しならまだしも、貴方がしてる事で真羅さんは苦しんでいる。昔も…今も。」
《今、も…》
「苦しめる事で貴方は報われるんですか?悲しませる事が、貴方のしたかったことですか?」
立ち上がり、今度は俺が棗先生を見下ろした。
「………貴方が居ると、真羅さんは壊れる。邪魔だから消えてください。」
《………ふふ…ふふふふ…あはははははっ!!!》
急に笑いだした棗先生に驚き、少しだけ後退る。
ゆらりと立ち上がり、俺に掴み掛かった。
《壊れたら如何なるんですか?そうなったら私を見てくれますか?あの人の唯一味方が私だけとなるのならば、それはそれで本望ですよ!》
「……っ…」
狂ってる…
愛だの恋だのと云うものは…こうも人を狂わせるのか?
《可愛い可愛いあの人の勇間、邪魔なのは君だ…急に現れて私達を引き離した君が消えてください。》
「………。」
《あの頃はあんなにも死にたがっていたじゃないですか、己を傷つけて血を幾度と無く流して…死人のように毎日毎日生きていたじゃないですか…それなのにこんなにも生きたいと願うようになってしまった…ね、振り出しに戻りましょうよ。》
「な、に言って…」
《貴方の存在意義は何でしたっけ?》
「存在…意義…?」
《お父上から与えられた、唯一の…》
「………。」
《ね?また戻りましょう、あの人も私も……君も。》
「嫌だ。」
キツく睨み返し、腕を振り払う。
《…君は愚かだ…》
「…なに言って………っ?!」
急に視界が眩む…
何だか異臭もする。
《私が君の言葉に耳を傾けるとでも?最初からここへ来る事は分かっていました…》
「…っ…ぅ…」
《物質の反応が遅れて長引いてしまいましたが…そこはまぁ、及第点ですね。》
「な…にを…」
《あぁ、大丈夫ですよ…ただ、少しだけ大人しくして頂くだけなので。》
そう言った棗先生は、ガスマスクを取り出して自分に着けた。
段々と視界が霞んでいく…
もう少し慎重になれば…良かった……対…策を…
《私は……を……す。》
「………。」
暗く…冷たい瞳が…弧を描いた…
薄れていく意識の中で、それだけが鮮明に見えた。
先生…先生は俺が守るから……
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