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俺の姿を見た瞬間、先生は痛いくらい強く抱き締めてくれた。
「せ、先生…痛い…」
『…っ…無事で良かったっ…!』
「うん…」
『でも怪我してる……痛いか?動いて大丈夫なのか?』
畳み掛ける質問に、俺は笑うしか無かった。
らしくない顔をして、俺の姿を確認する叶先生と…いつも通りの笑顔で、安堵の表情をする日下君がやって来た。
「日下君…叶先生も……ごめ」
〔ごめんじゃなくて、ありがとうが聞きたいな〜。〕
「………ありがとう。」
〔どういたしまして!〕
肩を軽く叩いた日下君は、より一層明るく微笑んだ…
先生の姿を見て安心したけれど…それとは別に、日下君と叶先生の微笑みを見て…少しだけ涙が出そうになった。
『勇間、棗は…?』
「……桐生君と…」
チラリと奥へ視線を向ける。
桐生君の声が届いたのだろうか…
棗先生を救えただろうか…
『………。』
「先生?」
『………。』
声を掛けても返事が無く、ただ棗先生を睨んでいる。
でも腰に手を置いたままだ…
何か持っているのかもしれない。
「先生、俺は大丈夫です…だからもう行きましょう。これ以上ここに居たら、先生だけじゃなくて…みんなも…」
『分かってる…っ……けどっ!』
「先生…」
俺の制止も虚しく、先生はゆっくりと二人に近づいて行く…
追い掛けようと前のめりになった瞬間、叶先生によって止められた。
「叶先生っ…」
[…俺達も居る。いざとなりゃ、ぶん殴ってでも止めてやる…だから今は、アイツのやりたい様にさせてやれ。]
「……っ…」
[……。]
真っ直ぐ真羅先生の背を見つめた叶先生…
その横顔は心配で仕方が無い、そんな表情だった。
ここに居る誰もが、先生のこの先の行動に不安を抱いている。
『…棗。』
《………。》
声に反応し、桐生君の腕から離れた棗先生。
その顔は先程よりも柔らかかった…
それでも油断が出来ない、もし…もし棗先生が危害を加える行動を見せたら、迷わず俺は駆け出して行く。
俺だけじゃない…日下君も叶先生もそのつもりだ。
全員が少し前のめりになりかけている…
『俺は…お前に出会えて良かった思う。』
《………。》
『でも、それと同時に出会ってなければとも思う……お前がした事は今でも許せるわけじゃ無い。』
《そ、れは…》
『原因は俺が手を差し伸べてしまったから、もしそうなら…俺はお前から離れる。』
《……っ…》
『俺が居なくても…お前はもう大丈夫だろ?』
先生の背中は…悲しそうに見えた。
『俺よりも頭が良い棗先生…これからはその思いだけだ。今まで会わないように必死だったけど、教師としての歴は棗の方が上だ。』
《………。》
『棗先生、これからもご指導宜しくお願いします。』
そう言って頭を下げた先生…
拳は強く握り締められたまま、解かれない。
本当の気持ちを押し殺して、向き合うことを決心した…
「先生…」
すると、唐突に棗先生が吹き出した。
《何言ってるんですか…ククッ……私は貴方より劣ってますよ。まぁ…頭は良いですが。》
『……必ず越えてやる。』
《科学を理解してから言ってください。》
ピリピリとした雰囲気が一転し、和やかな雰囲気になった…
二人が…笑い会えている……これが本来の形だったのかな。
『棗。』
《なんです?》
『桐生の手…離すなよ。』
《……。》
チラリと桐生君を見た棗先生は、穏やかな顔で微笑んだ…
もう…大丈夫みたいだ。
桐生君の方へ向かい、袖で血を拭う。
「桐生君…大丈夫?」
〈うん…俺、合気道やってたから…〉
茶化すように笑う桐生君。
「受け身を取ったって言いたいの?それでも危ないでしょ…」
〔病院行かなきゃだね、俺達常連じゃん。〕
〈………。〉
〔ん?どうかしたの?〕
〈えっ…と…〉
ハンカチで頭を抑えてくれる日下君を見つめ、吃る桐生君…
そうか…始めましてで巻き込んだ事を…
それを察したのか、日下君が桐生君の肩に腕を乗せた。
〔勇間の友達は俺の友達みたいなモンだから!気にしない気にしない!〕
〈……あ、ありがとう。〉
〔感謝されることしてないけどなぁ〜?〕
〈………。〉
〔あ、でも勇間の嫌な事した件については…ちょっと、ねぇ?〕
「日下君…」
萎縮してしまった桐生君を見ながら、呆れたように声を出した。
彼も気にしているのに…
〔冗談冗談!だってそれ以降は何もしてないんでしょ?〕
〈う、うん……勇間は真羅先生のだから…〉
〔……。〕
[でもまぁ、許される行為じゃないぞ。たかが一回でも、アイツも勇間も傷つけられてんだ。]
〈…っ…はい…〉
[それが分かってりゃ俺は良いけどな。]
桐生君の頭を軽く叩いた後、真羅先生の元へ歩み寄って行く。
肩を震わせながら、涙を流した彼の口からは謝罪の言葉と感謝の言葉が弱々しく聞こえた。
「俺はもう大丈夫だよ、だからそんなに泣かないで…」
〔意外と泣き虫なんだね…〕
〈…っ…うっ……っ…〉
〔…ほら、涙拭いて…イケメンが台無しになるよ〜?〕
自分の袖で桐生君の涙を拭う日下君…
そんな俺達に先生達が近付いて来た。
棗先生は桐生君の頭を撫でて、日下君に変わって涙を拭っていく。
先生の手を取り、俺が立ち上がるのと同時に日下君が叶先生に抱き着いていた。
《桐生…すみません、怪我…》
〈ううん…っ…大丈夫、棗こそ怪我してない?〉
《私の事は良いんです、先ずは》
〈駄目だよ、棗は綺麗なんだから…傷なんか出来たら俺嫌だ…〉
照れながら押し黙る棗先生。
開き直ったイケメンの破壊力は凄まじい…
皆もそう思っていたのか、なんとも言えない顔をしている。
『さて、と…病院行くぞ。』
《いえ…私の責任なので、自分で行きます。》
『寝不足でフラついてる奴が運転?殺す気か。』
《………。》
『叶、そっち持ってくれるか。』
[あぁ。]
二人で桐生君を担ぎ、部屋から皆が出て行く。
その後を付いて行こうと歩を勧めた瞬間、服の袖を掴まれた。
振り向くと棗先生が掴んでいたらしく、少し身構えてしまう…
《………。》
「あ、の…?」
《……すみませんでした。》
「………。」
《許されようとは思っていません、どんな仕返しも受けます…》
俯きながら呟くように言い放った棗先生を、俺は真っ直ぐ見つめた。
確かに…許す事は出来ない。
辛くて…苦しくて…怖かった。
けど…
「仕返しなんてしません。」
《………。》
「そんな事しても、何も生まない。お互いがちゃんと前を向いて進む、それが何よりも大切な事だと…俺は…ここに居る皆に教えてもらいました。」
《前に…進む…》
「向き合って、お互いを知って…逃げ回ってるだけじゃ駄目だと。」
カイト君…速水君…
二人に教えてもらった事…
「どんなに嫌な事があっても、死にたい毎日があっても、生まれた事を憎んでも、神様を殺しても…それでも、俺は必死に今を生きているんです。大切な人が、いつも傍に居てくれたから…生きる希望を与えてくれたから。」
《…そう…ですか…》
「棗先生の傍にも居るじゃ無いですか……桐生君が。絶対その手離さないでくださいね…生きる希望を与えてくれる人から…」
微笑めば、棗先生は胸を抑えながら深く頭を下げた。
「そんな…っ…頭を下げるだなんて止めて下さい!」
《ありがとう御座いますっ…っ……本当に…っ…本当に…!》
「………。」
《私はっ…私にはあの方しか居ないと、そう思ってずっと…っ…でも、それは違っていた…気付いて居なかった!》
「………。」
《桐生の存在も…何もかも……貴方がただ…羨ましかった…》
「俺も棗先生が羨ましかったです…」
《え…?》
「だって…俺の知らない先生を知ってる、から…」
驚いた顔をした棗先生、数秒後に吹き出した。
今の所に笑う要素…あったのかな?
「何で笑うんですか…」
『おい、何してんだもう行くぞ…って、勇間何したの。棗が爆笑って…珍しい。』
扉を開け、顔を出した先生はこの状況を見て驚いた顔をしている。
俺と棗先生を交互に見て、ハテナマークが浮かんでいるみたいだ…
「何でもないです、ほら棗先生も行きますよ。」
《す、すみません…クククッ……はー…久しぶりにこんなに笑いましたよ。》
「………。」
少しムッとした表情で棗先生を見ると、涙を拭っていた。
そんなに笑う程可笑しかったのだろうか…
悩み始めた俺の耳元で棗先生が呟いた。
《あの人が恥ずかしがる事、全部教えてあげますよ。》
「………。」
魅力的な話で迷う事なく頷いた俺を見て、また笑い出した。
完全に揶揄われている…
なんだか段々腹が立ってきた。
人差し指で棗先生の脇腹を突くと、横に飛んで行った。
なる程…
「………。」
ニヤリと口角を上げて微笑むと、何かを察した棗先生が駆け出して行った。
すかさずそれを追いかける。
一目散に桐生君の陰へ隠れた棗先生、ジリジリと近付く俺。
〔え…急に仲良くなったんだけど…え?〕
[ま、良いんじゃねぇの。]
〔え〜…なんか仲間外れ感が…って真羅先生顔!顔怖いから!〕
『………イイコトダ。』
〔思ってないよね!?〕
病院に着くと、遅れて叶先生とゲッソリした日下君がやって来た。
「大丈夫…?」
〔かなちゃん…運転荒…うぷっ…〕
先生の車には…俺と棗先生、そして桐生君が乗り込んだ。
叶先生と日下君は、棗先生の車。
その結果、ゲッソリした日下君が出来た…と。
日下君には悪いが少し笑ってしまう。
『棗の車は無事か?』
[当たり前だろ、俺を誰だと思ってる。]
『カーブ爆速インコース攻め男。』
[大正解。]
真顔でそんな話をするから、限界になった俺は吹き出してしまった。
恨めしそうな目線を送ってくる日下君を感じ、慌てて引っ込める…
すると、診察が終わった桐生君が棗先生と共にやって来た。
申し訳無さそうな顔をする棗先生と、更に申し訳無さそうな顔をする桐生君。
お互いがお互いに申し訳なく思っている、中々な雰囲気。
二人らしいと言えば二人らしいのかもしれない。
「桐生君…」
〈特に異常は無いよ、頭も少し切っただけだから。〉
包帯を巻かれた部分を人差し指で突きながら微笑んだ。
痛々しい姿でも笑う桐生君に…少しだけ胸が痛む。
俺のせいで怪我をしてしまった…
〈そんな顔しないで…悪いのは俺だから…〉
「ううん…そんな事無い。」
《……私が》
「それも違うので…」
『しんみりすんなよお前ら…』
〔ネガティブが集まるとこうなるんだね…〕
[辛気くせぇ。]
どんよりした俺達を見て、呆れたように微笑む三人。
〈…倉沢君。〉
「ん?」
裾を掴まれ、前屈みになる。
周りに聞かれたくない事なのだろうか…
〈本当にありがとうね…格好良かったよ。〉
「…桐生君こそ…」
〈これからも…その…〉
「仲良くしようね、俺も相談したい事とかあるし。」
〈……うん。〉
二人で笑い合っていると、日下君が割って入ってきた。
少しだけ不貞腐れている?
〔なになに〜?二人で内緒話とかズルい!俺も混ぜて!〕
「え〜?どうしよっか、桐生君。」
〔なーんーで!友達でしょ俺等!!仲間外れ反対!!〕
〈………。〉
「ふふっ…」
日下君はいつも、誰かが欲しい言葉を簡単に口に出してくれる。
聞かなくても…ちゃんと言葉で伝えてくれる。
回りくどい言い方もせずに真っ直ぐ…
そんな日下君に何度助けられた事か。
それでもちゃんと考えてくれて、時に厳しく…優しく…
俺はそんな彼を一人の人間として尊敬するし、大好きだ。
『勇間…』
「どうしました?」
『俺の心臓がいくつあっても足りないよ…』
「?」
『もうこんな事しないで…ちゃんと言ってから行動に移して…』
「…はい、心配かけてごめんなさい。」
『………。』
先生の手から、温もりが伝わる…
次第にそれは俺の中へ溶けていき、心地よい暖かさへと変わる。
正直、怖かったし…不安だった…
強がる事だけが、唯一だった。
それでも、俺は先生を救いたくて必死になっていたんだ。
俺はちゃんと救えたのだろうか…
先生の心を…
先生の過去を…
『勇間?』
「…いえ、大丈夫です。」
『………。』
速水君、カイト君…
君達は今、幸せなのだろうか。
あの日救えなかった事が、今でも苦しく思う。
形は違うけれど、棗先生と桐生君が二人に似ているような…
そんな気持ちになった…
二人を救えたら、彼等も……そんな都合の良いことは無い。
けれど、楽になりたかった…
楽に…させたかった…
目の前で楽しそうに微笑む二人が、何故か速水君達のように見えて…涙が滲む。
繋いだ先生の手を強く握り締めると、心配そうな表情で覗き込まれた。
『………。』
「……はは…何か…嬉しくて…」
『…ん、そうだな…。』
苦しい…
辛い…
痛い…
哀しい…
それら全てを包み込む、暖かい光…
俺はその光を手放す事なく、前に進めるのだろうか…
他人に大口を叩いて、そんな事考えているだなんて…馬鹿らしい。
痛くても苦しくても、それでも前に進むと決めたじゃないか…
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