アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
真羅 ~side~
-
車を走らせ、向かったのは学校。
叶が居るであろう場所には、やっぱり明かりが点いていた。
『………。』
歩を進める中、思い出す…
同棲する事を…照れ臭そうに話す叶の姿。
平然を装っていたけれど、嬉しさが勝っていた…
あの日、アイツはとても眩しかった…
『叶。』
[っ!…………何だ、お前か…]
きっと日下君だと思ったのだろう…
俺の姿を見て落胆している。
『何でここに居るんだ?』
[別に……仕事が溜まってるだけだ。]
『…パソコンも使わずか?』
[………。]
観念した叶は、溜息を吐き顔面を手で覆った。
目元が赤くなっていて、微かに腫れている…
相当泣いたんだろう…
『辛いか?』
[………。]
その問いかけに、叶は涙を滲ませた。
眉を寄せて…耐えているのが叶らしい…
けれど、辛い時には泣くのが良いんだ。
『我慢しなくても、俺しか見てねぇよ…』
[うるせぇ…っ…]
『泣けるならまだマシだ。』
[………っ…]
『人間、泣くのにも体力が必要だ…。それが無きゃ涙すら出ないらしい……けど、お前は今泣く事が出来る。』
[っ…くっ……ぅ…っ…]
上着を脱ぎ、叶の頭を隠すように掛ける。
抑えていた嗚咽は、次第に大きくなっていく。
愛する人に忘れられた…それがどれだけ苦しくて辛いか…
悲痛のような嗚咽が、耳を通って胸に突き刺さる。
『叶…こんな時にまで強がらなくて良い、泣きたい時は泣くんだ。』
頭に手を添え、声を荒げる叶を見つめる…
冷えた身体…放置されて冷え切った珈琲、それらが何時間経っているのかを物語っている。
今の叶を、一人にさせたくは無い…
何をするか分からないし、ご飯も食べなくなったらそれこそお終いだ。
『………。』
日下君も日下君で、きっと藻掻いている…
思い出そうとしているのか、無意識なのか…
時折、叶の事を見つめていると何度か勇間から聞いていた。
記憶は無くても、身体が覚えている…って事か?
『……叶、お前しばらく家に来い。』
気が付けば言葉に出していた…
驚いた顔と共に、どうやら涙は引っ込んだらしい。
[は?]
『あー……いや…うん、なんっつーか……』
俺自身も驚いている。
確かに、叶の事は心配だ…
俺が傍に居ても無駄だと思う…けど、いつものように強気な叶が口も弱々しい。
それが嫌なんだ……なんだか、昔の勇間みたいで…どこかに消えてしまいそうに感じて…
それを伝えるのも何だか恥ずかしく、頭を乱雑に掻き毟る。
[なんだよ…]
『日下君の傍には勇間が居る、それなら俺は叶の傍で…って言う…』
[………。]
苦しい言い訳かもしれない…
が、そんな事は気にしなくても良かったみたいだ。
[ふっ……お前、教師のくせに下手くそだなぁ…]
『…うるせぇよ。』
目の端に涙を浮かべたまま、叶が笑った…
お前には笑顔が似合う…それを気付かせてくれたのは、日下君だ。
ー〔真羅先生、かなちゃんを悲しませないでね。〕ー
いつしか、日下君にそう言われたのを思い出す。
残念ながら今、お前のせいでコイツは泣いている…
日下君……思い出すまでの間、代わりに俺が笑わせる。
だから必ず記憶を取り戻してくれ。
俺の願いは届くだろうか…
『じゃ、帰るぞ。』
[…暫く世話になる。]
『働かざるもの食うべからずだからな。』
[は?]
『洗濯、家事、その他諸々…ちゃんとやってもらうからな。』
[お前…]
『あ?』
[…ふっ、絶対すぐ出てやる。]
『おーおー、そうしてくれ。勇間との時間が減るんでな。』
憎まれ口を叩き合い、数少ない叶の荷物を持つ。
『………。』
叶さんよ、これじゃあ軽すぎて意味無くね?
どうやら日下君の元へ帰る事は、確定してるみたいだ。
未練タラタラ?
そんなの上等ってか。
[何一人でニヤついてやがる、気持ち悪ぃぞ。]
『うるせぇな。』
これからどうなるのか、俺達には分からない。
けれど、必ず彼の記憶が戻る…そう信じている…
『と言うわけで…』
「は、はい…」
[暫くここに居る…悪い…]
「それは…全然良いです、けど…」
帰って早々、勇間に説明する。
日下君は帰ったのか、姿は無い。
戸惑いながらも受け入れてくれた勇間は、嬉しそうな…それでいて安心したような表情だ。
日下君と同じ様に、叶の事も相当心配していたからな…
「じゃあ俺、日下君の所に行きます。」
『え…』
「辛そうにしてましたし…あ、もちろん叶先生の事も心配です!」
[…そこは別に良い…]
「思い出そうとすると、頭が痛むのか…たまに顔を歪ませてて…」
『……分かった、お互い連絡はちゃんと取り合う。これだけは約束しよう。』
「はい。」
こうして、俺達はそれぞれの元へ泊まることになった。
はじめは違和感しか無かったが…それも次第に慣れるだろう…
『お前…ネクタイ結べ無いとか……マジか。』
[うるせぇな!別に結べなくても]
『良くねぇからな??教えるから覚えようぜ。』
[………。]
今まで知らなかった叶が、次から次へと出てくる。
日下君は独り占めしたかったろうに…と、心の中で笑う。
記憶が戻ったら殴られそうなので、絶対言わないでおこう…
いや、戻っても失っていた時の事は覚えてるものなのかも…
まぁ…その時はその時か。
何て呑気なことを考えていたが…
『………。』
[…っ…く…ぅ…ぅっ…]
夜な夜な叶の啜り泣きが聞こえてくる…
部屋には入らず、扉を背に凭れる。
それくらいしか俺は出来ない…
朝、きっとコイツはいつも通りに接する。
笑顔で…まるで吹っ切れたかの様に…
『……っ…』
嗚呼、もどかしい。
もういっその事、関係を全て話してやりたい。
彼が納得しようがしまいが、そんなの関係無く。
叶が苦しむくらいなら…もう……
何度かそう思っては居る…けれど、叶があの日発した言葉…
ー[ただの生徒と教師だ…それ以下でもそれ以上でもねぇよ。]ー
そうアイツは選択した…
確かに…恋人と言うハッキリとした関係では無い。
お互いが惹かれ合っていたとは言え…
叶は日下君のことを思って、慎重になり過ぎている。
日下君は叶の気持ちを汲み過ぎて、自分の気持ちを抑えている。
似た者同士…それが今、一番お互いを苦しめる結果になった。
[た、つ……っ…]
『……っ…』
寂しそうな声に耐えられず、俺は部屋の扉を開けた。
俺が居るとは思って居なかったのだろう、目を見開いた叶は乱雑に目を擦った。
[お前…まだ起きてたのか。]
鼻を啜りながら、それでも平然と装う姿が痛々しい…
お前は強い、強いよ…けど、それと同時にすごく弱い。
だから見ていると時々、こっちが辛くなる。
俺が迷っていた時、殴ってでも真っ直ぐ向き合うことを教えてくれた。
それならば俺は、お前が弱っている時に傍に居てやりたい。
『誰かさんの啜り声が煩くてね。』
[……チッ…]
なあ、叶…
お前には幸せになってもらいたいんだ。
『叶…』
[あ?]
『俺はお前が弱ってると気が狂う…それは日下君も同じじゃないのか?』
[………。]
『いつも通りになれとは言わねぇ…けど、少しは向き合ってアイツの記憶を取り戻そうとしろよ。』
[……っ…アイツは……アイツにはこれから先がある。俺なんか忘れて、もっと幸せになれる道があるんだ…]
弱々しく…それでいてハッキリと告げる。
自分がどんな顔して言っているのか、コイツは分かっていない。
[それを俺が縛り付けて良い訳がない……]
『叶…』
[苦しい、辛い……けどそれは長く続かねぇよ。いつも通り笑ってりゃ、きれいサッパリ忘れて貰える。]
一粒…涙を零しながら、叶は自分を傷付ける言葉を吐く。
幸せな道ってなんだよ…
お前はそれで良いのかよ。
お前は…幸せなのかよ。
問いたくても、口が動かない。
『………。』
[俺はもう……良いんだ…]
笑っているけれど、瞳は何も映していない。
叶が…壊れてしまう。
そんな不安に駆られ、気が付けば掴みかかっていた。
『お前は…何でそう悲観的なんだよ!!』
[……っ…]
『自分の気持ち押し殺して、それで良いのか!?』
[なら……っ…ならどうしろって言うんだよ!!!]
『………。』
[記憶が無いアイツにはもう届かない!!俺の気持ちも!俺の声も!!全部!!逆に苦しめたくねぇんだよ…っ…分かれよ!!!]
大量の涙を流しながら、叫んだ叶は…今まで以上に苦しそうな表情をした。
掴む俺の手から離れた腕が、力無く垂れ下がる。
『しっかりしろ!!!!』
[…………。]
『お前は日下が好きなんだろ!?それなら掴んだ手を自ら離そうとするんじゃねぇ!!』
[……っ…]
『死に物狂いで掴んで、苦しさに藻掻いて、それが生きる事だ!!お前がそれを諦めてどうすんだよ!!』
目を見開き、真っ直ぐ俺を見つめる。
『日下君だって苦しんでる……楽になるならないとか、そんなのお前が決める事じゃねぇ。』
[………。]
『お前には日下君が必要なんだよ……どんなに辛くても、向き合う事を諦めるな。』
突き飛ばす様に、叶を開放する。
抵抗も無くベットに倒れた叶の瞳は、燃えていた。
先程の表情は消え、何かを掴んだ様な…決心した様な表情になった。
[……真羅。]
『あ?何だよ…謝んねぇからな。』
[違ぇよ…]
身体をゆっくりと起こし、静かに笑った。
[お前に怒鳴られる日が来るとは思ってなかった……ありがとな。]
『………。』
素直な叶は、何だか気持ちが悪い。
けど…たまになら悪くないな…なんて思いながら、頭を軽く叩いた。
『ま、お互い様だろ。』
[………腹減った。]
『は?お前さっき食っただろ?』
[あんなちょっとで足りるかよ。]
『いやいやいや、お前が勝手にメソメソして食べなかったのが悪いだろうが!』
[は?]
『あ?』
暫く軽く睨み合いをしたが…お互い同時に吹き出す。
いつものような言い合い。
叶はこうでなくては。
無理してる様には見えない、けれどちゃんと見届けてやろう…
どんな風に向き合って、どんな風に変わっていくのか。
『仕方ねぇ、ラーメン行くぞ。』
[お、ナイスアイデアだな…乗った。]
『大人の醍醐味だもんな。』
ニヤリと二人して笑い、身支度をして外へ出た。
冬独特の匂いと、肌を突き刺す様な寒さが全身に伝わる…
深く吸い込めば鼻の奥がツンとする…吐く息は白くて、何だか懐かしい気持ちになる。
『あそこ迄競争な。よーいどん!』
[あっ!お前ズリぃぞ!!!]
笑いながら駆け出した俺達は、昔に戻った気がした。
楽しそうに笑う叶の顔……胸が暖かくなる。
こんなにも綺麗な笑顔を、失いたくない…
だから神様…
もう一度、彼らが惹かれ合う奇跡を…
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
81 / 243