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皆と別れ、一人自室のベットに倒れ込む。
一息吐いて…天井を仰いだ…
「………。」
まだ少しだけ…自分からお酒の臭いがする。
シャワーを浴びたらマシかな…
そんな事を考えながら、段々と重くなっていく瞼。
寝てしまう…
そう思い、勢い良く身体を起こして替えの洋服を取り出した。
完全に眠くなる前に、入ってしまおう。
ゆっくりするのはその後だ…
テキパキと動き、脱衣場へ足を踏み入れた。
「うわ…」
鏡に映り混んだ自分の身体を見て、思わず声を上げてしまった。
そこに映っているのは、ほぼ全身に赤い鬱血痕がある身体…
これ…全部先生が付けたんだ…
自傷を繰り返し、傷が盛り上がっている左腕には…どの部位よりも多く痕が付いていて…
嬉しいような…むず痒い気持ちになった。
恥ずかしくて鏡から視線を外し、風呂場に入った。
見下げて、太腿や胸の辺りに付いた痕をそっ…と指でなぞる。
「………。」
こんなにもある痕は、きっとすぐに消えてしまう…
名残惜しい…
何となく、腕の痕に吸い付いてみたが…思う様にはならず、少しだけ落胆した。
シャワーの蛇口を捻り、冷たい水は段々と暖かくなって…身体に降り注いだ。
「ふぅ…」
すっかり体が暖まり、それに伴って眠気がまた襲い始めた…
抗う理由も無いため…そのまま眠りに落ちる。
眠りと意識の間…ふと考え込む。
俺は…この先大丈夫なのだろうか。
誰なのかも分からない声に、翻弄され…
ちゃんと皆の所に戻れるだろうか…
戻ってもきっと同じ事の繰り返しだ。
隣に居るだけ、何も出来ない。
皆も呆れている…
顔には出さないだけで、本当は嫌気が差してるに決まってる…
人間なんて所詮そんなものだ。
確かにそうかもしれない。
本当は俺の事、嫌なのかも…
必ずしもそうだとは言い切れないけど、自分が思ってる程優しいとも…
優しい人間なんて居る訳が無い。
もし居たのなら、こんな人生じゃ無かった。
優しい両親に囲まれて、幸せに暮らせてた筈。
それなのに今、そんな両親はどこにも居ない。
父も母も居ない…
記憶に残っているのは、暴力を振るう父とそれを見て見ぬ振りを貫く母。
優しい人間はどこに居る?
先生だって、日下君だって叶先生だって…
結局はここに置いて行ったじゃないか。
違う、俺がここに来たかったから…俺が求めたから…
だから皆は…
ここに来るだけなら、皆傍に居てくれる。
だが今は一人だ。
心配なら、そんな意見を許してくれる訳が無いじゃないか。
違う…ち、がう…
何も違わない。
今の状況が、何よりも事実だ。
何も変われやしない。
何も幸せじゃない。
何もかもが嘘で…
何もかもが幻で…
全て、都合のいい夢だったんだ。
神様なんて居る訳が無い。
先生が神様な訳が無いんだ。
今ここで、何があっても先生は助けられない。
自傷をしたって、先生は気が付かない。
何も縛られる事は無い。
何も縛る者は居ない。
だって一人なんだから。
この家で、ずっと一人だったんだから。
孤独で…
苦しくて…
痛くて…
辛くて…
ずっとそうだったじゃないか。
助けを呼んでも誰も来ない。
叫んでも気が付かない。
だから俺は…
俺は…
「………。」
アラームの音が響き、目が覚める。
いつの間にか眠っていたらしい…
左腕が冷たい…
ピリピリと痛む…
「あぁ……」
そこを見れば、赤い血液がベッタリと付着していて…
シーツまでもが染まっていた。
かなり時間が経っていたから、少しだけ黒く変色している。
右手にはしっかりとカミソリが握られていて、嗚呼…昨日はそのまま寝たんだと納得した。
またやってしまった…この間も切ったばかりなのに。
そんな事を考えながら、救急箱を開けた。
だが、包帯やガーゼがどこにも無い。
おかしい…昨日補充しておいた筈なのに…
もう空になっている。
そう言えば…父さんの怒鳴り声も聞こえないな…
様子を見に下に降りて…確かリビングにも救急箱はあった気がする。
「………。」
一息吐いて、身体を起こす。
今何時だろう…携帯を開き時間を確認する。
まだ6時前…
適当に傷の手当を終わらせて、学校に行こう。
自分の部屋を出て、リビングに足を踏み入れた。
何か変だ…
父さんも居ないし、母さんも…
しかも少しだけ暖かく感じる様な…
いや、気のせいか……そんな事よりも救急箱を探そう。
確か棚の中にあった筈だ。
「……?」
取り出した包帯とガーゼが、少しだけ劣化している。
仕方ない…帰りに買ってこよう。
消毒液を傷口に掛け、少し強めに擦る。
黒く変色して、傷口に張り付いていたが…気にせず作業を済ませた。
「………。」
何だか…頭がぼーっとする。
寝過ぎたのかな…?
そんな事を考えながら、洗面所で顔を洗い見上げると…壊れた筈の鏡が変わっていた。
少し大きめの手鏡が取り付けられている…
何で…?
まぁ、良いか…
だけど、見たくも無い自分の身体が映るのは癪に障る。
取り外し、ゴミ箱の中に放り込んだ。
支度を終えて、何となく携帯を見ると…
先生からの連絡が入っていた。
‐『今日も迎えに行くから、待ってて。』‐
「何これ…」
俺と先生はそこまで仲良くない…
しかも…今日"も"?
暫く睨むようにして見つめるが、ピンと来るものは無い。
返信するのも面倒臭い…
そっと画面を閉じ、ポケットに仕舞い込んだ。
学校に着いたら、屋上に向かってまた少し寝よう。
「………。」
何か…忘れている気がする…
けれど、思い出せない。
溜息を吐いて、家を出た。
陽が出ていないから寒いな…
学校に着いたのは良いものの、どこも開いていない。
落胆していると、誰かがやって来た。
[倉沢…?どうした、こんな時間に。]
「………。」
叶先生か…
「いえ、ちょっとプリントを忘れてて…出来なかったので早くやろうと思って。」
[………お前、何か変だぞ?]
「そうですか?変わらないと思いますけど…」
叶先生の質問の意図が分からず、首を傾げる。
そんな俺を訝しげに見つめたまま、固まった。
「あ、鍵とか持ってたりしませんか?」
[あるけど…ってか、真羅と登校するんじゃ無かったのかよ。]
「先生と…?何故ですか?」
[…………。]
鍵を開けてくれた叶先生に会釈をし、横を通り過ぎる。
不意に腕を捕まれ、思わずその手を振り払った。
少し驚いた様な顔をした叶先生は、直ぐに元の表情になった。
「何ですか…急に…」
[いや、何でもねぇよ。プリント、しっかりやれよ。]
「………。」
それだけ言い残し、叶先生は立ち去った。
何がしたかったのだろう…
掴まれた腕を擦りながら、階段を上がる。
[おう、真羅…悪ぃなこんな朝早くから。……緊急事態だ。放って置くと不味い事がある……あぁ……おう………そ、倉沢。上手く言えねぇけど…前のアイツみたいだった。包帯もしてたし…何かあってからじゃ遅いぞ。…………はぁ!?おまっ、気付いてたんなら早く言え!ってか今すぐ来い!!!]
屋上…鍵が掛かってる…
これじゃ早く来た意味が無い…
階段に腰を降ろし、壁に凭れた。
「………。」
叶先生…何か変だったな。
腕を振り払った時、意外そうな顔をしてた。
その顔をするの、寧ろ俺の方な気がする…
いつもと違って…何か馴れ馴れしいと言うか…
しかも、先生と登校するって…何?
嗚呼…また疑問が増えた。
目を強く瞑り、自分の今までを思い出す。
父さんとの関係も変わっていないし…仲の良い人間なんて居ない…
でもこの前、日下…君?には話し掛けられた様な…思い出す限り、それだけな筈だ。
特に代わり映えは無い…
それなのに…何であんな急に…
考えても、分からない事が増えただけだ…
壁に頭を打ち付け、払拭する。
『勇間、そんな事したら…怪我するだろ?』
「…………。」
優しい声がした…
目を開けて、前を向くと…何故か先生が立っていた。
少し息が切れている…走ったのかな…
「…おはよう、ございます…」
『ん、おはよう…』
ふわりと微笑み、階段を上ってくる…
その笑顔が…何だか嬉しい様な……胸が暖かくなる様な…
訳が分からず黙り込む俺に、先生はまた微笑んだ。
『………隣、座っても良いか?』
「は、はぁ……」
『ありがと…』
「………。」
『今日、天気良いなぁ…』
「そうですね…」
『屋上行かね?』
「えっ…でも、鍵が…」
そう言うと、先生はポケットから手を出して鍵を人差し指で回した。
唖然とする俺に、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
『一服、付き合って。』
腕を引かれ、先生の後を付いて行く。
陽の光が眩しくて…思わず目を細めた。
「あの…一服って、先生煙草吸うんですか?」
『………うん、吸うよ。でも見つかると怒られるから、お前も共犯として黙ってろよ?』
「共犯……わっ!」
強く腕を引かれ、屋上に足をは踏み入れる。
冷たい風に混じって…煙草の香り…
あれ…前にも似たような事あった気がする。
確信は無いけれど、でも多分…同じ事が…
『勇間…』
「は、はい…」
『お前は……未来について考えた事あるか?』
「未来…ですか…?」
『そ、自分はこの先どんな道を歩んでいるのか…』
この先…
そんなもの無い。
高校を卒業したら、きっと俺は命を捨てる。
生きていたって無駄なこの世界に、さよならを告げて…
「俺は…生きてたって何も良い事無いし…つまらないだけだし…」
『…それは生きてみなきゃ分からないだろ?』
「………。」
『決め付けるのは良くない。例えそれが自分の人生だとしても、見た事もない先の事なんて分かりゃしない…親元を離れて、自分の足で立って…前を向いて……そこで初めて悪くないなって思うかもしれない。』
「そう…でしょうか…」
『………。』
「あの家から、俺が出られるとは到底思えません。」
思わず口を噤んだ。
あの家の事なんて、誰にも話したくは無い。
あの家でされている事も…自分で自分を傷つけている事も…
何も…話したく無いし…
なぜか、先生には聞かせたくないと思ってしまう。
俯く俺に、先生は隣へ座るよう促した。
戸惑いつつも、言われた通りに腰を下ろす。
『勇間の人生だから、他人が口出す事じゃ無いとは思うけど……俺は、勇間が居なくなったら寂しいよ。』
「………。」
『寂しくて寂しくて……悲しい。』
長くなった煙草の灰が、ぽとりと落ちて…
風に吹かれて飛んで行った。
何だか…胸が苦しい…
『勇間…?』
気付けば、俺は先生を抱き締めていた。
『……ありがとう。』
「いや…えっと…その…」
『少し、このままで居てくれないか?』
「……はい。」
何となく…先生が泣きそうだったから…
そう思ったら、勝手に身体が動いていた。
鼻を擽る先生の髪から…優しくて…暖かい匂いがした。
どこか懐かしくて…恋しくて…
次第にそれが、どんどん大きくなっていく…
この人が…恋しい。
『この包帯、新しいな…』
「……っ!」
服の上から撫でられ、思わず仰け反った。
バレたら不味い…余計に悲しませてしまう…隠さなきゃ…
そう頭が認識している。
「こ、れは…」
『うん…大丈夫。』
「………。」
『俺にもあるから…』
そう言って先生は、左腕を見せた。
手首には包帯が巻かれ…変えていないのか、茶色く変色している。
言葉を失った俺を見て、先生は何故か笑った…
『勇間のとは、比にならないけど…』
困った様に笑う先生…
何で…どうして……問いたくても上手く言葉が出て来ない。
そんな俺の気持ちを察したのか、優しく頭を撫でてくれた…
『これは…お守りなんだ。』
「お守り…」
『これを見たら、強くなれる気がするんだ……自分で自分を傷付けるなんて、俺には出来ない。けど、勇間みたいに出来る人は俺より何倍も強くて…生きる事を望んでいる。』
「………。」
『この傷は、俺の我満で…大切な人が付けてくれたんだ。』
包帯の上から、優しくキスをして…愛おしそうに眺めている先生の横顔…
それを見ていると、何だか嬉しくて…悲しくて…
自分でも訳が分からない程…苦しくなった。
「……先生…」
『ん?』
「俺は…先生の大切な人になれますか…?」
そこまで言って、慌てて口を抑えた。
今…俺は何を…
先生の方を見ると、驚いた顔をしていた。
そりゃそうだ…急にこんな事言われたら誰しもがなる。
見てられなくて、目を逸らすと…先生が吹き出した。
『あっははは!!』
「………。」
『いや〜…ごめんごめん、あまりにもお前が可愛い事言うから…つい。』
「かわ…っ!?」
『俺はね、勇間…』
「…は、はい…。」
『お前が誰よりも大切で、愛おしくて…』
「………。」
『かけがえの無い存在なんだよ…』
そう言って、先生は俺の首元に触れた…
その手によって、服の下に隠れていたネックレスが姿を表した。
いつの間にこんなものを着けていたんだろう…
そう思うのと同時に、チェーンに繋がれたリングと…先生が身に着けているリングが同じ物だと、何故か分かってしまった。
途端に涙が溢れ、戸惑う俺を…今度は先生が優しく抱き締めた。
『勇間…』
「…っ…は、い…っ…」
『苦しいなら、俺にもそれを分けて…一緒に歩もう。』
「……っ…」
優しく触れてくれるこの人は…
優しく言葉を注いでくれるこの人は…
暖かくて、太陽の様なこの人は…
俺が今までずっと…愛し続けていた人だ。
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