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「この漢字、似てるけど『跳ね』と『払い』は違うからな」
「みのむし〜」
「ちょっと、そこは落書きするとこじゃないだろー?」
陸のノートは至るところが落書きで埋められている。
亮雅さんは特別イラストを描く人ではないし、文章も読み書きは好きじゃないはずだ。
どうして陸はお絵かきが大好きなのか、考えてみても分からなかった。
「ケーキ、ケーキっ」
「まだだよ。はい、この漢字は何が違う?」
「ねこしゃんが頭たべたから」
「どういうことだ。そうじゃないだろ」
「だってここなくなってるもん」
問題に出された漢字の『六』。
陸は『亠』の縦線を書いていなかった。
答え合わせをする前から気づいたのか、たしかに猫が食べたように上ブタがない。
「猫じゃなくて陸が食べたんだよな」
「んふふふ、おいしかった」
「はいはい。次はちゃんとフタをしてやるんだぞ」
「あい」
ついつい甘やかしてしまいそうになるが、それではいけないことも分かってる。
どれだけ可愛くても子どもはいつか親元を離れていくものなんだから。
……なんて、親みたいなことを。
「陸もおとしゃんなるんだぁ」
「きっといいお父さんになれるよ」
そう微笑んだとき、オーブンのアナウンスが鳴って宿題を中心に寄せる。
勢いよく飛び降りた陸に「わっ」と声が漏れて、次にはため息をつく。
「やっぱりまだまだ子どもだよな……」
「ケーキ! ゆしゃん、きれい焼けた!」
「うん、分かってるよ。危ないから俺が触るまで開けたらダメだからな」
「おいしいにおいぃ」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる様は幼少期の俺にはなかった『喜び』を大きく表現している。
ああ、そうか……
普通の子どもはこんなふうに喜びを表すんだ。
感情表現は未だに苦手だから、陸や俊太を見ていると新たな発見ばかりだ。
でも俺だって、嬉しいと感じることはある。
『優斗はいっつもつまんなそうな顔してるよな』
いつの記憶だろう。
克彦が笑って俺の背を叩いた。
俺は本当は克彦といるときだけ楽しかったのに、それがどうも上手く言えなかった。
『つまんなそうな顔してないよ。克彦じゃないと、こんなに遊んだりしたくないし』
『お前さー、俺のこと好きすぎだって。結婚する?』
『バカじゃん、兄弟なのに……』
『照れるなよ。冗談だってば』
恥ずかしさで克彦をバシバシと叩いている俺の姿が俯瞰で見えて、思わずクスッと笑う。
東京に来てから見えなくなっていた克彦の優しさをようやく知ることができたんだ。
「ぶぶぶー。ゆしゃん聞いてない〜」
「え? あ、悪い。なんて?」
「むーん、もういいもん」
「なんでだよ。ちょっと考えごとしてただけだって」
「んー、はずかしから良いの」
「恥ずかしい?」
珍しく顔を赤くした陸が「もう言わないっ」とくっついてきて困惑する。
なにを言ったんだろう。
なんだか悪いことをした気分だ。
「ごめんごめん。勇気出して言ったんだな」
「いいもーん、陸も大人なっておとしゃんなるもん」
「はは、根に持つなよ。克彦のこと思い出してたんだ、小さい頃……たぶん陸と同じくらい」
「かしゃん?」
「そう。陸にはちゃんと伝わってたんだな、克彦の本心とか」
「?」
子どもには難しすぎる。
だが、俺はそれでも満足だった。
まだ許せていないことも、正直言えば許してしまいたい。
たばこの嫌な匂いも克彦の狂気じみていた目も。
「かしゃんは車なのだっ」
「おーい、それはズレてるから。色々と」
また今度話してみよう。
克彦のことを許せるように。
少しずつ、開いたこの距離を埋めていきたい。
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