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月岡 健也(けんや)には征也(せいや)という十一歳離れた兄がいる。その征也には杉尾 裕大(ゆうだい)という友人がいて、二人は高校三年生でクラスメイトだ。
容姿端麗で頭脳明晰で征也と、男前で体格がよくて運動神経抜群な裕大の二人は近隣でも有名で、そんな二人は何故か気が合う所が多くてよく月岡家で勉強したり遊んだりしていた。
健也と征也は兄弟仲がとても良く、また健也は裕大にとても懐いていた。征也のことを『征兄ちゃん』、裕大のことを『裕兄ちゃん』と呼び、健也は征也の部屋で過ごすことが多かった。
その健也が裕大に遊んでもらい、慕っているうちに芽生えたのは恋心だった。幼い健也はそれを隠すことなく正面から裕大にぶつけていたのだが、二人の進路が異なっていることで彼が苛ついていて、彼が征也に劣情を抱いているなど幼い健也にはわからなくて。
征也の部屋で何か覚悟を固めた様子の裕大に気づかず、健也はいつものようにはしゃいで駆け寄って
「いらっしゃい! きょうは……」
「お前になんか用はないんだよっ!」
なにをして遊ぶと言う前に、健也の小さな体が飛んだ。力任せに、裕大に叩かれたのだと健也が気付いたのは大分たってからで、それまでは何が起こったのか何を言われたのかさえわからない状態だった。
「いつもいつも、邪魔しやがってっ!」
自分より六十センチは高い男に憎悪の目を向けられれば、七歳である子供の健也は怯えるしかなかった。例えそれが大好きな兄の親友であっても、先程まで恋心を抱いていた相手であっても。健也の大きな瞳にたまる涙を見ても、裕大の罵声がやむことはなかった。彼の怒りの声が、言葉が、小さな少年を容赦なく襲う。
「何でお前は邪魔ばかりするんだ! 征也に全然似てないし、可愛くもないし。お前なんかいなくても構わないんだよっ!」
健也が理解したのは裕大が征也のことが何年も前から好きで、その思いを征也に告げようと覚悟を決めてやって来たのに、またもや健也が邪魔をした。いつも征也と二人きりにさせない健也のことが許せない、しかも征也に欠片も似ていない弟……健也など存在していなくてもよかった、ということだった。
全身を打ちつけたのであちらこちらに痛みもあったが、それ以上に彼に嫌われていたという事実による胸の方が痛んでいた。とうとう耐えきれず、健也の瞳から涙は零れ落ちた。
「ごめんなさいごめんなさい」
瞬きを忘れ、壊れた機械のように何度も『ごめんなさい』を繰り返して、健也は叩かれた左側頭部を押さえてふらつきながら征也の部屋を出た。そしてそのまま自分のベッドに潜った。
布団の中で自分の存在を隠すかのように蹲る。
裕兄ちゃんを怒らせてしまった。裕兄ちゃんに嫌われていた。征兄ちゃんに顔向けできない。裕兄ちゃんに叩かれたことを征兄ちゃんが知ったら、裕兄ちゃんはまた怒る? 僕のこと、もっと嫌いになる?
そう思って健也は征也には知られぬよう、声を殺してただ泣いていた。
その後しばらく健也の左耳は痛みに襲われていたが、そのことは誰にも言えなかった。裕大に『お前なんかいなくて構わない』と言われたことの方がショックで胸が痛み、耳よりも胸を押さえていることが多かったのだ。
そんな時に
「健也。胸がどうかしたのか」
征也に訊ねられることがあったが、心配を掛けたくなくて健也はただ首を振ってなんでもない、と示すだけであった。
あの件以降も裕大は月岡家にやってくる。何事もなかったように、以前と変わらず征也の部屋から二人の楽しそうな声が、笑い声が聞こえてくる。健也は裕大に会いたくなくて、彼がいる間は『宿題があるから』と自室にこもり、布団の中で震えていた。
「最近、こっちにこないな」
健也が訪室してこないことを、征也が不思議そうに聞いてきたこともあったが、
「ようやく健也もお兄ちゃん離れしたってことでしょ」
自身よりも兄に懐いていたことの寂しさを含めて、母親が健也の代わりに返事をしていた。そんな日々が過ぎ、いつの間にか左耳の痛みはなくなっていたが、健也には裕大の前に姿を見せる勇気は持てなかった。
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