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征也は裕大が己に好意を、性的欲求を持っていることを知っていた。だが、それに応える気は毛頭なかった。征也には可愛くて愛しくて仕方がなかった人物がいたからだ。だから裕大の気持ちに気付かない振りをしていた。
征也の心を占めるのは健也という名の少年。十一歳歳年下の弟だった。病院で産まれたばかりの健也を見たときから、健也の全てを手に入れようと征也は思った。兄弟だとか男同士だとか、そんなことはどうでも良かった。兄である自分を真っ直ぐ見つめる、黒くて澄んだ大きな目。泣いていても征也を見れば声を立てて笑う健也。征也にとって健也の仕草一つ一つ、表情一つ一つが愛おしかった。
―――お前がいればいい。お前だけいればいい。両親の愛情なんかも要らない。周りにどんなにもてはやされても興味はない。可愛い健也。お前だけいればいい。
中学に入るころにはそう思うようになっていた。
共働きの両親に、征也は『俺、お兄ちゃんだから健也のことは任せてよ』と言い続け、公認で健也の世話をしてきた。征也は常に健也のそばにいて、成長を逃がすことなく見守り愛してきたのだ。それなのに、魅了の黒い瞳は、兄よりも《裕大》を映すことが多くなった。その瞳に熱を含ませ、頬を染めるようになった。
健也。どうして俺を見ていない? 何故他の男を選ぶ? なぜお前は俺だけを見てくれない?
征也は黒い瞳を取り戻すために、毎日のように裕大を家に誘った。部屋ではわざと劣情を唆る仕草を見せた。裕大の募っていく欲情が見て取れたが、健也はそんな裕大の心情は知らないので、無邪気に裕大に話しかけている。裕大が悶々と苛々としていることにも気づかずに。
そしてあの日が来たのだった。我慢の限界に来た裕大が健也を叩いた、あの日、あの瞬間が。
征也はそのとき、扉の向こうにいた。健也に起きた全てを、その目で逃すことなく見ていた。狙い通り、健也の目は裕大を映すことはなくなった。話すことも触れることも。
征也は胸を撫で下ろした。片耳を失い、苦しんでいる健也を慰めながら、時間を共にした。征也にとって楽しくて幸せな時間。
健也。愛しい健也。お前が裕大から恐怖を学んだのは、俺以外を求めた罰だ。
だから征也は幼い弟に教える。
《因果応報》という言葉を。
「健也。因果応報って知ってるか?」
裕大との喧嘩の原因は本当に些細なことだったが、大袈裟に騒ぎ立てて征也は無理矢理距離を取るようにした。雄大に対し不穏な空気を纏う征也に、お節介をやいた者もいたが、
「俺達の問題だから」
征也は裕大に関わる全てを遮断した。
大学受験を終えて帰宅時間が早くなり、両親が旅行に出かけた日。思い立って健也を学校まで迎えに行った征也はその思いつきが神の啓示だと思った。健也の傍に裕大がいたことに驚いたが、その際に健也が裕大へ恐怖の感情しか無いことを確認できたのだ。
これ幸いと征也は耳の件を暴露して裕大を糾弾し追い払った。表向きは裕大への怒りを全身で示したが、心の中では真逆に笑っていた。恐怖を抱いている以上、健也は裕大を見ることはない。あの輝く黒い瞳に映るのは再び自分になったのだと征也は嬉しくなった。
―――可愛いくて、純粋で素直な健也。お前は俺だけを見ていればいいんだよ。
嬉しさで高揚し、ついつい綻びそうになる口元を何とか引き締めながら、征也は健也と手を繋いで家路についた。
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