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女っ気のない部屋。……は、当たり前か。西海岸風の男の隠れ家みたいな。でもどっかスチームパンク。そういや、当たり前に一人暮らしだと思ってた。なんでだろう。遠いとこ。それは北に? 南に?
「…………よくこんなマニアックなの持ってたな」
ストーリィじたいはお互い何度も観たことあるので、それほど集中して観ない。大事なのはこれの風景と、色彩の配置。
「まあな。…………昔っから映画好きだったし」
「映画館とか行く?」
「あんま。……変なのばっか観てたよ」
「へえ」
「……………深谷は?」
「んー……人並みに? でもねぇか。すげー騒がれてんのはさすがに観に行ってたけど。……あー、でもあんま知らねーや」
「これはどこで知ったの」
「忘れた」
静かに異国の言葉が流れる。モノクロじみた世界。それはわざとで、主人公の内面を写し出している。曇り空。皆が黒か、灰色か、そうでなくてもくすんだ暗い色合いの外套に身を包み、足早に通勤の朝をやり過ごす。新聞の白黒。窓ガラスに反射する世界に色はない。そんなもんだ。………………それが大人ってことです。社会ってことです。平穏な秩序の代償です。
主人公は仕事で大失敗をやらかし、土砂降りの雨のなか、家に帰る。音楽はない。ひたすらにモノクロの音が続く。雨と風と、とにかく寒くてつらい。……………無機質すぎて、観ていられない。ここで感じる退屈感や嫌悪は、何かの裏返しの気持ちだ。誰かが、そう評論していた。
主人公は、とある女性と知り合って、人生を一気に変える。ありがちなラブストーリィ。世界は徐々に色づいていく。それは急激にではなく、じんわりと。
ゆっくりと目を覚ましたときみたいな、優しい速度で。
「……………なんで泣くの」
浅原がティッシュを箱ごと渡してくれた。いつの間にか没頭していた。男が初めて、歌を口ずさむシーン。鼻唄も普段ならしないような、真面目で堅物の彼が。
頼りなく、不安げに小さく音を洩らす。
誰も聴いていないのに。一人きりの部屋で。
「………………え、泣かね?」
受け取って、溢れた涙を拭う。
「このシーンじゃ泣かないだろ」
「いやいや、こいつが自分の殻破るシーンだぜ?」
「……………泣くんなら最後じゃないの」
「え、最後は泣かなくね?」
「なんで? だって別れちゃうんだぜ?」
浅原は本当に疑問として訊いてくる。ここから徐々に色彩と音楽豊かなミュージカル風になる。とにかく楽しいシーンが増える。二人の気持ちが重なりあい、他の人へも優しさや暖かさは伝播していく。
二人は、別々の夢にむかって、違う道を歩き始めるけれど。
「え、でもハッピーエンドじゃん」
そんな風に思ったことはなかったと、浅原は言った。
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