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過呼吸8 SideK
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sideK
俺の朝はいつも腰の痛みを確認し憂鬱になるところから始まる。
昨日も一昨日もそうだったし、例外なく今日も、そう。
隣に寝ているはずのやつの姿はもう無くて、その代わりにキッチンから鼻歌が聞こえた。
もぞもぞと布団を這い出し、適当な服を見繕って洗面所へ向かう。
あ、あ、と試しに出してみた声は見事に掠れていて、また実況が撮れないことを悟る。
セックスは気持ちいいし俺に必要なものだけど、これだけは勘弁して欲しい。
視聴者にこんな声を聞かせるわけにもいかないし。
毎度毎度快楽に負けてしまう俺も悪いけど。
軽く溜息をついてみれば、憂鬱な気持ちを表すかのように洗面台の鏡が曇った。
映っているのは噛み跡やらキスマークやらがつけられた俺の身体。
つけられたばかりの赤い印をなぞるとチリ、と痛みがはしる。
他の奴らへの牽制か、俺に逃げられるのが嫌なのか、必死に俺を繋ぎ止めている枷。
心配しなくても俺は逃げないのに。
俺への愛の証明のようで、心が満たされてゆく。
唯一満たされないのは、フジからの愛だけ。
痕もつけてくれないし、「愛してる」すら言ってくれない。
いつもいつも苦しそうに俺を抱く。
前なんかキスすら拒んできたんだ。
「何も変わらない」って。
「……最近フジとヤってねえな…」
今思い返せば撮影もしてないし、3週間近く会ってない気がする。
今日はあいつがいるから明日連絡してみるか。
靄がかかったようにぼーっとする頭を振り、顔を洗ってからスマホを探すべくリビングにでる。
机の上に無造作に置かれたiPhoneを取ろうと手を伸ばすと、それはヴヴヴ、と震え始めた。
慌てて着信画面を見ると“フジ”の2文字。
キッチンの鼻歌の主は何も気づいた様子はない。
声の聞こえないところまで移動して、俺は通話ボタンを押した。
「…なに、」
『キヨ?何その声……また誰かとやってたの。今日は誰?レトさん?うっしー?それとも』
「どうでもいいだろそんなこと。」
『そ、っか……そうだよな』
前あったことを気にしているのか、フジの声には張りがなかった。
どうも様子が変だ。
「……あのさ、お前明日暇?」
『え?明日…………なんで』
「最近ご無沙汰だなーって。会えない?」
『その事なんだけど、』
電話越しでも分かる、声色の変化。
いつもへらへらしているあいつには珍しい真剣な声が鼓膜を揺らす。
『俺さ、……………結婚、することにした』
「………………は?」
予想すらしてない言葉だった。
ケッコン、けっこん……結婚。
何言ってんだよドッキリか、と巫山戯て言い返そうにも喉が詰まって声なんて出なかった。
『だからお前とセックスはもうしない。それを伝えたくて』
「そんな、急に…なんで!」
『元々そういう話はあったんだ。その人が俺の中で1番だから、お前との関係は持たない。伝えるの遅れてごめん』
ずるりとスマホが手から滑り落ちる。
フジが何か言っているようにも聞こえたが、それを気にする余裕なんてなかった。
フジが結婚する
俺とのセックスはもうしないって
俺はもう必要じゃないってことか
「……すてられた………………?」
掠れた自分の声が耳に届いた瞬間、脳がようやくそのことを理解した。
フジはもう俺とはセックスしてくれないらしい
その大切な人のために、俺との関係を切るんだ
それはつまり、フジの愛が俺じゃない誰かに向かうことで
俺をもう、愛してはくれない
「…ゃ、なん、で………すき、っていってくれた………!!っ、」
このまえ、いっかいだけあいつの本音が見えた気がしたのに。
「うそ……だった、の、かよッ………!!………っぁ、ふ、ぅぅ゛……っ」
あいつからの愛がない
ぐらりと身体が傾く。
視界も霞み始めたのは涙のせいだけではないはずだ。
い き が で き な い
酸素不足なのか、苦しさを紛らわそうと息を吸い続けているのに、一向に苦しさは治まらない。
吸って、吸って、吸って、吸って、吸って、。
なんでまだこんなにも苦しい、
足りない、愛が、酸素が足りない
「…っひ、……ぅあ゛っ…なん、でっ………ひゅ、、ぅ゛」
「大きい音したけど何かあった……なに、どうした!?」
ばたばたと足音がして、人影が視界に映った。
傍にしゃがみ込んだそいつの首に、必死の思いで手を伸ばす。
「…おれを、…おれをあいして……!、ふじを、わすれられるように…いきができるようにっ……」
驚いたように息を飲む音が聞こえた。
言ってる間にも苦しいのは続いたままで、視界がだんだん霞んでゆく。
「…おれに、あいをちょうだい…………っ」
白く視界がぼやけていく。
そのまま俺の意識は途切れた。
「なあ聞いてた?」
『……』
「もう俺のものだからさ」
『……そういうことかよ。なんか変だとは思ったんだ』
「負け惜しみ?見苦しいな」
『…最悪』
「どうもありがとう」
ブツリと電話が切れた。
end
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