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マグカップ
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ご飯を食べ終えてしまうと、間がもたない。
決定的な瞬間を先延ばしにしたい思いとは裏腹に、とうとう食器まで洗い終えてしまった・・・
千種は空のシンクを前に、キリキリ痛む胃を抑える。
「千種さん、あの、お話したいことがありまして」
振り返らなくても、匡が緊張した面持で自分の背中を見ているのが分かる。
「・・・コーヒー、飲むよな?」
「え、あ、ハイ」
千種は有無を言わせない聞き方で、無理やり時間を引き延ばした。
砂糖無しのミルク少なめ。
自分はとても飲めそうにないが、形だけのブラックコーヒーを入れるとするか。
あぁ、このマグカップはどうしようか。
匡っぽいと選んだ、ゴールデンレトリバーの写真がプリントされたマグカップ。
棚から出したそれを手に、一瞬千種の動きが止まる。
捨てるしかないだろう。
自嘲した千種は動きを再開させながら、この家にある匡のものを数えていく。
付き合いが一ヶ月更新するごとにひとつ、こっそり匡専用のものを買い足していた。
マグカップから始まり、お箸、お茶碗、お皿、歯ブラシ、タオル・・・半年経って初めて家に招き、何食わぬ顔でそれらを使わせて。
―――――あの頃が一番楽しかった。
大学生のときは、まだセフレと恋人の線引きが自分の中で上手くできていなかった。
ヤル以外のこともしてみたいと、淡い期待で鍵を渡してしまい、留守中に彼女を連れこまれたこともあったし、金品を盗まれたこともあった。
千種が傷つくたび、足したり引いたり作り変えてきたセフレのマイルール。
半年経てば、家に招く。
その頃には、信用出来るかどうかくらいわかるはず。
これは、結構早めに決めていた。
その頃の千種の、どうか半年関係が保ちますようにという願掛けがあったかもしれない。
恋人を作ることは諦めていても、それっぽい関係が欲しかったからだ。
けれど、その先は全く決めていなかった。
半年の壁がそう簡単に突破できるものではないと、無意識に理解していたから。
匡とは、途中守るべきルールを無くし、誘われるままホテルや部屋以外でも会った。
遠出したり、映画を見に行ったり。
まるで恋人のような優しい時間。
一年続いたら鍵を渡そう。
そうルールを追加した。
それが、間違いだったんだろうか。
ズキズキと、胃の痛みが酷くなる。
踏み込みすぎたのか、それともタイミングが悪かっただけか。
千種は、二人分のマグカップを手に仕方なく匡が待ち構えているテーブルにつく。
匡は、どんな言葉で俺を殺すんだろう。
自分に振り下ろされる別れの言葉が、せめて優しい嘘で隠されていればいいのに。
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