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ちょっと事故っただけなのにセフレが優しくなりました
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(1)
──セックスが好きで何が悪い。だって気持ちいいじゃん。
瀬野和臣は、藤原直哉の上で淫らに腰を振りながら独りごちる。ひくひくと扇動する後孔がその快感を如実に語り、内壁は挿入された肉棒をきゅうきゅうと締め付けていた。
直哉は幼馴染の同級生。だが、性格も育った環境も全く違った。
彼は裕福な家庭のエリートサラリーマン。和臣は家からすぐのガソリンスタンドで働いていた。
セックスを初めてしたのは高校生の頃。直哉に手でイカされ、そのままなし崩しに性行為に及んでからの関係だった。
そこに恋愛感情があるのかは分からない。好きだと思ってはいたが、お互いの生活環境の違いもあってか、それを敢えて口にすることはなかった。
──ただ、セックスの相性は良かった。会えば必ずお互いに有無を言わせずベッドに誘う。
和臣も直哉も他の女性や男性との経験がなかった訳ではない。
三十二歳ともなれば当然だろう。
だが、セックスの相性と昔からの幼馴染の気安さから、お互いが気を使わずに心身共に気持ちよくなれる。
キスをして、身体中を愛撫し、深い挿入を何度も繰り返す。白濁にまみれながら、甘い声を上げて抱きしめ合う。遠慮のないそんなセックスがお互いに好きだった。
「……っ、もっと、奥……直哉、もっと強く……ぁあ……」
「まったく……エロ過ぎんぞ、お前……」
「うっせぇよ……中に出せよ、ぁ、そこ……」
直哉の上に跨り、激しく腰を振り快感を貪る。高級家具だがシンプルな直哉の部屋が淫靡な匂いと雰囲気に満たされていくのが分かった。
奥深くを何度も擦り上げられて、ガクガクと腰が震える。限界が近い。
このイク直前の深い快感が和臣は好きだ。ギリギリの緊張感。先にイクのはプライドが許さない。けれど先に快楽を身体の奥深くで貪ってしまいたいという欲望。
「ぁあ……っん……そこ」
自身からも腰をうねらせて最奥に擦りつける。
直哉が身体をぐっと硬直させて、下腹に力を込めたのが伝わってきた。きっと和臣と同じ理由で堪えているのだ。
「先に……っ出せって、っ……」
ぐっと身体を倒して、和臣は直哉の両肩の側へと両手をついた。
口を大きく開けて舌を差し出せば、噛み付くように直哉がキスしてくる。
自身よりも富も名声もある男だ。それが今や、自身の下で必死で腰を使っている。それが少し加虐的な快感をも生む。
そのまま、腰を大きく上下させてキスの合間に息を吐く。キスは深く、浅く、律動に合わせて唇や舌先が触れ合うのが面白い。唾液が糸を引くのを吸い上げる。
和臣は挿入された太く力強い屹立を絞るように小刻みに動いた。
「お前っ……わざと──」
「いいや……?」
眉を寄せる直哉の眉間の皺がセクシーだ。好きな顔だなと思う。
口に出しては言わないけれど、こうしているときが一番幸せだ。
浅く動くせいで、和臣の前立腺のしこりにも何度も直哉のペニスの先端が擦れる。
「んっあ……!──……んっ、ん」
とうとうキスが続けられずに、和臣は顔を上げた。汗がぱたぱたと直哉の厚い胸に落ちる。
「止めん……なよ、……」
グッと腰を落として深い腸壁へ亀頭を押し当て、そこに何度も擦り付ける。それが和臣を一番快楽に向かわせる。そして直哉がこれを好きなのも知っていた。
もう何度セックスしたか数え切れない。獣のように貪り合い、あられもない姿を見せあってきた。
「こ、このまま……出せ……直哉、欲しい……イク、から……」
「……ん……っ」
腸壁が脈動し、ペニスを締め付ける。
悔しいことに先に白濁を直哉の肌に撒き散らしたのは和臣のほうだった。それから直ぐに内部に熱い射精を受け入れ、その快楽に自然に身体から力が抜けた。直哉の身に崩れつくとその首筋に顔を埋める。
荒い呼吸を止めることが出来ず、何度もその逞しい腕に爪を立てた。
「……今日は俺の勝ちだな」
「……ぁ、は……うっせぇ……」
直哉は汗ばんだ和臣の背に腕を廻し、その身体を抱きしめる。
──いまさら好きだとか言えねぇな、こんなの……。
幼馴染、同級生、いわゆるセフレ。
こんなにも好きなのに、愛してるの一言が言えない。その愛しい身体を強く抱きながら、心の中で直哉は呟いた。
──なんであいつとは上手くいかないかな。
和臣はバイクで職場へと向かっていた。職場は自宅のアパートからバイクで十分のガソリンスタンドだ。
上手くいかないのは当たり前だ。自身が告白していないからだ。
身体の相性が抜群に良いだけに、最初に寝てからもう十数年経つというのに言い逃してしまっている。
今までに何もなかったとは言わない。お互い、別に付き合っていた女や男がいた時期もある。その相手には言えた。『愛してる』『好きだ』『ずっと一緒にいよう』。
なのに、直哉だけには言えない。
そして自然消滅した彼らから離れて、最後にはやはりお互いに戻ってしまうのだ。
くそ──。
和臣はいつもの交差点を曲がった。その時だった。信号を無視した軽トラックが、交差点内に侵入してきた。
(やべぇ……!)
後輪が巻き込むように迫ってきて──。
思わずハンドルを切り、和臣は意識を手放した。
(ここは……)
和臣は白い天井が見える部屋で目を覚ました。腕を動かそうとすると、左手首が固定されていて動かせない。腕には点滴も刺さっていた。
「瀬野さーん……ああ、良かった。目が覚められましたね」
白いナース服の看護士が、カーテンを開けて入ってくる。病院のようだった。
「どうですか? 頭がクラクラとしたりなど、ありませんか」
検温し、点滴の様子を見たりなどしながらテキパキと看護士は動く。
「大丈夫、です。あの、俺……」
「ああ。事故に合われて、半日眠ってらしたんですよ。大きな怪我は手首の骨折だけです」
明日念の為CTを撮りますね、と付け加えられる。
「はい──」
それで手首が固定されているのかと漸く分かった。しくじったなと思う。バイトにも穴を空けてしまった。事故の現場は職場の近くだった。どこかから伝わっているだろうか。
「あの、ちょっと電話したいんっすけど……」
そう言い出すと、看護士の顔が曇る。
「すみませんが、スマホは事故で壊れてしまっているみたいですよ。公衆電話ならここ1階にありますけど、今日は安静にしておいてもらわないと駄目です」
そんな、と和臣は青くなる。明日にでも、許可がおりてからすぐに電話しようと決める。 ベッドから見える青空を眺めながら『やっちまったなー』などと考えていたそのときだった。
勢いよく病室のドアが開かれ、入ってきたのはスーツ姿で息をきらした直哉だった。
「何度電話したと思ってんだよ! お前ン家から事故にあったって聞いて──」
「軽トラと事故ったらしくてさー、まあ、手首の骨折だけらしいけど」
「どれだけ俺が……」
そこまで言ってから和臣の身体に覆いかぶさるようにして唇を重ねられる。
「ちょっ、お前、ここ病院……っん、ぁ……」
「黙れ、バカ」
「んっ……お前が……」
長い、長い口づけだった。髪を撫でられ、身体を強く抱きしめられる。
──な、なんなんだよ、急に……好き、とか……思っちゃうじゃんかよ。
ギプスで固められた左手を直哉の背中に廻す。その硬いギプスのせいでその体温を感じられず、改めて右手も添えるとその頬を撫でた。
「……心配し過ぎだっつーの」
「……うるせぇ」
唇がようやく離され、ベッド脇にあった椅子に直哉が腰を下ろす。まだ仕事の最中だっただろうに病院に駆けつけてくれたことがどこか嬉しかった。
あのエリート面した直哉が、珍しく髪を乱していた。走ってきてくれたのだろう、ネクタイを緩めている。
奇妙な沈黙が二人の間に落ちた。
ため息を吐いて、先に折れたのは直哉だった。
「──どんだけ、心配したと思ってんだよ」
はあっとため息を吐く。その言い方にムッとするとともに、和臣は何だかむず痒い気持ちになる。
「悪かった、よ」
一応と謝ると、眉を微かに寄せた直哉が顔を上げた。
「お前のその気軽さな。本当に──」
直哉の腕が伸ばされる。点滴もあり、和臣は逃げれなかった。直哉は腰を浮かせて、長い腕で和臣の肩を抱き寄せる。そっと、壊れ物でも扱うかのようだった。
「本当に、心配させんなよ」
頭の上で、囁く直哉の声が聞こえた。今までに聞いたことのない優しい声だった。
身体を少し傾けて、耳元に唇を押し当てられる。
「……っ」
和臣はぶわっと身体の熱が上がったのが自分でも分かった。
肩を抱いていた直哉が髪や額にもキスを落として、離れようとする。
(今は駄目だ!)
がしっと自由になる方の腕で、和臣は直哉を引き止めた。
頬だけじゃない。首筋や耳まで赤くなっているだろう自分を見せるなんて、そんな状態で顔を合わせるなんてとても出来なかった。
縋るような姿勢になってしまっているがそれどころじゃない。
「何だよ」
不審そうに、けれどどこか嬉しそうに直哉が中途半端な姿勢で聞いてくる。しばらく、和臣は直哉の腕から顔を上げれなかった。
(2)
何度もセックスを繰り返してきたはずだったのに、今更キスで恥ずかしくなるなんてありえない。もうどんなこともしてきた二人だった。人に言えないようなことも。
──なのに、息を切らして、ネクタイを緩める姿に見惚れてしまう。
「……二ヶ月ぐらいで手首は完治するし、明日一応CTスキャン」
赤くなる顔を背けながらぶっきらぼうにそう告げると、ようやく直哉が椅子に座り戻す雰囲気を感じた。
「……で、どうして事故った」
「信号無視の軽トラに巻き込まれ事故。俺は悪くねーからな」
「スマホはどうした」
「ぶっ壊れたらしくて、そこらへんにあるはず」
まだベッドから起き上がっていない和臣は側の棚を指差してみせる。
「……いつでも連絡できるように買い直して持ってくる。あと、必要な物は?」
「バナナ食いたい」
「わがまま言うな」
「お前が必要なものって言ったんじゃねぇか」
口づけの後のいつもの悪態が心地よかった。さっきまでの照れくささが薄れていく。こんな心地よい関係を壊したくない。好きだけれど、このままでいたい。
──本当は恋人になりたい。堂々と好きだと言いたい。
和臣はずっとそう感じていた。
でも幼馴染と言っても立場が違いすぎる。男性同士なうえ、直哉はエリート街道まっしぐらのサラリーマン。自分はしがないガソリンスタンドの職員。職業に貴賎はないけれど、あまりにも違いすぎる環境だった。
「分かった、スマホとバナナだな。持ってくる」
憮然とした顔をしながら、直哉は立ち上がる。いつもの仏頂面に安堵しながら、一抹の寂しさを和臣は感じた。
けれど勿論顔には出さない。わざと態度を大きく普段通りを演じる。ニヤッと笑うと、直哉に指を突きつける。
「高いやつ買ってきてな、甘いやつ」
直哉は分かった分かったと手をひらひらと振って、立ち上がる。
上着を手に立ち上がった直哉と、ベッドの上で動けない和臣。一瞬お互いの視線が絡んだ。
「じゃあ、な」
「お、おう」
ぎこちない別れとなった。
スーツの背中を見送って、その姿が完全に見えなくなってから、和臣はボスンと枕へ頭を預けた。
(どう考えても……詰んでる気がする)
甘酸っぱい気持ちと後悔と。そして僅かな希望。それはとても心許ないものだった。
数日で和臣は退院した。脳の方にも異常はなく、次の日に早速とやってきた直哉は安心したと笑顔で言ってくれた。
仕事にも即復帰した。片腕を固定したままというのは恥ずかしかったが、内仕事など、片腕が動かなくても出来る仕事というのは意外にもたくさんあった。
腕は2ヶ月もすれば完全に治った。リハビリにも通い、今は痛みも全くない。
直哉は様子を見に度々ガソリンスタンドへ寄ってくれていた。ただ面白いことに、夜の方の誘いは一度もなかった。
和臣は大丈夫だと何度か声をかけたが、それこそちょっと別に相手が出来たかと疑うほどに直哉は頑なだった。
──欲求不満と苛立ちが溜まる。誘えばそれこそ直ぐにホテルでもお互いの家でも身体を交える仲なのに……もう骨折の傷もなんともない。
「……ったく、なんだっつーの……」
自室でジーンズと下着を下ろし、ベッドに横になる。欲望が止まらない。
ワンルームマンションのパイプベッドを軋ませながら、自分を慰める。
思い出すのは直哉の愛撫と抜き差しされる肉厚のペニス。ローションを掌に塗り込めて二本の指を後孔に挿入する。
(……直哉……)
何かが足りない。他の男でもきっと駄目だ。
クチュクチュと音を響かせ指を内部で前後させ、同時に勃起したペニスを扱く。感じているのに物足りない。深い場所に指が届かない。あの熱いものが欲しい。
「……あ、ぁ……駄目……直哉が……」
自然に声になる。
淫乱だと責められながら直哉の太いそれで突き上げられるのが好きだ。直哉の上に乗り、腰を揺らしてキスをするのも好きだ。
気持ちがいい自慰のはずなのにどこか虚しい。
直哉とは恋人ではない。ただのセックスをしているだけの友達なはずなのに。
「欲しい……直哉、挿れろよ……なんでだよ……」
なぜセックスを拒まれるのかが分からなかった。気軽に抱きしめ合い、楽しく遊んできたつもりだった。好きだと本心を告げないことがこの関係を長続きさせると信じていた。
虚しいはずなのに快感の絶頂が襲ってくる。腰が微かに揺れ、ペニスが震える。でも扱く指先は止まらない。
「……ぁ……あ」
ティッシュを手にする暇もなく、欲望の白濁がシーツの上に吐き出された。
──しかし、それはただ性欲の垂れ流しに過ぎない。
「……好きとかおかしいじゃん……相手は直哉だろ……」
ギャグも考えていた。病室に持ってきてもらったバナナを食べながら思いついた。
『退院したら直哉のバナナ、食わせてくれよな』
そんな下らないギャグを言うことも出来ない。
いつかこんな日が来るとは思っていた。男同士で、環境がまるで違う二人がずっと繋がりあうことなど出来ないだろうと。
終わりなら終わりできっちりしたかった。
仕事を早めに切り上げて、和臣は直哉の職場の前で待ち構える。
直哉の職場は都心で、大きなビルのフロアを3階分貸し切りだという。その中で働く直哉の姿を、職場そのものを和臣は想像できない。
自分とは違う世界だ。
自分が知っているのは直哉の体温と汗と、あの熱い身体だけだった。
ビルの前で一時間は待った頃だろうか。漸く直哉が出てきた。同僚らしい男と一緒だ。
逃げられないように和臣は直哉の前へと足を踏み出した。
「よお」
何気なく声をかける。
仕事の着の上にジャンパーを羽織った姿で来ていた。恥ずかしくなんてない。だがなんて場違いなんだろう。
「和臣……」
呆然と、直哉が名を呼ぶ。
「ちょっと顔貸せよ」
隣にいる男のことなど、和臣はもう見えていなかった。知るかと思う。
(俺の、俺の……ことなんて、忘れちまったんだろ?)
呆然とした直哉の顔を見ていたら、怒りが不意に湧いた。
和臣は一歩大きく踏み出した。腕を伸ばし、直哉の胸ぐらを掴む。
「和臣……!」
抵抗する間も与えずに、そのまま引き寄せて唇を重ねる。
噛み付くようなキスをして、目を閉じ思いっきり唇を吸い上げた。
「っ……」
突き放される前に、自分から直哉の身体を突いて、後ずさる。
息が上がっていた。震える声で、和臣は言った。
「お前なんて……」
「和……臣?」
「お前となんてもう、寝てやんねーからな!」
大声で、和臣は言い放った。恥も外聞もない、直哉の体裁も何もかもどうでも良かった。
「おい、ちょっと待てよ。──お前、なんでそんな急に」
「お前なんて知らねぇって言ってるだろう!?」
差し出される手を振り払った。
それでも腕を伸ばしてくる直哉から踵を返して逃げようとする。
直哉の隣にいた同僚らしき男は呆然としていた。
「お前、ちょっと来い」
とうとう腕を取られた。引きずられる形で和臣は悪態を着きながら直哉についていしかなかった。
地下の駐車場、直哉のいつもの黒のベンツに押し込まれる。
初めて見る表情だった。怒ったような、困ったような、悲しそうな顔。
「……手、まだ痛むんだろ」
「い、痛くねぇし」
「バカだろ、おまえ」
「うっせぇ……」
「責任取れよ」
「なんの責任だよ」
「うちの社員の前で何をやらかしたか分かってんのか」
和臣は自分の行動を改めて振り返って青ざめる。
ただのセフレだと思っていた。恋なんかじゃいと自分に言い聞かせていた。
──でも、好きなのだ。直哉が好きだ。
「……ごめん」
小さく呟くと、車を走らせながら片手で和臣の頭を直哉が撫でる。
「俺、すげー、和臣のこと好き。好きじゃねぇなら幼馴染の男と寝ない」
「でも最近ずっと──」
「お前が怪我したってだけでうろたえた自分にびっくりしてんだよ、分かれよ、バカ」
「バカって言うほうがバカだろ……」
もう子供のケンカに似ていた。それでも、頭を撫でられた手を取って和臣は握りしめる。指を絡めて、その手の甲にキスをした。
「……さっき、オナった。お前のこと考えて。でも全然気持ちよくなかった。お前がいないから……」
「……バカ」
「バカでいいよ、もう」
直哉の指先に微かに力が込められ、車がゆっくりとホテルの駐車場へと入って行く。しかも一泊数万円もする高級ホテル。
「ちょ、お前……!」
「黙ってろ」
有無を言わさず駐車場に車を滑り込ませると、スーツ姿の直哉と、そのホテルに似つわしくないガソリンスタンドのジャンパーを着た和臣がフロントへと入って行った。
慣れた様子でフロントで手続きを済まし、エレベーターに二人で乗り込む。会話もなく、ただ心臓の動悸が激しかった。
「……俺は和臣が好きだ」
「うん……俺も直哉が好きだ……」
「好きだという気持ちを伝えてから、今日、お前を抱いていいか」
こんな言葉に嫌だと言える訳がない。和臣もそれを望んでいたのだから。
エレベーターがスイートルームの部屋に到着し、そのドアが直哉の手で開かれる。
信じられないような広い室内。リビングルームとその続きにあるベッドルーム。少し小さいながらもキッチンやバーカウンターまであった。
「な、なにこれ……」
「初夜だし」
「もう何回もやってるだろ!」
「恋人になってからは初めてじゃん」
「よくそういう恥ずかしいことを……」
「和臣にしかしないけどな」
痛みを負った手を気遣ってか、右手を繋ぎ合わせると躊躇もなくベッドルームへと向かう。
いままで何度も身体を交えてきたのに、恥ずかしさに和臣の頬が赤く染まる。
「……ホントに、する、のか?」
「しないのか?」
「す、するに決まってるだろ!」
ほとんど子供の言い合いに近かったが、今日の主導権は直哉が握っていた。
キングサイズのベッドルームの扉を開き、後ろ手にそれを閉めると、いつもより少し意地悪な顔で微笑んだ。
和臣がジャンパーを脱ぎ捨てて、つなぎの制服に手間取っている間に、直哉はスーツの上着を脱いでタイを緩め、迫っていた。
早くと急き立てられると余計に上手くいかない。
「もう良いから」
と、そのまま直哉にベッドへと押し倒された。
「もう、待てない」
顎を掴まれて、いきなりキスをされる。セックスの最中にするような凶暴で、淫猥なキスだった。
「んんっ」
すぐに唾液が溢れ出す。どうにかつなぎの上着から腕を引き抜くと、和臣も腕を伸ばして直哉の首筋を引き寄せた。
直哉がつなぎの隙間から手を入れてきて、脇腹を撫でる。仕返しにと、和臣は手のひらで直哉の肩を撫で、胸筋を衣服の上からまさぐる。キスは呼吸を継ぐのももったいないと切れ目無く続いて、お互いの舌を絡め合い吸い合った。
「和臣──」
キスの合間に名前を甘く呼ばれる。密着する身体に、呼吸の間が壮絶に色っぽい。こんな直哉を和臣は知らなかった。
「好きだ」
唇が解かれて、その言葉は直に耳の中に注ぎ込まれた。
和臣の髪を掻き上げて耳朶を噛み、囁かれる。そのまま舌が耳の中まで差し込まれた。
「っ……それ」
濡れた卑猥な音が耳の中で反響する。舌が生き物のように動き回るのに腰を思わず仰け反らせると、脇腹を探っていた手が和臣の腰をさらに持ち上げて股間同士を擦り合わせてくる。逃げようとしても、舌は追いかけてきてくちゅくちゅと中までを嬲られる。
上下にゆっくりと腰を動かすと、衣服越しにもお互いが高ぶっているのが分かった。
「はっ……もう、いっぱいいっぱいじゃんか」
和臣は息を乱して笑う。
耳をしつこく舐めてくる直哉が可愛かった。今までそんな所に執着されたことはない。「なぁ、こっちも……」
つなぎの上を完全に脱ぎ捨てて、下に来ていたTシャツを指で捲りあげる。乳首の見えるギリギリで止めると、なあ、ともう一度声をかけて直哉の顎先を掴み、首を傾げてちゅっと舌を吸い上げる。
「煽るなよ」
髪を乱した直哉は笑うと、タイをスルリと抜いて再度被さってきた。
「煽られるの好きじゃん」
半分脱いだつなぎと、その下に着たTシャツを胸元まで上げて和臣も負けずと微笑んで見せる。本当はそんな余裕はなかったが、なぜかここで引くと負けるような気がした。
「……ここが弱いくせに」
見せびらかすような胸の突起に唇が添わされキュッと吸い上げられる。
「んく……っ!」
「こんなに硬くなっていやらしい……」
「……っるせー……」
でも感じてしまうのは本当だった。最初は何も思わなかったそこが、直哉の手や唇で性感帯になってしまっていた。
コリコリと硬くなり赤く立ち上がった乳首はもっと刺激を欲しそうだった。つなぎの中の勃起もまた硬さを増し、お互いのズボンの中でもどかしく擦り合わされる。
「……欲しいんだろ」
唇を重ね合わせながら囁かれる言葉に、淫らにもペニスがビクリと震える。
あの虚しい自慰を思い出す。直哉でなければ、もう満足出来ない。
「……お、お前がしたいんだろ」
「したいよ」
「すればいいじゃん……」
「じゃあ、自分で脱いで足を開いて」
こんな意地悪な直哉の態度は初めてだった。なのにそれがより和臣を感じさせる。
「い……いいよ……」
わざと乱暴につなぎを脱ぎ、Tシャツや下着も脱ぎ落とすと、大きく足を開いてすでに先走りを零し始めている股間を見せつける。
直哉の視線が痛いほどにそこに注がれているのが分かった。ヒクヒクと自分の後孔が震えているのも。
「……淫乱」
「お前にだけな……」
「……うん」
唾液で濡らした指先が開かれた足の谷間にゆっくりと入ってくる。
──ああ、直哉の指だ。
少し太めの肉厚な指。和臣の一番いい場所を知っている指。
「んくっ……ぁあ、は……」
耐えられない声が唇から溢れ出す。二本の指先が深く挿入された時点で声は言葉にならなくなりそうだった。
「ここか?」
直哉が和臣の首筋に吸い付きながら、指を曲げてぐいっと熱い内壁を押す。潤んだそこは直哉の指を食い締めて、物欲しげにきゅうきゅうと締まる。
「んぁっ……はあ、あぁ……」
嫌だ嫌だというように首を振るも、勃起したペニスがそれを裏切っている。声にならない歓喜を示して起ち上がったペニスからは先走りが溢れ、白濁も交じる。
「直哉ぁ……」
言いたかった。早く欲しい。けれど負けたようでまだ言いたくない。指の動きに合わせて腰はすでに揺れてしまっている。
早く奥まで、本物の直哉を挿入されたかった。
「んん……好き、だ」
自然と声に出していた。ああ、と漏らす声は止めることが出来ない。息継ぎの合間に、食い入るように自分の開かれたそこを見ている直哉へ、好きだと告げる。
足を伸ばして、足の甲で膨らんだ直哉の股間を擦り上げた。
「お前っ……!」
ぐっと指が最奥で止まった。声にならない声を出して、和臣も堪える。まだだ。まだ欲しかった。太くて硬い、直哉のが欲しい。
「っ……覚悟しとけよ」
がっと足首を持たれて、大きく広げられる。指が引き抜かれて、柔らかくなったそこに直哉の勃起したペニスの先端が充てがわれた。指二本分に比べると質量も太さもある。
けれどぐっと腰を進められると、和臣のそこは嬉しげに収縮して先端を飲み込んだ。
「あっ、ん……んうっ」
慣れた形のそれが、そのまま奥まで拡げるようにして入ってくる。やや強引だが、痛くはない。
「もっと……もっと……奥」
好き、と和臣は自身の後孔まで指を伸ばした。緩めるようにそこを指で拡げる。直哉からすべてが見えるのは分かっていた。蕩けた笑みで、『もっと奥に、欲しい』と告げた。
お互いにもう我慢など出来なくなっていた。
唇を重ね合わせ、唾液と舌を絡め、貪り合う。
和臣に求められるがままに、彼の好きな最奥の腸壁を突き上げる。熱く締め上げるそこは直哉の感じる場所でもあり、身体を強くかき抱いだ。
「……好きだ……愛してる、和臣……」
「な、なんで、こんなときにそんなこと……ぁあっ!」
「じゃあ、いつ言えばいいんだよ……!」
最奥を打つ穿ちにもう遠慮などなかった。何度も愛してると口づけと共に囁きながら、抜き差しが繰り返される。
和臣が感じているのが分かる。締め付けが強くなり、腰が淫らに揺らめく。
「……好きだなんて言ったら、お前が嫌がるかと思ってた……!」
突き上げを止めないままに囁かれる声に和臣は首を横に振る。それは自分も同じだった。恋愛感情を見せてしまうとそこで終わってしまうような気がしていた。それならば気軽なセフレでいたかった。
「無理……イク……泣く……もうわけわかんねぇし……!」
快楽と同じ思いを持っていたことに涙が溢れそうになる。両手で顔を隠そうとしても、直哉のキスがそれを邪魔する。
唇の端から滴るような唾液混じりのキスと、突き上げられる快感に翻弄される。直哉もまた快感に溺れる和臣の締め付けと、途切れない喘ぎに抑制がきかなくなっていた。
「今晩、百回イカせる……泣いてもイカせる」
「うっせーよ、泣かねぇよ……ぁ、あ、止め……そこ……」
「お前の身体のことは誰よりも俺が知ってる」
前立腺の膨らみを亀頭のカリで擦りながら、不意に奥を突き上げる。
内部でさらに勃起が増し、そこを大きく張り詰めると和臣が大きく身を反らせた。敏感に誘うような乳首と、先走りを垂れ続けるペニス。淫靡に快感を求める腰は淫らに揺り動かされ、より直哉の欲情を煽る。
「──イク……ぁあ、あ、直哉……もう……!」
身体を密着させて抱き合い、キスをしながらその声を聞いた。
──どう見ても可愛い訳ではない、ただの男だ。幼馴染で、若くもなく、飛び抜けたイケメンでもない。それでも、誰よりも可愛い。
それと同時にお互いは欲望の白濁を撒き散らせ、絶頂へと誘われた。
「……ちょ……なに、今日……」
欲望の余韻にまだ息を荒げている和臣を直哉は強く抱きしめる。
「あとまだ足りない」
「……え?」
「百回するって言っただろ」
「……マジ?」
その言葉が終わらないうちに唇を塞がれ、まだ濡れた孔へと熱い肉が挿入され終わらない夜を告げた。
(3)
泥のような眠りだった。
嗅ぎなれたコロン混じりの心地よい体臭に清潔なシーツの匂い。和臣はそんな中でふわりと目が覚めた。
「よぉ、起きたか」
聞き慣れた声がすぐ近くで聞こえる。
部屋は見慣れない豪奢な一室だった。
壁一面がガラスになっており、天井から吊り下がるタイプのカーテンは全開にされている。白っぽい朝の光が部屋中に差し込んで眩しいくらいだ。夜であれば見事な夜景が見れたことだろう。
ただ、残念ながら昨夜はそれどころではなかった。
あれから……二人は一晩中セックスした。
和臣は最後は何度もイカされて、何故か『ごめん』とか『もう無理』など、普段なら考えられないようなことも言わされた。
重い腕を上げて、ぺちんと、裸で隣に寝ころがる男の頬を軽く叩く。
「お前……ありえねぇよ。体力、化け物か」
見上げれば直哉に腕枕をされていた。
今まで、寝た次の朝を一緒に過ごしたことなどなかったし、ましてや腕枕など絶対にごめんだった。
けれど……
(──今日は許す)
何故なら最高に気分が良いからだ。腰はダルく、尻の……あらぬ所も腫れたように熱っぽくはあるが気分が良い。
それは直哉も同じようだった。鼻歌混じりに、和臣の手の甲、次いで唇へとキスを落としてくる。
「身体、大丈夫か?」
顔を覗き込まれる。
「大……丈夫に決まってるだろ」
シーツの中で膝を立て足を組み、少々強がって見せた。
本当はあちこちが筋肉痛のように痛む。ハードなセックスはスポーツだと誰かが言っていたが、本当だなとつくづく考える。
「嘘吐くな」
「んん?」
「お前最後、もう許してとか言っといて今朝なんにもないなんてことは……」
「うっさい」
顔がカアッと熱くなるのをごまかして、ガバリと上体を起き上がらせる。
目の前に男前の──恋人の顔があった。
「うっせーよ、ばーか」
顔を近づけて、そっと唇にキスをする。
唇を重ねてから改めて彼が今日から恋人になったのだということに気づき、目元が赤らむ。
本当に『許して』と懇願するほどイカされ、愛された。何度もキスを繰り返し、耳元で甘い言葉を囁かれたのだ。起き上がった腕を引かれてもう一度腕枕の姿勢に戻されてしまった。
──でも直哉の腕の中が心地よい。悪態をつきながらも笑みがこぼれてしまう。
「なんなら朝からもう一度しようか」
「しねーよ、バカ」
「出来るだろ?」
「も、もう無理に決まってんだろ!」
溢れんばかりに愛情を注ぎ込まれ、身体を少し動かすだけでそれがこぼれ落ちそうだった。それを知られたくなくて下肢を捩らせてしまう。
だが、悔しいけれどおかしくなるぐらいに感じてしまった。
冗談や欲情だけで、あれほどの回数や愛してるの言葉を掛けられることはないだろう。
「でも和臣のことを好きなのはマジだから」
「……もういい、分かったっつーの……」
「お前は?」
「……好きだよ」
「ん」
唇が重ねられ優しいキスが何度も落とされる。あまりにも幸せで彼の背に腕を廻して、瞼を伏せてそれを受け止めた。この時間が終わらなければいいのにと思いながら。
──もう元には戻れないし、戻りたくない。
「……風呂、入りたい」
和臣の言葉に直哉は軽く頷き、額にキスを軽く落とした。
「一緒に入ろうか」
「何もしねぇならな」
「和臣がその気にならないならいいじゃん」
「なんねぇよ」
その自信はなかったが、もう一度ぐらいならと思ってしまっている自分も悔しく思う。
「……一緒に入ってもいいけど……」
「うん?」
「……ぐっちゃぐちゃなの、責任もって洗えよ……」
「……後ろの──」
「言わなくていい!」
ベッドのシーツを引きずり腰に巻くと、バスルームへ向かおうと立ち上げかける。だが不意に腕を引かれてその身体はベッドへと引きずり戻された。
「ヤバい。もう一回」
「……マジ?」
「マジ」
そしてそのまま唇を重ね、卑猥に濡れたままの身体にもう何度目かも分からない挿入と甘い言葉が注がれるのであった。
──それから数週間。お互いの関係に何かが大きく変わったでもなかった。
ダラダラと食事をしたり酒を飲んだり電話をしたり、少しだけ甘いセックスをしたり。
でも感情は明らかに変わっていた。はっきりと恋人としての意識があった。手を繋ぎ、キスをし、愛してると囁く。
「うっせーよ……」
直哉に囁かれる度にそんな言葉を返すが、嬉しくて、恥ずかしくて、羞恥にどうしていいのか分からなくなってしまう。自分も同じ気持ちなのだと和臣にはなかなか言えなかったけれど、そんな性格を直哉は分かっているのか微笑むだけだった。
──セックスの相性は相変わらず最高だった。
セックスが好きで何が悪い。愛情を確かめ、体温を交わらせあえる。
今日も彼に抱かれ、彼の上に跨ぎ腰を揺らす。『愛してる』と囁きながら。
【後日談】
──最近のセックスは背後から犬のように抱かれることだった。
お互いのセックスはより激しさを増し、遠慮もなくなっていた。内部の背のほうに熱い亀頭が当たり、それはそれで別な快感を生む。
腰を捕まれ突き上げられると、まるで雌のような気分になるのが背徳的で気持ちがいい。
「……は……っ、もっと強く……」
「挿ってるとこ、丸見え……」
「……それに感じてんの、お前だろ……」
「ん、いい眺め……すっげぇ、エロい……」
お互いの息が上がっていく。ローションに濡れた抜き差しで狭い和臣の部屋のベッドが激しく軋んだ。
ほぼ毎日のように会い、その後はなし崩しにセックスになる。
本来ならばコンドーム必須だが、内部に熱い精液を感じるのが好きで和臣から断ってしまうことが多かった。直哉もまた中出しを好み、セックスの後に孔からそれがゆっくり溢れるのを見たがった。
「……趣味悪ぃ……これが見たいんだろ」
M字に足を開いて見せつけるように、自らの手で孔から太腿に流れる白濁を直哉に示す。吐息は上がったまま、ヒクヒクとそこは収縮していた。
「……バックでするようになってから、また感度上がったろ」
「うっせーよ……」
しかしそれは事実だった。
愛してると何度も耳元で囁かれながら、獣のように犯されるのが堪らなく感じる。
そしてその後、内部で出されたものを見せつける行為も。
本当は話す余裕などない。腕はすでに崩れて腰を抱えられることで何とか体勢を保っている。膝がガクガクと震えるのを堪えて必死で直哉を締め付けると、低い呻き声が背後からするのが嬉しい。
前からよりも後ろから突き崩されると、無防備で身体に力が入らない。好き勝手に貪られる快感は何物にも変えがたかった。
角度を変えて、直哉が中を大きく擦りあげてくる。たっぷりと注いだローションと直哉の先走りで濡れた内側からの淫猥な音は大きくなり、和臣はシーツを掴み顔を上げる。自身の安いパイプベッドも悲鳴を上げていた。
「ん、んっ……も……限界っ」
「俺もだ……イク……っ」
荒い息の中、最奥を力強く穿たれて朦朧としながらも和臣は直哉の名前を呼ぶ。
「直哉っ、……好きだ……あぁ、もう……!」
直哉が腰を押し付けて最奥に白濁を放つのに、熱さを受け止めた腸壁が大きく収縮して、和臣もシーツへと白濁を撒き散らす。
腰を深く抱きこまれて、前に回ってきた直哉の手が最後まで絞り尽くそうというように和臣のベトベトになったペニスを扱く。
「ぁ、は……はぁ」
ぶるっと身体を震わせて直哉の手のひらにすべてを吐き出すと、首筋にキスをしながら直哉が覆いかぶさってきた。
「はあ……──すぐ、抜くか?」
直哉が動くと隙間の出来た内股からとろりと白濁がこぼれ落ちる感覚が分かる。
「ん。──すっげぇ……良かった」
ぬっと身体の名から熱が引き抜かれ、背中の体温も一瞬消える。と、和臣の奥は寂しそうにきゅうっと締まる。
直哉は、指で和臣の尻を開き、緩み潤んだ後孔の縁を指で撫でると、満足そうに和臣を抱きしめた。横抱きにされ足を足で固定されると、指を再度、奥へと潜り込まそうとしてくる。
「お前のここ……今日もめちゃくちゃエロいな」
「うっせー……」
抗議に顔を上げると顎を捉えられて、無理やりキスされる。舌を絡め合う濃密なキスに、一回では足りないと直哉が感じているのを和臣は知った。
──腰、痛ぇ……。
結局あれからセックスが三回。強く拒めなかった和臣もだが、直哉の精力は無尽蔵にも思えた。
職場のガソリンスタンドで客の車を洗車しながら、ジンジンと痛む腰をさする。
「先輩、どうしたんすかー。事故の後遺症とか?」
金髪頭の後輩が軽い口調で背後から声を掛けてくる。
「なんでもねぇよ」
「年っすか」
「うっせぇ。早く仕事に戻れっつの」
「はーい」
むしろ機嫌はいい。恋人と夜明け近くまで身体を交わらせた。少し眠気と腰の痛みはあったが、それ以上に快感を得た。
──だが、これでいいのかと思う気持ちもあった。
相手はエリートサラリーマン。和臣はうだつの上がらないガソリンスタンドの社員。あまりにもお互いに差がありすぎる。しかも男同士だ。
こんな関係が長く続くとは思えなかった。もし続けられても所詮セフレに戻るのだろう。その覚悟で好きだと告げたし、これからも、一生好きだと思うだろう。
(なんで男なんだよ……)
せめて自分が女であればと思ってしまう。でも男として直哉に抱かれることを嫌だとは思っていないのも確かだ。アナルから精液を零す姿を見られて、より感じてしまう自分を少し恥じてはいたが……。
雌のようだとからかわれ、後ろから突き上げられる。
そんな昨晩を思い出すだけで、下半身が疼き、また抱かれたくなる。こんな相手はもうこれから現れることはないだろう。本来ならば男に抱かれることさえ信じられない。
ポケットに入れていたスマホが鳴り響き、それを取る。もちろん相手は直哉だった。
「今日、飯でも食うか」
呑気なその声に少し嫌味を言う。
「お前の奢りだろうな」
「どうして」
「……めっちゃ、腰、痛い」
「『もっとして』って強請ったの、和臣だろ」
「うっせぇ!」
スマホを切ってポケットに入れ直す。待ち合わせ場所など言い合わなくても、和臣の仕事が終わる頃に直哉はきっと迎えに来る。
──幸せなのに、少し不安だ。
夕飯は和臣のリクエストでラーメンになった。
あっという間に食事は終わり、当たり前のように直哉は和臣の部屋へ送ろうとする。そのままなし崩しに……というのがいつものパターンだ。
ボロアパートの前まで和臣を送り、当たり前のように車から降りようとする直哉に和臣はストップをかけた。
「あー……今日は、ちょっと都合が悪いっていうか……」
胸に渦巻く小さな不安を上手く言葉にすることが出来ない。
身体から始まった関係だ。
好きだと伝えあったのもつい最近。自身の想いを言葉にすることに和臣はまだ慣れていなかった。
──このままの関係で良いのか、不安だなんて……
そんなことは女々しく思えて口に出来ない。
車を降りた直哉が和臣の前で腕組みをして首を傾げる。
「何の都合があるっていうんだ?」
やや嫌味含みに直哉が笑う。
都合などある筈がない。用事や何かがあれば夕飯の時点で断っている。
「とりあえず、家に入れろよ。話はそれからだ」
勝手知ったるといった風情で、アパートの外階段を直哉は先に上がっていく。
頭を抱えたくなりながら、和臣は直哉を追った。
部屋の合鍵を持っていた直哉が部屋の扉を開けて、和臣を中へと導く。
「それで?」
と、ベッドへと腰掛けて直哉がコート姿のまま和臣を見上げた。
和臣はらしくなくおずおずと直哉の前へ立った。
直哉が手を伸ばしてきて、和臣の手の甲から指先をそっと撫でる。
「何で、部屋に入れられないって? 昨日の今日だ、俺だって無理は……」
「そうじゃなくって」
言いよどんでいると、きゅっと指先を握られた。
「なにか……不安にさせてるか?」
どきりとして、和臣は顔を上げた。真剣な眼差しとぶつかる。
「俺……顔に出てるか?」
「お前は正直だからな」
返す言葉がなかった。片手を握られて、子供をあやすように恋人へ優しくされている。
それでも不安なんて──。
「不安、なんだ」
言葉は自然と出た。
「お前と俺とじゃ立場も違うし、男同士だし……なんか……なんか……」
部屋の狭いリビングで立ち尽くして俯いたまま和臣が呟く。
いま言っておかないと、もっと関係が長くなってしまったら離れられなくなりそうだった。
好きだから。好きだからこそ、綺麗な形で終わらせたいと思ってしまった。
「……お前らしくねぇな」
「……なんでだよ、もういいじゃん……セフレのまんまで……」
心にもない言葉が口に出る。
嫌だった。もう元になんて戻れない。
「なら、一緒に住もうか」
「……は?」
「俺のマンションで」
「はぁっ!?」
思いがけない言葉に和臣は素っ頓狂な声を上げる。いくら幼馴染と言っても、この年令で男同士が一緒に暮らすなんてありえない。
「そ、そんなこと……」
「和臣と一生一緒にいたいから」
「……あ、あ……その……何を……」
「俺とじゃ嫌か?」
「……嫌な訳ねぇじゃん……」
そう呟いてただ頷くしか出来なかった。
──俺も、直哉と一生一緒にいたい。
頷いた和臣を直哉は優しく抱きしめ、唇を重ね合わせる。
「結婚指輪、買いに行こうか」
──こんな恥ずかしい台詞を言える恋人を少し睨みつけ、その唇を貪った。
【end】
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