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八輪
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「随分、真剣なんだね。晃」
「あぁ。時間がなくてね。今日中に仕上げなくてはならないのさ」
「…。そう。君はとても欲張りだね。」
「そうでもないよ。ボクは絵を完成させたい。それだけなのだから。」
こどもの日に生まれたのだと、間宮が言っていたのは中学に入学してすぐのことだった。「ボクより少しばかり早く歳上になるんだね」というと、「いいもんじゃねぇよ、祝日生まれなんて」というものだから、ボクは毎年、間宮の誕生日を祝っている。
だから、今日、完成させなければならないのだ。プレゼントというにはあまりにも押し付けがましい愛を。
ボクは必死に筆を滑らせる。誕生日に花を贈るよ、必ず贈るよ。歪で下手な絵で悪いね。これをアナタが笑って受け取ってくれたら、ちゃんと言わせてくれないか。「好きだ」と。「痛いことをしてごめんね」と。「愛しているよ」と。
そんな思いで無我夢中になっていたから、ボクは一度もノバラの描いている作品に目を向けていなかった。言い訳をするならば、そんな余裕がなかったのだ。全身全霊を込めて、間宮に初恋を伝えることだけを考えて大切に描いていた。
しばらく無言の美術室は蒸し暑かった。とても、とてもさ。ボクは汗をぬぐった。チラリ、とその拍子にノバラを見ると、ノバラはタイミング良くぴたりと筆を動かす腕をとめた。そして一言、「出来た」と呟いたのだ。
そういえば、前に「なにを描いているんだい」と聞いたら、ノバラはたいそう美しく笑って「おたのしみに」と言って教えてはくれなかったな。完成したら、何を描いたのか教えてくれるだろうか。
そんな安易な理由で、「なにを描いたんだい?」と、ノバラに問いかける。するとノバラはゆっくりと微笑んで、こつんとキャンバスを一度たたたいた。
「死を。」
ぞくり、と全身に鳥肌がたった。
ノバラのキャンバスには真っ赤なつつじの花が無数に描かれていた。夥しい数のつつじの花に、まるで窒息でもしてしまったかのようにひとつだけ、真っ白な花が埋もれている。
な、んだ、この絵は。ぞわ、ぞわと、震えるカラダ。これが天才の描く絵なのか、いや、違う、なにかそれだけじゃなくて、なにか、
震えの止まらない指先で、真っ白なそれを指差す。つつじの花、とは似ても似つかないその花を、ボクはどこかで見たことがあるのだ。
ごく、と唾を飲み込んだ。
「この花は、野薔薇?」
「そう。ノバラ。死んでしまったノバラだ。」
「じ、つに。…素晴らしい絵だね」
「………本当にそう、思うのかい?」
ノバラは突然、くっくっくっ、と喉を鳴らして笑った。下をむいている彼の表情は見えない。ただ、狂気に満ちたその笑い声に、ボクはますます怯む。すこし顔を上げたノバラの髪の隙間から、今にも泣きそうな瞳が見えた。
「君は、何度も僕を殺すんだね」
「な、にを…」
「君は人殺しだ。」
「は、…キミは生きているじゃないか!」
「はは、ははは!!はははははは!あはは!ははははは!!!!!!」
唐突に、気でも触れたかのように嗤うノバラが、恐ろしくてたまらない。この、背筋に嫌な汗が伝うような、恐ろしさを…ボクは知っている。なぜ、知っている…?そうだ、少し前にも同じような感覚に襲われたのだ。おかしいじゃないか、ノバラは、もっと上品で優しくて、妖艶で、…?
で、なんだ?ボクが見ていたノバラは、一体なんだ?
ボクはノバラの何を、知っている?
ボクは間違えたのか。なにを間違えた。ボクはどこで間違えた。どういう、ことだ。声も上手くでないボクを、ノバラの鋭い眼光が射抜く。
「どうやら、くちづけても目は覚めなかったようだね、王子様!」
ノバラの、赤い絵の具のついた拳が、ボクの描いていたつつじの花を強く殴った。バァン!!と喧しく鳴り響いたその音に、ボクがぎゅうっと目を瞑ると、
「また、見えないフリかい?もううんざりなんだ!憐れまれたいのかい?なんだい?その被害者ぶった顔は!こんな僕の真似事のようなことをして、こんなに僕を惨めにさせて!!君がその顔をするのかい?!」
「やめろ、やめろノバラ!どうしちゃったんだ…!!」
「可笑しいね?それは僕が言いたいことさ!僕を愛していると、死にたいと、そう言っていつまでも僕の恋を食い散らかしている君に反吐が出そうでね、その唇で紡いだ言葉を忘れて他の男を抱く君があまりにも醜くてね!だから、だから君が望む通りにしてあげたのに、また僕を忘れてしまうなんて、また僕の息を止めるなんて!ああ!君はなんて卑怯なんだい?!どうして君は!!どうして君は、絶対に僕を愛してはくれないのかなぁ?!!」
まくし立てる、この怒声をボクは知っている。どうして、ノバラと出会ったのはこの美術室で、キミはいつも笑っていて、こんな姿初めて見たはずなのに、どうして、
「白いつつじは叶いやしない。」
表情を消したノバラの二つまなこから、こぼれ落ちたのは涙、だ。頬に付着していた赤い絵の具が溶けて、ぽた、ぽたと床を濡らす、その水滴の色は、まるで血のようだ。
「僕が何万回もう一度と願っても叶わなかったのだから!」
ボクはひたすらに、その床に落ちていく涙を眺めていた。知ってる、ボクは知ってる。彼から血が滴る姿を知っている。彼の微笑みを知っている。
息ができなくなるぐらい、首を締められたかのような感覚に眩暈がする。ぐしゃりと床に崩れ落ちるボクを、ノバラは無表情で眺めていた。
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