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1話
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脅迫、とはこういうことを言うのだろうか。僕は目の前に立つ男を一瞥し状況を整理してみてから、いややはり妙だと思った。
唐突な自己紹介で申し訳ないが、此度の事件に必要な情報なのでぜひ聞いてほしい。僕はドの付く貧乏な家の生まれである。ド貧乏な僕の家は築何年とも知れない古びた木造アパート。すきま風が冷たい、どころかまるで外のような家であり、雨漏りのしていない部屋はないし、台風の日には机に置いていたプリント類が宙を舞ったこともある。僕はそんな家で、会社員の母と二人暮らしをしている。
母は残業代の出ない残業で毎日帰りが遅く、帰宅はいつも二十二時過ぎ。その時間たいていのスーパーは閉まっているので、買い物はもっぱら僕の仕事だった。
僕は家の電気代節約のためにぎりぎりまで学校で勉強してから、図書館に行ってまた勉強している。図書館は二十時閉館で、その後ようやく買い物に行くのだ。どうしてこの時間に買い物をするのかというと、この時間ならありとあらゆる総菜が値引きされているからである。もちろん自炊することもある。しかし、いろいろ面で夜遅くに買い物をすることはお財布に優しいのだ。
さて、本題はここから。
僕はどうやらこの生活を目の前の男に見られていたようなのである。悪いことは何一つしていないし学校に隠しているわけでもないので見られても全く困らないのだが、今回は困ったことが起きてしまった。
曰く、「貧乏だとばらされたくなかったら俺の恋人のフリをしろ。してくれたら生活援助をしてやるし、貧乏だとばらさない」
おかしな脅し文句である。やはりこれは脅迫ではないかもしれない。なぜなら、僕にとって貧乏であることは何の弱みでもないからだ。だが、そう言ってこの場を退散するには僕の心をグラつかせ躊躇させる言葉がある。だから、困っている。
僕は目の前の男、クラスメイトの蔵屋零を見上げた。体育館裏、陰になった暗い場所にいるせいか、彼の顔はいささか鬼気迫っているように見える。
「えっと、うん。待って。僕は全然バラされても良いんだけどさ……」
「じゃあ援助してやらないぞ」
「うん、だからさ。えっと、そもそもなんで恋人のフリしてほしいの? そこだよ、聞きたいのは」
尋ねると、蔵屋はそのきりっとした眉をしかめて苦虫を噛み潰したような表情になった。
「ストーカー女に付きまとわれてんだよ」
「ストーカー?」
思ってもみなかったクラスメイトの悩みに呆気にとられながらも、僕はこれまでの彼に関する噂を思い出して納得した。
蔵屋は学年でも、というより学校全体として見て抜きん出て整ったルックスをしており、スポーツもできれば勉強もできるので、学年問わず告白が絶えたことがないらしい。蔵屋は全ての告白を断ってきたそうだが、告白してきた女子の多さから考えれば、そのうち一人や二人ストーカーに走る者がいてもおかしくないかもしれない。
あまりにげんなりした表情を見せる蔵屋に、僕はさすがに同情した。
「で、僕が蔵屋君の恋人のフリすればどんなメリットがあるの?」
「俺が男と付き合ってるってわかればさすがに相手もやめるだろ。だから」
「あー」
納得しようとしたが、ストーカー行為に走るまでの執着的な女子がそれくらいで諦めるだろうか、と疑問に思う。しかし、それを直接彼に言うのはあまりに望みが無くて可哀想だ。僕は黙った。
「やってくれよ。ほかの奴に頼んでも絶対断られるだろうし」
「だろうね」
「生活援助は食費代五万でどうだ?」
「ごっ、五万!?」
思わぬ大金に声が裏返ってしまう。そして刹那、頭の中にデミグラスハンバーグやほかほかの唐揚げといった大好物の幻影が浮かんだ。キラキラしたそれらに、五万あれば手が届く。
「なんだ、五万じゃ足りないのか? それなら……」
僕の反応を勘違いした蔵屋が金額を上げようとしたので、僕はすんでのところで我に返り蔵屋を押しとどめた。
「全然! 五万でも十分すぎるくらいだよ! そっか、そういうことなら、うん。恋人のフリ、しよっかなぁ」
僕の心はぐらぐら揺れて、そして陥落した。別に貧乏なことは弱みで無いが、食費五万援助の魅力は大きい。恋人のフリをして周りに男と付き合っているとばれるのもかまわない。生きるためにはなりふり構っていられないのだ。
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