アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
4話
-
おしゃれなカフェや雑貨屋が軒を連ねる繁華街まで歩いたところで、ようやく零が口を開く。
「あそこでジュースを飲もう」
彼が指さしたのは、どう考えても男二人で入っていくような店ではない、パステルカラーのピンクが特徴的なお店だった。案の定、外から見える客は若い女性ばかりだ。少し入りづらいが、ここならデートという言葉にぴったりだ。
「うん、行こう」
中に入ると、女性店員の「いらっしゃいませ!」という元気な声が店内に響いた。店員は僕たちに何の躊躇もなくすぐにメニューを取り出してくれる。
「今夏限定ドリンクもありますのでぜひー!」
そう言われレジに並ぶように促された。どうやら自分たちの番がくるまでに決めるらしい。
僕は定番のメロンソーダを指さそうとして、その価格に度肝を抜かれた。たったメロンソーダ一杯なのに九百円! アイスクリームも何も乗っていないし、スモールサイズなのに九百円だ。よく見れば容器がかわいらしくデコレーションされていて、七色に光るだのストローにアクセサリーが付くなどするらしい。そんなものはいらないから四百円くらいで飲ませてはくれないのか。
「決めた? 俺はザクロとレモンのさわやかソーダにするつもり」
零に聞かれ、僕は首を横に振った。せっかくの雰囲気を壊して申し訳ないが、白状するしかない。
「ごめん、僕は払えなさそうだから、零だけ選んで」
美味しそうなものは見ているだけで腹が膨れる。だから問題はない。
こういうことはよくある。食べたかったものが食べられないなんて、小さい頃から何度も経験済みで何も特別なことではない。しかし、零はそうは思わなかったようだ。彼は「やっぱりさっきのやめた」と言って、なんと今夏限定千五百円もする目玉ジュースを選んだ。
なぜ突然注文を変えたのか、よくわからないがそのまま俺たちの番が来て、零は本当にそれを頼んだ。そして何やらストローはカップル用でなどと頼んでいる。
「テーブルに持ってきてくれるってさ」
零はそう言って、僕をテラス席へ移動させた。
一体どんなジュースがやってくるのか戦々恐々としている僕の前に表れたのは、ハワイアンな柄でデコレーションされた大きなカップ、中には透き通った青に点々とグリーンが浮かんだ南の島をイメージさせるジュース、そしてレモンの果実入り、とどめにはハート形に絡み合って飲み口が二つあるストローだった。
今までに飲んだことのないジュースに呆然としていると、「早く飲もうぜ」と促された。ストローに口を近づけると、零の顔もまた近くに来る。一緒に吸うと、ハートの通路をジュースが駆け抜けた。口の中にさわやかな甘さが広がる。しかし、僕はそんなことを噛みしめていられないほどドキドキしていた。
な、なんだろう。なんでこんなに……。
ちらりと零の様子を確認すると、彼の長い睫毛が見えた。その細やかさにまで、どうしてか胸がきゅんと鳴っている。
唇を離し零の顔を見ると、彼は真っ赤になっていた。僕も、自分の顔に熱が集まっているのを自覚していた。
「い、意外と、ドキドキするな」
「うん……」
それだけ感想を言い合って、ジュースが美味しいねなんては一言も言えなかった。味なんて覚えていない。ただ、零の美しい顔がすぐ近くにあったということだけを覚えている。
店ではお互いにずっと緊張したまま、ゆっくりすることもなかった。僕たちは店を出てまた歩いた。特に行く当てもない。
零の隣を歩きながら、僕は変な感覚に襲われていた。この間までなんともなかった彼の隣が、やけに緊張する。こんなの今日が初めてだ。きっかけはどこだったろう。そうだ。肩を抱かれて、零の首筋に柑橘の匂いが漂ったとき。あのとき、ドキリとした。
そのとき、ちょんっと手を触られた。びっくりして零を見上げると、彼は申し訳なさそうに俯いて「ごめん」と謝った。
「手、繋いでもいいかと思って」
「あ、あぁ、うん。いいよ」
差し出した手を、零はすぐに握ってきた。彼の手は、思っていたより大きくて僕の手をすぐに包み込んでしまった。
僕の手は汗ばんでいないだろうか。どうでもいいことなのに気になった。そしてそのあと、彼の手が僕以上に汗をかいているのに気がついた。彼を見上げると、どこかそっぽを向いてしまっている。僕は自分の鼓動が、この手を伝わって彼に伝わってしまわないか不安になった。
ただの恋人のフリなのに、まるで本当の初恋のように緊張している僕が、どうか彼にばれてしまいませんように。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
4 / 7