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5話
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それからも僕たちは恋人のフリを続けた。さすがにキスやそれ以上のことはしなかったが、手をつなぐことは頻繁にあった。僕はそのたびに緊張して、ドキドキして、零に惹かれていることを自覚しないではいられなかった。
零は優しいのだ。手をつなぐときはいつも必ず確認をして、僕を気遣った。僕が那奈にノートを貸しているときは、代わりに見せてくれた。二人で一つのノートを覗き合うことがこんなに彼を意識させるなんて知らなかった。
零へのストーカー行為は未だ無くならないらしい。しかし、僕はもしそれが無くなったとしても、「恋人のフリ」以前の関係に戻りたくなかった。
もう少しでフリを始めて一ヵ月。五万円の支払日が近づいていた頃。
昼休み、委員会の仕事で校内を奔走していた僕は昼休み終了間際にようやく解放された。委員長よりも副委員長の僕が使えるからという理由で雑用を任され重労働。くたくたになって教室に戻る途中、昇降口の前を通った。
もうすぐ5時間目が始まるということもあり、人の気配はない。しかし、僕は通り過ぎるその一瞬人影を見た。立ち止まりよく見てみると、それは零だった。零は自分の靴箱の前に立っている。僕はすぐに、彼がまたストーカーからの手紙に悩まされているのだと思った。声をかけようと一歩足を踏み出したとき、視界に映った光景に僕の喉は音を発さなかった。
彼はポケットから出した白い封筒を自分の靴箱に入れていた。そしてすぐにこちらに走ってきた。僕はすぐさま陰に隠れて、彼が去っていくのを待った。
心臓がどきどきと鳴っている。今のはどういうことだ?
僕は零の靴箱に近寄って、多少の罪悪感に苛まれながらもその中を見た。中には彼が今入れた手紙が入っている。宛名は「零くんへ」いつものものだ。まだ封は切られていない。彼は中身を見ていない。
僕はその手紙を見つめながら、自分が大きな勘違いを……いや、この1か月彼に騙されていたのだということを悟った。ストーカー女なんて存在しなかった。ずっと彼の自作自演だった。しかし、不思議と怒りは湧いてこない。それよりも、僕はなぜ彼がこんな嘘をついたのかということが気になった。
僕は手紙をもとのように彼の靴箱に戻した。その時ちょうど5時間目開始のチャイムが鳴って、僕は急いで教室へ走った。
放課後、いつものように二人で教室を出た。僕は努めて自然を装った。零はいつも通りあまり喋らないが、僕の異変には気が付いていない。
昇降口で、僕は零の様子を観察した。彼は靴箱を開けた瞬間、いつものように眉をひそめた。どうしてそんな演技をしてきたのだろう。僕は純粋な疑問を、彼に直接向けた。どう切り出そうかなんて考えもしなかったのだ。
「その手紙、自分で入れてるんでしょ」
そう口にしたとき、僕たちを包む空気がぴしりと音を立てて止まった。風すら感じられない固まった空間。しかし僕は、彼を追い詰める気などさらさらない。
僕は手紙を持ったまま動かないでいる彼の手に、自分の手を重ねた。そのときやっと零は僕を見てくれたが、その目は深い絶望に満ちていた。僕はその表情に驚いて、目を見開いた。
「どうしてこんなことしたの。怒ってないから、教えて」
そう言っても、彼の目からは絶望が消えなかった。そしてその目からは一筋の涙をこぼれていた。
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