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「確かに、あのシーンは雨が降っている海辺の方が格好つくでしょうけど」
「……言いたいことは分かるよ」
「ちょっと心配ですよ。ここに来るまでで既に4ヶ所は意図的に変えてますよね。あんなに変えちゃって、大丈夫ですか……?」
「絶望に満ちた旅の始まりに光芒じゃ、締まらないでしょ?」
「……ですか」
バックミラー越しに、整った顔が苦笑するのが見える。
天気は徐々に回復し、晴れ間も見えてきた。
大学の先輩の取材旅行に、俺はアシスタントとして携行している。都市部を離れた街道から、海沿いの鄙びた田舎町を通り、今は宿に向かう道の途中だ。
俺に同行を依頼してきた小説書きの先輩——松戸千明さんとは、高校文芸部からの付き合いだ。若くして数々の受賞歴があり、非凡な才能の持ち主と言われているが、なぜか文芸サークルにも所属している、本物の小説バカと言える。
取材先に東北一帯を選んだのは、今度手掛ける小説の舞台にしようと思ってのことだそうだ。頼まれたのは旅費の計算や宿泊先の手配など実務的なことだが、俺は自主的に、旅の記録を備忘録として書くことにした。
罫線が引かれた一般的なノートを開き、今日の天候や通ったルート、訪れた場所を書き込んでいく。
当初は彼の創作活動の役に立てば、と思っていたが、その目的は微妙に変化してきていた。
松戸さんの書く小説の描写が、少し異様だからだ。
主人公が、俺たちの辿ったルートをなぞるように行動し、物語が展開していく構想らしい。
だが、松戸さんは何故か、実際起きたこととは別の何かを描写している。季節を外れて狂い咲く花、鳥の鳴き声……。
先程の砂浜でもそうだった。
分厚い雲の切れ間から光芒が降り注ぐ光景に、雨を幻視し、メモにはそのように記述されていた。こういった「脚色」がすでに多岐に渡っているのだ。
整合性の破綻も心配だが、その行動に何か不穏なものを感じた。インスピレーションを大事にするのは作家なら当然のことだし、柔軟だとか想像力が豊かだとか言ってしまえばそれまでだが——
「……何もそんなところまで、奥の細道をリスペクトしなくても」
松尾芭蕉の著した紀行文「奥の細道」は、同行した曽良の旅の記録「曽良旅日記」と食い違う記述がいくつもある。実際の天気や、目的地までの所要日数など……「奥の細道」を読み解くのに、「曽良旅日記」は大変重要な資料であったらしい。
東北の内陸側から太平洋沿岸部へ、男の二人旅。片方は非凡なる才能を持ち、現実すら自分の都合で塗り替えてしまう——
そんな共通点を持ち出して、わざと聞こえるようにぼやいた。あの人好みの冗談だ。
「文芸部の人らなら、理解してくれると思うよ」
松戸さんは、若干歯切れ悪くそう言った。無意識下では後ろめたさを抱いてるのかもしれない。フーンと思いつつも俺は運転席のすぐ後ろまで身を乗り出して、追撃した。
「文芸サークル、っすよ」
「いいの! 横文字を使わない縛りを自分に課しているんだから」
「前見て運転してください」
うう〜、と口惜しそうに唸りながら、松戸さんは視線を戻した。
俺は再び後部座席に寄りかかった。
(何か……隠している気がするんだよな)
松戸さん主導の企画なんだし、そもそも彼の作品にとやかくいう権利はない。が——
(俺と同じものを見て、綺麗だなとか、楽しいなとか、それじゃダメなんすか……)
(いや……俺も欲張りになったもんだ)
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