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4 回想2
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とんとん拍子に話は進んだ。ルートや予定地のメモ、宿の手配、旅費の計算などの細々した作業は俺が一手に引き受け、松戸先輩が創作に集中できるよう、道具や環境を整える。
とうとう東北への取材旅行の初日の朝が来た。
荷物の積み込みを済ませ、助手席に乗り込むと、先輩が車のエンジンをかける。
ジワジワ言う蝉の鳴き声を束ねたBGMと、高く伸び上がる入道雲を見送り、車は軽快に進んでいく。
ノートに出発時間や天候、所感などを書き留めると、先輩がふふっと微笑んだ。
「何です?」
「いや、簡易版『奥の細道』みたいだなあって思ってさ」
「え」
「君が曽良で、僕は芭蕉」
いくらなんでもビッグネームに喩えすぎじゃないだろうか。
朝5時に出発したせいで、松戸先輩のテンションは一足先に上がり切ってしまったのかもしれない。ステアリングを握る先輩の美しい指だけが、トントンと躍っている。
早朝だからか高速までの道には誰もいない。車もまばらだ。隔絶された場所に入っていく時の高揚と不安が一層高まるように思えた。
そしてそれは、次第に、彼への気持ちと綯交ぜになっていく。
(ああ、二人きりだ。二人きりで、陸奥——この世の果てに行くんだ)
江戸時代、陸奥は未踏の地と言われ、「この世の果て」だと考えられていた。
松尾芭蕉に旅の同行を頼まれた河合曾良は、こんなことを思っただろうか?
笠に書かれていた「同行二人(どうぎょうににん)」は、仏教用語を拡大解釈したものだというが、師弟のブロマンス的な香りを感じ取ってしまうのは、俺が松戸さんに惚れているからかもしれない……。
改めて自覚すると、頬が熱くなる。
偉人とその付き人に、なんだか畏れ多い妄想をしてしまった。かぶりを振ってその妄想を打ち消し、努めて冷静に返事をする。
「……涙を流してる魚がいないっすね。鳥の代わりに蝉が鳴いてるし」
「ははっ。本当だね。魚の代わりに泣いてるのは誰かなあ」
そうして、見送る者のいない、陸奥への旅が始まった。
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