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1つの嘘
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目の前に突き付けられた剣の先、背中まで伸びる茶色の髪を軽くしばった青年のその紅の瞳は、冷たく地面へと押さえつけられたライザを見下ろしていた。
「なぜこのようなことをした?」
「・・・・。」
ライザは答えない、答えることができない。
理由は一つ、自分もそれを知らないからだ。
小国であるこの国が、大きすぎる力の差を持つ大国の一族に手をだしたその理由を・・・。
「陛下のご質問に答えろ!」
痛いほど強く腕をつかんでいる兵士たちが、じれたように怒鳴り声を上げる。
それでもライザは言葉を発することもできずに、この国では珍しい黒い瞳を下へと向けただひたすら耐えていた。
「エクステルの王子アースよ。其方それでも王子か。」
違う、俺は王子じゃない。
ライザはそれを口にすることもできずに、ただひたすらに唇をかみしめていた。
ライザは元は奴隷だった。
両親の顔は覚えていない、生まれてすぐに捨てられたのだろう。
彼の記憶は同じ年頃の子供と一緒に檻に入れられているところから始まっている。
男の子はあまり売れ行きがよくない、女の子ならば色欲にまみれた金持ちのところにわりとすぐに売れていくのだが男の子は育てなければ役に立たない。
だからだろう、檻の中には男の子しかいなく、身動きするのもためらうぐらいに押し込められていた。
そうして10歳になったころ、たまたま来ていた1人の兵士にライザは買われた。
男しか入れない、兵士用宿舎の小間使いとして買われていったのだ。
しかし、小間使いとは名ばかり、扱いやすい年頃だった彼は欲求不満の兵士たちに好きなように使われた。
性欲処理をさせられたり、遊びと称して暴力を振るわれることもあった。
それでも彼はひたすら耐えた。耐える事しかできなかった。
人はつらいことがありすぎると思考がまともに働かなくなる。
楽しいことも知らないライザの脳は恐怖で委縮しまともに動かなくなっていた。
「ぼーっとしてんじゃねぇよ。」
「・・・・ッツ。」
自分の半生に想いを寄せていたライザの背中が槍の柄で強く打たれた。
ああ、こういうのも久しぶりだ。
兵士たちに使われていたときはこうして打たれることも珍しくなかった。
そんな生活が変わったのは、15歳になるころ・・・。
この国では珍しい黒髪黒瞳に目をつけた王子の側近が彼を王子の影武者として召し抱えた。
影武者になってからは、王子と似た体型になるようにと沢山食べさせられ、労働もなく近くに置かれていままでとは生活が一変した。
正直髪と瞳の色以外あまり王子には似ていないのだが、適任が他にいなかったのだろう。
生まれて初めての穏やかな日々だった。
それが去年のこと、穏やかな日々は一年で終わりをつげた。
(本当に早かったな・・・。)
いいことなど何もない、自分の人生に想いを馳せていると不意に笑えて来た。
「くくっ・・・。」
「何を笑っているんだ!?」
想い返しても碌でもない人生だった。
どうせこの先も碌なことはないだろう、ならここで終わるのもいいのかもしれない。
ライザは生きることをあきらめていた。
「殺せ・・・殺せばいいだろ。」
「なに?」
「絞首刑か?それとも斬首刑か?ああ、なぶり殺しってのもあるか・・・。この国の王子の死にざまだ。派手にやったほうがいいだろ?」
その口調はとても己の事だとは思えなかった。
まるで他人事のようなその口調に、違和感を持ったのは今現在その命運を握っているシャルズ国国王キルディアその人だった。
「随分な言い方だな、自暴自棄になっているのか・・・それともなにか企んでいるのか?」
「企む?この状況で何を企めるというんだ?どうせ殺すんだ。早くやればいいだろ。」
「・・・・言わない・・・か・・・。」
ライザの言葉をどう受け取ったのかキルディアは少し考えるようにした。
「・・・・誰かあれを・・・。」
「はっ!」
その命令に即座に動いた兵士が差し出したのは一つの首輪だった。
「これがなにかわかるか?まあ王子ならば知らないだろうが。」
返事を返す前に、兵士による説明が始まる。
要約すると、逃亡防止の機能がついた奴隷用の首輪だ。
(知りすぎるほどに知ってるけどな。)
一年前まで、奴隷だったのだからライザにとってそれは見慣れたものだった。
これは契約者から一定以上の距離をとる、またはその身に危害を加えようとすると毒のついた針が飛び出すというものだ。
そんな首輪がライザの骨が浮き出るほど細い首に再びはまった。
(ああ、自分はこの首輪から逃れられない運命なんだ。)
「よく似合っているじゃないか。」
「だろうよ。」
「本当に、気に食わないものいいだ。まあいい、これでもう逃げられないだろう。こい、お前にお前たち一族の罪をみせてやろう。」
襟首をつかまれ、立たされたライザは騎士たちに追い立てられつつ城のなかを歩かされることになった。
あちらこちらに転がる兵士や騎士の死体、血なまぐさい臭いが漂う赤く染まった絨毯の上を歩く。
「この者たちを殺したのはお前たちだ。我が国の属国でありながら反抗したことの重大さがわかるか?」
(わかったからと言ってどうだというんだ。そもそも殺したのはお前たちだろ?)
どうせ下の者はすべてを上にゆだねなくてはいけない、それに反することなど求められていないとそう考えているライザにとってその光景にはなにも思うことはなかった。
しかし、しばらく歩いているとその目線は一点で止まった。
そこに死んでいたのは、奴隷として扱われていた間ライザを散々いたぶっていた者たちだった。
その様子を見ていれば、知らず知らずのうちにその口角が上がった。
(ざまあみろ。)
そんな言葉が彼の脳裏に響く、感情もすべて消えたはずだったがそれははっきりと思った。
「なにを笑っている?」
しかし、それは表情の変化を注意深く観察していたキルディアに気づかれてしまった。
この国の王族のせいで、大国に押し入られその性で命を落とした者たちである。
普通ならば、心を痛めるべきだろう。
だが、その王族でもなくどちらかといえば被害者のライザには関係ない。
「申し訳ないと思わないのか!?」
「・・・・逃げる事もできたはずだ。」
少なくとも自分のような首輪をしているわけじゃないのだから、逃げようとすれば十分に可能だろう。
「それが職務を全うした者たちに対するお前たちの考えか・・・。つくづく愚かだ。」
ここで王族であることを否定すればよかったのだろう、どうせよく調べればわかることだ。
いくら黒髪黒瞳が珍しいとはいえ、顔は似ていないし体型も違うのだからわかるだろう。
それなのに、この時ライザはそれを口にしなかった。
どうしてかと言われてもきっと答えは出ない。
素直に答える気にならなかった。
「あんたは・・・心が痛むのか?」
「俺はそもそもこのような愚かなことはしない。」
(だろうね。)
散々な目にあわされてきたからこそ、その人の放つ気配でなんとなくわかるものがある。
キルディアはライザが関わってきた人物とはまったく違う気配を放っていた。
上に立つ者の責任と重圧を知っている、傲慢で強欲なだけの者たちとは違う。
「国民を苦しめ、傍若無人を繰り返し、あげく消してかなわぬ大国に反抗する。そのようなことはしない。」
こういうならキルディアが治める国には貧困があふれていないのだろうか。
路地にでれば、物乞いやスリが横行し、食に困った親が子供を売る。
そんなことはないのだろうか・・・。
奴隷として生きてきたライザにとってそれは信じられないものだ。
(奴隷用の首輪があったんだ、そんな国が存在するはずがない。)
所詮口先だけの物か、見えていないだけだろう。
まともな反応をしないライザに呆れたのか、背中を押す手つきが更に荒々しくなった。
「この城の中は随分豪華なつくりだな。この金はどこからでていると思う?」
どこと言われても彼にはわからない、そもそも金額が想像できないのだ。
豪華なこと、金がかかっていることはわかっていても自分のみてきたものとは差がありすぎてどのくらいの金があればこれが可能なのかもわからない。
「知らない・・・。」
「この金はお前らが国民から搾取したものだ。国民が汗水たらして稼いだ金でお前たちは贅沢の限りをつくしていたんだ。」
「それが上位の者というもんだろ?」
下位のものたちの都合なんか考えない、少なくとも自分はそんな者としか会ったことはない。
そう返せば、キルディアの雰囲気が更にとげとげしいものとなった。
「どうやら自分の目で見なければわからないようだ。」
忌々しいものを扱うように、騎士に命じ城下町へと連れ出した。
城下町もひどい有様だった。
何の準備もなく攻め入られたのだ。
何も知らされていなかった国民は混乱し、逃げ惑ったのだろう。
道には色々な物が散乱し、屋台は壊れ、人々は悲壮感をにじませていた。
攻め入ってきた国の騎士たちを、おびえた目で見つめている。
(ああ、同じ目だ。)
怯えと警戒に満ちたその瞳には見覚えがあった。
奴隷として集められていたとき、よくこんな瞳をみた。
下町にいけばもっと色を失った瞳を見ることもできるだろう。
路地裏の方には自分と同じような子供たちがいるのだろうかとそう思ってライザがその目を巡らせた瞬間、何かが飛んできた。
「ッツ・・・。。」
見ればそれは石だった。
どうやらこちらを見ていた民衆の一人が、彼を王子だと思い投げてきたものらしい。
「お前たちのせいだ!」
1人が投げると気持ちの行き場をなくしていた民衆たちの怒りは矛先を見つけたように、次々と石を投げだした。
(ああ、こういうつもりだったのか。)
投げられる石はそれほど大きくはないものの、確実に逃げ場のないライザを捕らえ傷をつけていく。
多くの人々に石を投げさせて、死に至らしめる刑がありこの方法ならば確かに民衆の溜飲を下げることもできるだろう。
(一番いい舞台は、広場の真ん中だろうな。)
「何をする!やめろ!」
このまま、処刑場となる広場まで歩かされるのだろうと思っていたライザの予想に反してその行動を止めたのはキルディアだった。
その言葉に応じ、騎士たちが石を構える民衆たちに剣を向ける。
「これをどのような刑に処すかは我らが決める!」
剣を向けられた民衆は怒りを買ったと思ったのだろう、怯えた表情となり石を投げるのをやめその場にひれ伏した。
「いくぞ。」
ぼんやりと、その状況を見ていたライザの腕をキルディアが強く掴んだ。
痛いぐらい強く掴まれ、そのまま再び城の中へと戻される。
どうやらあれは不可抗力で、石打ちの刑に処するわけではなかったようだ。
「油断していた。」
そう言ったキルディアが、不意に何かに気づいたようにライザを見た。
その目はライザの手首に注がれていた。
「こい。お前たちは下がれ!」
あろうことか騎士たちを自分の傍から放し、手近にあった部屋へとライザを連れ込んだ。
連れ込むと荒々しく、扉を閉めるとライザを壁へと押し付けた。
「イッ・・・。」
声をこらえる癖がついている性でうまく痛みを訴えることもできずに呻くが、それを気にされる様子もなくキルディアは無造作にライザの服をはがした。
「なんだこれは?」
そこには長年の奴隷生活によってつけられた傷が、痛々しいほどの跡になり肌のあちらこちらに残っていた。
(あー、バレたか。)
これは逃れようがないと、あきらめていたライザは次の展開を考えていた。
兵士たちの慰み者に逆戻りだろうと、先ほど見た兵士たちの顔を思い出す。
「誰にやられた?」
誰にと言われても、ライザは正確には答えられない。
正直人数が多すぎるし、そのほとんどの名前も知らない。
沈黙の意味を読み取ろうとキルディアは考えたのだろう、その顔はなにかを考察するものへと変わった。
「・・・まさか・・・教育係か?」
出された結論はライザの考えているものとはまったく違う物だった。
しかし、この時言われたライザも勘違いをしていた。
確かに教育係、元言い調教師も傷を作った者の一人だったのだから間違いではない。
だからこそ、彼はためらいながらも頷いたのだ。
「甘やかされて育っていると思っていたが・・・そのようなことはなかったのだな。」
そう言えば今度はキルディアの顔は気遣うような表情となった。
(不思議な顔をする・・・。)
嘲笑われることや、怒られることはあっても気遣われることはなかった彼にとってそれは不思議な表情だった。
「そうか・・・。会わせるつもりはなかったが両親に会うか?」
先ほどまで、厳しく接していたのを気にしたのかそう持ちかけるがそれが誰のことを指しているのかライザには咄嗟に理解できなかった。
(両親・・・なにを言っているんだ?)
そうして少し考えたところで気づいたのだ、いまだに自分が王子だと勘違いされているということを・・・。
そんなに王子らしいかと改めて考えるがそんなことはないだろう。
「どうした?会いたくないのか?」
どうやら黙っていると更に話は進んでいくらしい。
そう感じたライザは小さく頷いた。
大体、顔も碌に知らない王や王妃に会ってもなにもわからない。
王や王妃はライザの顔を見れば恐らく王子として扱うだろう。
本当の王子が他国に逃亡したのだから、王子のニセモノだとバレるのは困るだろう。
「そうか・・・。あまりよい立場ではなかったのか・・・。」
それは大きな勘違いではあったが、この時からキルディアの態度は軟化していった。
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