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瓢箪から駒⑧
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試験当日
桐楠大附の学校内の案内は生徒会がやっていたので、秋月先輩と蒼ちゃんが校門の前で待っていてくれた。
二人が並んでいる姿があまりにも自然で、やっぱり胸が痛む。
でも、何だか胸と同時に胃がキリキリと痛んでいるような気がする。
この3日間、食欲がめっきり減っていた。
そんな俺に
「葵君?具合悪い?」
秋月先輩が出会い頭に声を掛けて来た。
「え?何でですか?大丈夫ですよ」
必死に笑顔を浮かべると
「顔色が悪い気がする。体調が悪かったら、保健室で受験も出来るから言うんだよ」
俺の目線に合わせて少し屈むと、秋月先輩が俺の顔を覗き込む。
大好きな漆黒の瞳が、俺を心配そうに見つめている。何故だか分からないけど、それだけで涙が出そうになった。
受験日だからかな?
何だか気持ちが弱っている気がする。
「はい、ありがとうございます」
弱気の自分を悟られないように笑顔で答える俺に、秋月先輩が胸ポケットからお守りを取り出した。
「これ、受験のお守り」
そう言って俺の手と章三の手に握らせたお守りには秋月先輩の温もりが残っていて、寒さで冷たくなった掌に優しい温もりが広がる。
「応援しか出来ないけど、頑張ってね」
微笑む先輩の笑顔が眩しくて、思わず俯くと
「翔…お前、馬鹿じゃないの?お守りって、試験当日に渡すもんじゃ無いだろう。」
呆れた顔で呟いた蒼ちゃんに、翔さんは慌てた顔で
「え!ごめん。2人の受験の邪魔になるからって、蒼介が葵君達に会わせてくれないから…」
そう答えていた。
「当日渡されても迷惑だよ。ごめんね、あおちゃん。馬鹿な奴で」
呆れた顔の蒼ちゃんが俺のお守りを取ろうと手を伸ばしたが、俺は慌てて自分の胸ポケットにお守りを入れて
「ううん、ありがとう。まだ受験はいくつかあるし、大切にします」
そう言ってお辞儀した。
「あおちゃん…本当に優しいよね。翔、あおちゃんに感謝しなよ!」
俺を抱き締めて叫ぶ蒼ちゃんに、秋月先輩が苦笑いを浮かべている。
抱き着いていた蒼ちゃんが俺から離れると、秋月先輩は俺と章三の頭をわしゃわしゃと撫でて
「頑張って来い。そして春、此処で会おうな」
そう笑顔で言ってくれた。
俺はその言葉が嬉しくて、そっと胸ポケットのお守りに触れる。
単純って笑われるかもしれないけど、不思議と胸と胃の痛みが消えたような気がした。
「翔!あおちゃんと章三の第一志望、うちの学校じゃないから!」
「え!そうなの?それは残念」
翔さんの言葉に突っ込む蒼ちゃんと、それに苦笑いを浮かべる翔さんに再び胸…嫌、胃がキリキリと痛み出す。
「じゃあ、俺等もう行きます」
章三はそう言うと、俺の背中を軽く押した。
「うん、頑張って来てね」
蒼ちゃんはそう言いながら、俺と章三の手を握って
「パワー、送ったからね!」
って綺麗な笑顔を浮かべた。
俺達は蒼ちゃんに頷くと、2人に手を振って分れた。
受験票の番号の貼られた席に座り、国語、英語、数学と試験が進んで行った。
胃の痛みがキリキリからズキズキになって来たけど、なんとか無事に3教科の受験が終わる。
痛みが辛くなる度、秋月先輩から貰ったお守りが入った学ランの胸ポケットに触れる。
秋月先輩が応援してくれてる。
それだけで、最後の力を振り絞って3教科の試験を無事に終えた。
これ…5教科だったら、完全にアウトだったと思う。最後の科目の試験が終わり、解答用紙が回収された瞬間だった。
酷い吐き気に襲われて、試験官に声を掛けてからトイレに駆け込む。
脂汗が流れる程の胃痛と嘔吐に襲われ、もう、胃液も出ないくらいに吐いた。
何度も意識が遠のきそうになり、必死に胸ポケットのお守りを出して握り締めた。
座っているのも辛くて、トイレの中で小さく蹲っていると、トイレのドアがノックされる音が聞こえた。遠のく意識の中、俺は必死にドアの鍵を開ける。
「大丈夫か!」
倒れ込むようにトイレの個室から出ると、俺を抱き留めた腕に声を掛けられる。
鼻腔を掠める、嗅ぎ覚えのあるメントール系の制汗スプレーの香りにホッとした。
(翔さんかな?又、助けに来てくれたのかな?)
少女漫画じゃあるまいし、そんな都合の良い偶然がある訳ないって分かってる。
抱き留めてくれている人が何か言ってるみたいだけど、良く聴き取れない。
逞しく鍛え上げられた胸に顔を埋め、大好きな人と同じ制汗スプレーの香りに埋もれながらゆっくりと意識を手放した。
「翔…さ…ん……」
最後の力を振り絞り、大好きな人の名前を呟きながら…。
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