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瓢箪から駒⑨
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『……い あお…い』
鈴の音と一緒に懐かしい声が聞こえる。
霧のかかる靄の向こうに、幼い子供を抱いて微笑む男性の姿が見える。
(誰?)
ぼんやりとその姿を見ていると、写真で見た親父の姿がそこにあった。
『葵、俺の大切な葵。』
愛しそうに小さな子供を抱くその人は
『お前の成長を見守れないけど、ずっとずっとお前を愛しているよ』
その光景を見ていて気付いた。
(あのちいさな子供は俺で…、俺を抱いている男性は親父だ。)
ぼんやりとその光景を見ていると、男性と目が合う。写真よりもずっと細身の、線の細いその人は俺を見て笑顔を浮かべた。
『葵?葵だね?大きくなったね』
その人のひんやりと冷たい手が、俺の頬に優しく触れる。
その瞬間、瞳から涙が溢れ出す。
『この学校へおいで。此処には私の魂が残っている。お前を守ってあげられるから…』
親父の声が遠くなって行く。
(待って!俺、聞きたい事があるんだ!親父、行かないで!)
手を伸ばして親父を追い掛けようとしたその時
「葵!」
握られた手の強さと、章三の声で目が覚めた。
ハッと目を開けると、そこには心配そうな顔で俺を見下ろす章三と蒼ちゃんの顔があった。
「あおちゃん、大丈夫?」
心配そうに俺の頬に蒼ちゃんの手が触れる。
温かい優しい手。
「うん、大丈夫。それより此処は?」
辺りを見回すと、どうやら医務室らしい。
俺の手には点滴がされていて、自分が倒れた事に気付いた。
「俺…」
ぼんやり呟くと
「翔が、あおちゃんがトイレに駆け込むのを見たって言って…。翔が真っ青な顔のあおちゃんを抱えてトイレから出て来た時はびっくりしたよ!」
目に涙を浮かべて話す蒼ちゃんに
「ごめんなさい」
と、俺は心からの謝罪を口にした。
「え?そうなの?それで…翔さんは?」
お礼を言おうと視線を巡らせると、入口近くでこっちを見ている翔さんが視線に入った。
「翔さん、ごめんなさい…。あの…ありがとうございました。」
ポツリと呟いた俺に、秋月先輩は心配した顔で
「葵君、無理しないように言ったよね?真っ青な顔で倒れ込んで来た姿を見た時は、心臓が止まるかと思ったよ。それは、蒼介も章三も同じ気持ちだったと思うよ」
と、少し怒った口調で言われてしまう。
(嫌われたよな…)
って、悲しくなって布団を顔まで引き上げると
「翔!あおちゃん、傷付いちゃっただろう!お前、本当にデリカシー無いな!」
布団の向こうで、蒼ちゃんが翔さんに文句を言ってるのが聞こえる。
蒼ちゃんが秋月先輩に文句を言っていると、2人の会話を遮るように医務室ドアが荒々しく開く音が聞こえた。
「翔さん、何度も言っていますが…私はあなたのお抱え運転手では無いんですよ!」
と、声の感じからすると大人の男性の声が聞こえる。
「田中さん!」
心無しか、蒼ちゃんの声が明るく聞こえたような気が…?
「良かった…。田中さんが来てくれたんなら、安心だよ。タクシー呼ばなくちゃって考えてたから」
安心したように呟く蒼ちゃんの声に、俺は布団の中で小さくなっていた。
「蒼介さん?今回はあなたが病人じゃないんですか?」
声の主は呼び出されるのがいつもの事なのか、呼び出されたことに驚くより、連れ帰る相手が病気の蒼ちゃんじゃ無い事に驚いているようだった。
「いつもすみません。今日は僕じゃなくて、幼馴染みなんです。」
布団を被っていて状況が良く分からないけど、どうやら俺の話をしているようだった。
すると医務室の保険医が現れたらしく、何やら秋月先輩が呼び出した人と話している声が聞こえる。保険医の話では脱水状態になっていたらしく、安静と言われていた。
秋月先輩に呼び出された人は、真剣に保険医の話を聞いてから
「では、彼を車まで私がお連れしますね」
と、話す声が聞こえた。
俺はその声に慌てて
「大丈夫です!自分で歩けます!」
と、飛び起きて…目眩で貧血おこして倒れそうになり章三に支えられる。
「葵、顔色まだ悪いから動かない方が良い」
章三がそう言うと、章三までもが俺を抱き上げようとした。
「良いよ!恥ずかしいから!」
必死に抵抗する俺に
「具合が悪いのに、恥ずかしいも何も無いだろう!大人しくしなさい!」
って、秋月先輩が怒鳴って来た。
俺がびっくりしていると
「抱きかかえられるのが嫌なら、ほら」
と言って、翔さんが背中を俺に向ける。
「?」
疑問の視線を投げると
「背負うから、乗って」
そう言われてしまう。
「嫌だって選択肢は…」
「無い!」
きっぱり言われて、俺は渋々秋月先輩の背中に背負われる形で車まで運ばれた。
秋月先輩の背中は大きくて、メントール系の制汗スプレーの香りに、やっぱりあの時に助けてくれたのは秋月先輩だったんだと思うと、何だか安心してしまった。
秋月先輩の背中でウトウトとしていると、小さい声で蒼ちゃんと秋月先輩が何かを話す声が聞こえる。低く響く先輩の声が、子守唄みたに感じた。
車に着いて後部座席に座ると、誰かが俺の頭をそっと肩に乗せてくれる。
ふわりと香る香りに、秋月先輩が肩を貸してくれたのかな?って思いながら目を閉じた。
「あおちゃん、横になった方が楽だよ」
って蒼ちゃんに言われて、眠い目をこすりながら頷く。誰かの大きな手が、労わるように身体を横にしてくれて、硬い太腿の上に頭を乗せてくれた。この感触は…章三かな?
どうせなら、秋月先輩が良かったのになぁ~って考えながらゆっくりと目を閉じた。
俺はこのまま、泥のように眠りに堕ちて行った。
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