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生々流転②
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「分かってはいるんだけどね…。本当に勿体ないと思うんだよ。一度、うちの会社のブライダル事業でモデルをやってもらったんだけどね。ポスターが貼っても貼っても盗まれて大変だった」
思い出すように呟く先輩のお父さんの言葉に、俺は思わず興奮して立ち上がる。
「え!あれって、先輩のお父さんの会社だったんですか!俺、あのポスターを大事に宝物にしています!」
興奮して叫んでしまい、母さんに睨まれてしまった。
あれは一年前
新しい結婚式場のCMがテレビで流れて話題になった。
教会のバージンロードを楚々と歩く美しい花嫁。
最初はウエディングベールを被っていて、顔を見せていない。ゆっくりと祭壇へと歩く花嫁を、優雅な足取りで笑顔を浮かべて迎える花婿。
最後に誓いのキスでベールを上げ、登場したのが絶世の美女…ならぬ蒼ちゃん。
誓いの声は女性の声が当てられていたし、メイクがかなり施されていたから俺達身内でさえ分からないくらい変身はしてたけど…。
新郎に誓いのキスをされ、喜びに涙を流す。
そう、あの清楚さや可憐さは蒼ちゃんだからだと思う!あれは…幼馴染の俺でも興奮した。
話題になったのにも関わらず、モデルの女性の正体が不明と言うのも注目を浴びる要因の1つだったように記憶している。
ポスターは貼っても貼っても盗まれて、蒼ちゃんがモデルをした式場は話題になった。
俺は嫌がる蒼ちゃんに頼み込んで、ポスターを一枚だけ無理矢理貰ったっけ…。
思い出して…、俺はさっき入って来た人物の顔を見た。見て…
「あ!あの時のCMの新郎役の人!」
思わず立ち上がり、指さして叫んでしまった。
「あおちゃん!指差さないの!失礼でしょう!」
慌てて母さんに怒られてハッとなり
「すみません」
と小さくなって再び席に座る。
そんな俺を見て、秋月先輩が笑いを堪えている姿が横目にチラリと映って恥ずかしくなってしまう。
「蒼介君に話題を持っていかれて、お前の影がすっかり薄いな」
その人に先輩のお父さんが小さく笑って言うと
「結婚式の新郎は、刺身のツマのようなものです。新婦が目立ったのでしたら正解かと…」
その人はそう答えて微笑み返した。
そして俺にゆっくり向き直すと
「では、改めまして。私は秋月社長付きの秘書をしております、田中陽一と申します」
そう言って深々とお辞儀をした。
「あ…はい。神崎葵です。」
俺はつられてお辞儀してから
「え?秘書?」
と、思わず呟く。
すると先輩のお父さんが笑い出し
「翔の関係者はみんな、田中を運転手だと思っているからな…」
そう言った。
「ええ。翔さんは何でもかんでも、私を呼び出しますからね」
「良いだろう?最終的に、田中は私専属の秘書になるんだから」
三人の会話がとても微笑ましくて、俺も母さんも自然と笑みがこぼれた。
「陽一は元々、私の事務所のモデルでね。人気があったんだよ。私としては続けて欲しかったけど、本人の強い希望で学生時代のみモデルとして活動してもらったんだ」
「私は秘書の方が性分に合っていますので…」
田中さんは顔色一つ変えず、先輩のお父さんの言葉を交わす。
「でも、大事な案件の時だけは、未だにモデルを頼んでいるんだ。陽一はね、相手のモデルの一番良い顔を引き出すのが上手でね。」
先輩のお父さんの言葉に、俺は凄く納得だった。
確かに蒼ちゃんは綺麗なんだけど、大の写真嫌いで…。いつも出来上がった写真を見る度、実物の方が全然綺麗なのに…って思っていた。
だからあのCMを見た時、本当に凄いと思ったんだ。蒼ちゃんの持っている清潔感と透明感。
内側から溢れる美しさが全面に出ていて、プロは違うな~って。
「毎回、どんな魔法をかけるのだか」
先輩のお父さんが呟くと、田中さんは微笑んで
「企業秘密です」
そう答えた。
俺はCMの事を思い出して
「あ!そう言えば…、あの誓いのキスって本当にしたんですか?」
と、素朴な疑問を口にした。
映像では蒼ちゃんの顔が田中さんの影になっているので、キスしているようにも見えるし、していないようにも見える。
俺の問いに、田中さんは曖昧な笑みだけを返して答えてはくれなかった。
(大人の男性って感じだよな…)
思わず田中さんの顔をじっと見つめてしまう。
元モデルというだけあって、綺麗な顔立ちをしている。そして醸し出す雰囲気は、今まで出会った事の無い大人の色気が漂っていた。
それにこの声が揃っていたら、口説かれた女性はイチコロだろうなぁ~。
田中さんの声は、甘く響く良い声をしている。
(神様って、二物も三物も与えちゃうんだなぁ~)
って思いながら、つい、ジッと田中さんを見つめていたらしい。母さんが俺の耳を引っ張り
「あおちゃん、見すぎ!」
と、小声で注意して来て、ハッとして視線を一度逸らした。
でも、当の本人は人に見られるのに慣れているみたいで、田中さんはにっこりと大人の笑顔を浮かべるだけで、全く気にしていない感じだった。
田中さんの笑顔ってなんか…凄く色気があって、良く分からないけどドギマギしてしまう。
先輩が太陽が似合う爽やかなイケメンなら、田中さんは…なんかちょっと大人の世界を知り尽くした夜の帝王って感じで、お子ちゃまな俺にはちょっと近寄り難い。
…なんて思いながら食事を進めていると、秋月先輩はさすがに剣道をしているだけあって、座っている姿が姿勢正しくて、所作が美しい。
秋月家側の人はなんと言うか… 、折り目正しくきちんとしていた。
でも、何だか良く分からないけど、それがぎこちなくも感じさせても居て…。
俺は食事をしながら、この生活に慣れて行けるのか不安になった。
そうこうしているうちに、正座している足が痺れ始めて来て限界に近い状態になって来た。
トイレにも行きたくなり、俺は途中で
「すみません、ちょっと御手洗に行ってきます」
そう言って立ち上がった…つもりだった。
が、足が痺れてもつれてしまう。
襖に向かって倒れそうになった時
「危ない!」
という声より先に、田中さんが俺の身体を抱き留めてくれた。その時、田中さんの胸に顔を埋めた形になってしまう。
鍛え上げられた身体に、ふわりと香るシトラス系の爽やかな大人のコロンの香りに覚えがあった。
誰だっけ?
俺は田中さんの胸に顔を埋めたまま、思い出していたけど分からない。
「葵様?」
ピクリとも動かない俺を心配して、田中さんが声を掛けて来た。
「あの…この香り、誰かと同じ香りですか?」
思わず尋ねた俺に、田中さんが口を開く前に
「陽一のコロンは昔、モデル時代に陽一に惚れ込んだ調香師が作ったオリジナルのはずだが…」
と、秋月先輩のお父さんが首を傾げて答える。
「あ…そうなんですね。じゃあ、俺の勘違いですね」
笑いながら田中さんから離れた。
「すみません、ありがとうございました」
俺は痺れる足を堪えてトイレに向かう。
でも…確かにあの香りは嗅いだ事がある。
倒れた日?嫌…違う。
あの香りは、田中さんから嗅いだんじゃない気がする。違和感があって、必死に記憶を手繰り寄せる。そして、ハッとした。
あの香りは蒼ちゃんだ!
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