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生々流転⑥
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「ありがとう。親父に気を使ってくれたんだろう?」
先輩はそう呟いた。
俺は先輩の顔を見上げて、胸が再び苦しくなる。
どうして…先輩だとこんなに苦しくなるんだろう?
「あ!あの、先輩。良かったら座って下さい」
勉強机の椅子を勧めようとして、ハタと机に飾ってあるハンカチを思い出す。
あの日、先輩と初めて出会った日に、奪うように借りたハンカチ。
返すタイミングを逃してしまい、そのまま借りている状態だったのを思い出す。
が!時既に遅し…。
先輩は机に飾ってあるハンカチに気付いた。
洗濯してアイロン掛けをして、綺麗にラッピングして置いてあったハンカチを手にすると
「これ…」
って呟いた。
「あ!…そ、それは…」
あの日から、返さなくちゃ返さなくちゃと思いながら、返してしまったら繋がりが消えてしまうような気がして返せずにいたハンカチ。
「綺麗にラッピングしてくれてたんだ」
驚いた顔をしてハンカチを手にする先輩に
「あ!すみません。本当はもっと早くに返すつもりだったんですが…」
って、慌てて苦しい言い訳を呟く。
すると先輩は小さく微笑むと
「大切に保管してくれてたんだね。ありがとう」
そう言ってハンカチをポケットに入れてしまう。
「あっ…!」
って思わず呟くと
「え?」
と、先輩が驚いた顔をした。
ハンカチを返したら、もう繋がりが無くなってしまうような気がしてしまう。
…あ、…でもそっか。
兄弟になるんだっけ…。
疑問の視線を投げる先輩に
「これを返しても、兄弟になるんですもんね」
ぽつりと頷いた俺。
すると先輩はくしゃくしゃな笑顔を浮かべて、俺の頭をワシワシと撫でた。
「え?なんですか?」
驚いて声を上げると
「神崎君、ポケットにハンカチある?」
って突然聞かれた。
「え?あ、はい。」
お店で使ったハンカチを差し出すと、先輩はひょいっとハンカチを掴んで自分のポケットにしまうと、先輩のポケットからハンカチを取り出して俺の掌に乗せた。
深い青い色のハンカチ。
「え?」
驚いて見上げると
「交換しよう」
先輩はそう笑顔で言った。
掌のハンカチを見つめて
「いいんですか?」
って思わず叫んでから
「あ!でも、俺、さっきのハンカチ使っちゃったから、新しいハンカチに交換して下さい」
アワアワしてお願いした。
先輩はそんな俺を楽しそうにクスクスと笑いながら見つめると
「俺はどれでも構わないよ」
って答える。
俺は一度渡したハンカチを受け取り、新しいハンカチと取り替えた。
先輩のハンカチを握り締めていると
「そんなに喜ばれると、勘違いしちゃいそうだよ」
先輩は小さく微笑んで俺の頬に触れる。
頬に触れた温もりが熱い。
まるでそこに心臓があるかのように、頬が脈打つように熱い。
熱がある訳でも無いのに、息苦しくて胸が痛くなる。大好きな漆黒の瞳が、俺を熱く熱を持って見つめているような気がする。
こんな風に見つめられていると、俺の方が勘違いしてしまいそうになるんだよ…。
しばらく見つめ合っていると
『コンコン』
っとドアをノックする音が響く。
俺がハッとして慌ててドアを開くと
「ごめんね、気を遣わせてしまって」
先輩のお父さんが申し訳無さそうに立っていた。
「お電話、大丈夫ですか?」
「あぁ、すまないね。今、大事な仕事があって」
俺と先輩のお父さんが話していると
「折角、時間を作って下さったのに、失礼過ぎるんじゃないんですか?」
先輩が冷めた目をして呟いた。
さっきまで、俺の傍に居た優しい空気から一変して、初めて見た冷たい空気。
「あ!俺は大丈夫ですよ!返って、忙しい時に引き止めてすみません」
慌ててフォローすると、先輩はハッとした顔をして視線を逸らした。
先輩の態度がおかしくて、気になって見詰めていると
「いや、翔の言う通りだよ。折角、コーヒーまで出してくれたのに、本当にごめんね。葵君」
と、先輩のお父さんに謝罪されてしまう。
「あ!本当に大丈夫ですから!」
この凍り付いた空気を何とかしたくてオロオロしていると、先輩のお父さんの携帯が再び鳴り響いた。先輩のお父さんは画面を見ると
「田中からだ。…はい、私だ」
そう言って電話に出ると
「分かった。直ぐ降りる」
と返事をして通話を切った。
「田中が迎えに来たようだから、私達は帰るとしようか。」
先輩のお父さんは先輩にそう言うと、僕の頭に手を乗せて
「今日はありがとう。遅くまで付き合わせて、すまなかったね」
と言うと、玄関へと歩き出した。
先輩と先輩のお父さんを下まで見送ろうとすると、先輩のお父さんから
「葵君、ここで大丈夫だよ」
って言われてしまった。
玄関のドアノブに先輩のお父さんが手を掛けた瞬間
「あの!」
っと、声を掛けた。
そして先輩のお父さんの顔を真っ直ぐに見て
「母さんの事、よろしくお願いします!」
そう言って頭を下げた。
先輩のお父さんは驚いた顔で俺を見ると
「それは…」
と呟いた。
「でも、1つだけ条件があるんです」
俺はそう言いながら、真っ直ぐに先輩のお父さんの顔を見つめる。
先輩が空気を呼んでそっと先に出ようとしているみたいだったから
「あの!先輩にも、聞いていて欲しいんです。」
俺はそう言って2人を見つめた。
ドアノブに手を掛けていた先輩もドアノブから手を離し、俺へと向き直すのを確認してから
「母さん…俺の親父が身体弱くて、結婚式を挙げていないんです。小さな頃、ショーウィンドウに飾られているウエディングドレスを見ては溜め息を吐いていました。だから、母さんにドレスを着させて上げたいんです。」
そう言って頭を深々と下げた。
「葵君…」
俺の言葉に、ポツリと先輩のお父さんの声が聞こえた。
結婚式を挙げるって事は、色々大変なんだって分かってる。
でも、母さんにはきちんとした形で幸せになって欲しかった。
19歳で俺を産んで、入退院を繰り返す親父の看病。いつ、1人で子育てしなくちゃならなくなるのか分からない状況で母さんは生きて来た。
22歳で親父が他界して、そこから母さんは神崎のジイちゃんとバアちゃん。そして親父の兄貴である修治おじさんに支えられて来たとはいえ、1人で子育てして来た。
友達が綺麗に着飾って楽しい時間を過ごす中、母さんは子育てに追われてた。
だからせめて、再婚とはいえ結婚するなら挙式をして欲しいって思っていた。
すると先輩のお父さんは俺の頭を優しく撫でると
「もちろん、そのつもりだよ。今、葵君と翔に誓わせてもらう。必ず、きみのお母さんを、世界一美しい花嫁にする」
って言ってくれた。
俺は嬉しくもあり、もう母さんを支えて生きて行くのは先輩のお父さんなんだ…って、少し寂しかった。
(親父、良いよな?母さん、秋月先輩のお父さんに任せるからな)
俺は心の中で呟いて、先輩のお父さんに笑顔を返した。
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