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第7章 有為転変は世の習い
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来る訳が無いと思ってた。
いや…。本音を言えば、来たら嬉しいなぁ~位の気持ちはあった。
でも、まさか本当に先輩から連絡が来るなんて思ってもいなかった…。
夕飯を食べ終わり、今日は母さんが夕飯を作ってくれたので俺は後片付けを担当。
その間に、明日のお弁当のおかずも詰め込む。
冷蔵庫を覗き込み、お弁当の空いたスペースに詰めるおかずを物色。
茹で小エビとブロッコリーがあるから、明日、マヨネーズ乗っけて粉チーズ振り掛けてトースターで焼けば良いかな…。と考えながら、使う分のブロッコリーを軽く塩茹でする。茹でたブロッコリーをザルに上げ、布巾を掛けて自室へと戻った。
部屋の電気を付けようとして、机の上のスマホがチカチカ点滅しているのに気付く。
電気を付けて机に向かう。
スマホを見ると、知らない番号から着歴が何回かあった。
「まさかね…」
自分に言い聞かせるように呟くと、ブーブーっと着信を知らせるバイブ音が鳴る。
やっぱり、知らない番号の着信。
俺は期待する気持ちを落ち着かせ着信に出る。
「もしもし」
出た瞬間、向こう側から息を飲む音が聞こえた。
それだけで、俺には誰だか分かってしまった。
「秋月先輩?」
俺が呟くと
『何で?』
と、先輩の戸惑う声が聞こえた。
俺がぷっと吹き出して
「それ、俺の台詞ですよ」
って答えると、スマホを耳に当てながらベッドに座る。
窓を見ると顔が熱くなった自分の顔が映っていて、電話で良かったと胸を撫で降ろす。
すると
『突然、ごめん。その…番号を京子さんから聞いて…』
悩みながら話しているのが電話口からでも伝わって来る。
「はい。」
って返事をして、俺は先輩からの言葉をゆっくりと待つ。
少しの沈黙の後
『今日の事を謝りたくて…』
と、意を決した声で先輩が呟いた。
俺は先輩の言葉の意味が分からないでいると
『最後、大人気無い態度をしたから…』
その一言で、俺が電話に出るまでの間、先輩が悩んでいたのが伝わって来た。
そんな小さな事なのに、胸がぎゅっと痛くなってじわりと目尻に涙が浮かぶ。
「ずっと…気にしてくれてたんですか?」
必死に絞り出した声に
『当たり前だろう!…あ、いや…ごめん』
先輩は一瞬荒げた声にハッとして呟いた。
そして大きな溜め息を吐くと
『ごめん。俺、本当にこういうの苦手で…。電話とか、基本的に好きじゃないんだ。でも、メールだと誤って伝わりそうで…』
そう言って再び溜息を吐いた。
『情けないよな…』
小さく笑う先輩の声に益々胸が苦しくなる。
「そんな事無いです!俺、嬉しいですよ。」
『え?』
「俺、先輩からの電話、凄く嬉しいです。」
必死に言うと、先輩が電話の向こうで笑っている気配がする。
『出会い方が悪かったから、ずっと嫌われていると思っていたんだ…』
先輩がぽつりと呟いた。
『いつも、蒼介が羨ましかった…。あいつは章三やきみに慕われて、いつも本当に幸せそうに笑ってて…。俺はずっと大人の中で生きて来たから、同年代や年下の子への接し方が良く分からなくて…。しょっちゅう、蒼介にああやって怒られるんだ』
先輩がぽつり、ぽつりと心の中を吐露している。
それが嬉しくて、苦しかった筈の胸の中が熱くなっていく。
『正直、親父の再婚話を聞いた時は戸惑ったんだ。一人で生活するのに慣れているから、その中に誰かが入って来る事が凄く不安だった。でも…その再婚相手の子供が神崎君だと知って、本当に嬉しかったんだ』
先輩の言葉に思わず腰砕けになって、スマホを耳に当てたままベッドに倒れ込む。
(先輩…今の言葉は反則だよ…)
バクバクと高鳴る心臓の音が、先輩に聞こえてしまうんじゃないかと心配になる。
『もしもし?神崎君?』
胸が苦しくて、呼吸するのも辛くて…沈黙している俺に先輩が不安そうに呼び掛ける。
俺は深呼吸して
「あの…先輩。一つだけお願いしても良いですか?」
ありったけの勇気をかき集めてそう切り出した。
『え?何?一つと言わず、どうぞ』
小さく笑いながら答えた声に、俺は段々と大きくなる心臓の音を聞きながら
「俺達、兄弟になるじゃないですか。だから…今度から俺の名前を呼び捨てで呼んでくれませんか?」
と、一気に吐き出した。
すると今度は先輩が
『えっ!…』
っと呟いたきり沈黙した。
(いきなりでドン引きされた???)
スマホを握る手にジワリと汗が滲む。
(どうしよう…、嫌われたかな?図々しい奴とか思われたかな?)
ここは冗談って事にしておいた方が良いかな?って思った時
『………葵…』
ぽつりと先輩の声が耳に届いた。
神様、俺…今なら天国へ行ける気がします。
照れ臭そうに呟かれた声が、少し掠れていてドギマギしてしまう。
すると
『…も、俺を翔って呼ばないとだよね』
と、先輩に切り返された。
「え!」
『だって、同じ家に住んで『秋月先輩』は可笑しいだろう?』
報復とばかりに言われてしまい、俺はさすがに呼び捨ては無理って心の中でダラダラと汗をかいている気分になる。
「えっと…いや、それは…」
もごもごと反論の言葉を探していると
『3、2、1、はい』
と、カウントダウンされてしまった。
「兄さん!」
咄嗟に叫んだ言葉に、俺は心の中でガッツポーズした。そうだよ!俺は弟だから呼び捨てされて良いけど、さすがに弟が兄貴を呼び捨てにするのはまずい。そう!宜しくないよね!
俺は自分の咄嗟の判断に頷いていた。
すると先輩はプっと吹き出して
『ずるいな~、そう来たか~』
そう言って笑っている。
その声は緊張の糸が切れたようで、素の笑い声だった。
「あのさ…。俺、別にカッコイイ兄貴とか要らないから」
先輩の笑い声を聞きながら、俺はポツリと呟く。
『え?』
驚いた声の先輩に
「秋月先輩が無理しないで、そのままで居てくれたら俺は幸せだから」
心を込めて伝える。
『…………』
受話器の向こうが再び沈黙になる。
「あれ?俺、又変な事言いました?」
沈黙が長くて
「もしもし?先輩?寝ちゃいました?」
寝てる訳無いのを知ってて、ふざけた口調で問いかける。
すると受話器の向こうで、今日、幾度となく聞いた先輩の深い溜息が聞こえた。
『いや、起きてるよ。電話で良かったよ。…ったく、人の気も知らないで…』
と、後半部分は一人言のように呟いた。
「え?」
『え?』
先輩の言葉に反応すると、先輩も思わず漏れたのであろう言葉に気付いたらしい。
『あ…いや、何でも無い。電話ってダメだな…。つい、余計な事を話しちゃうよ…』
苦笑いして言う先輩に
「俺はもっと話を聞きたいです」
そう真剣に答えた。
「だから…これっきりにしないで下さい。」
思わず必死に食らい付いた。
「明日は、俺から掛けます」
『え?』
「一緒に暮らすまで、交互に電話しませんか?その…迷惑じゃなければ…ですけど…」
後半、声が小さくなっていく。
言った言葉にジワジワと恥ずかしくなっていると、先輩が息を呑んだ後に
『良いのか?』
って予想外の返事を返して来た。
「もちろんです!」
食い気味に返事をした俺にクスっと笑って
『分かった。時間は…今くらいの時間が良いんだよね?』
と先輩に聞かれた。
「はい。この時間なら、俺、いつも部屋に居ます。あ!でも、先輩は平気ですか?」
って先輩に聞き返すと、小さく笑いながら
『俺はいつでも大丈夫だよ』
と返されて、俺はフワフワした気持ちになった。
これから毎日、先輩と電話出来るんだ。
嬉しくてジタバタしていると
『じゃあ、今日はこの辺にするな。長電話してごめん』
と、先輩に言われる。
見えないのは分かってるけど首を横に振って
「そんな!…電話、ありがとうございました」
そう返事をした。
すると先輩は電話の向こうで笑いながら
『あ…最後に俺からもお願い』
と言うと
『明日から俺に敬語禁止ね』
そう言われてしまった。
「あ!」
思わず叫ぶと、先輩はクスクス笑って
『無理はしなくて良いけど…。いつか蒼介と話しているように、俺にも自然に話しかけてくれると嬉しいかな』
って言うと
『じゃあ、今日はもう遅いから…』
と先輩が続けた。
「あ…はい。おやすみなさい」
俺が最後にそう言うと…、先輩が小さく笑う。
『おやすみなさい…か。蒼介の家で初めて言われたけど…みんな言うんだな…』
ぽつりと呟かれた言葉に、俺は母さんの言葉の意味を知った。
『ありがとう。おやすみなさい』
先輩はそう言うと電話を切った。
無機質な電話の音を聞きながら、俺は悲しくなった。先輩は今まで、誰かに「おやすみなさい」を言われずに過ごしていたんだ…。
それはきっと…凄く寂しい事だと思う。
先輩にとって、言われない生活が当たり前なのかもしれない。
でも…、それだけ先輩は一人の夜を過ごして来たんだと思うと悲しくなった。
そして俺は心に誓ったんだ。
これからは、俺がずっとずっと先輩に「おやすみなさい」を言ってあげるんだって…。
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