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第8章 雨降って地固まる
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翌朝、蒼ちゃんが心配して章三と俺とを仲直りさせる為に待っていた。
いつもなら居ないマンションの前に、蒼ちゃんの姿があって驚いたけど、朝日を浴びて立っている蒼ちゃんの姿はやっぱり綺麗だった。
「おはよう」
俺を見つけて微笑む姿は、天使と見紛う美しさで思わずうっとりしてしまう。
するとその横で、章三がバツ悪そうに所在無さげにソワソワしてた。
蒼ちゃんはそんな章三の頭をグイッと下げさせると
「章三、あおちゃんに言う事はないのか!」
そう言って章三を睨んだ。
こうしていると、蒼ちゃんはお兄ちゃんなんだなぁ~って思って見ていると、章三が口を開きそうになったのを感じて
「もう、良いから!」
俺はそう言って笑った。
「え?」
俺の言葉に、蒼ちゃんと章三が同じ表情で俺を見る。普段、全く違うタイプだから兄弟には見えないけど、そうしてると本当にそっくりで思わず吹き出す。
「な!なんで笑うんだよ!こっちは昨夜眠れないくらいに悩んだんだぞ!」
章三がムッとして叫ぶ。
「ごめん、ごめん。あまりにも2人がそっくりで…」
俺の言葉に蒼ちゃんは嬉しそうな、章三は嫌そうな顔をして俺の顔を見た。
蒼ちゃんは章三の嫌そうな表情に気付くと、
「章三、なんでそんな嫌そうな顔してるんだよ!」
と言って、章三の頬を摘んだ。
「痛てぇな!俺は兄貴みたいな女顔してねぇよ!」
頬を引っ張る蒼ちゃんの手を払うと、章三が唸るように呟く。
「な!お前、人が気にしてる事を!」
「事実だろうが!」
鼻で笑われて言われた蒼ちゃんは、悔しそうな顔をして俺に顔を向けた。
「あおちゃん、酷くない?これが弟を心配する兄に対してする態度だと思う?」
ムキになって言う蒼ちゃんに苦笑いしていると、蒼ちゃんを迎えに来た秋月先輩が乗る車が到着する。車から田中さんが現れると
「おはようございます。珍しいですね、皆様お揃いで」
と、相変わらず朝の爽やかな空気より、夜のネオン街の照明が似合いそうな色気のある笑顔で言われる。
「あ、おはようございます」
「田中さん!聞いてくれる?章三がね!」
俺と章三が挨拶するのも終わらぬ状態で、蒼ちゃんが田中さんに章三の悪態を文句言っている。
田中さんは苦笑いを浮かべながら
「せっかくですから、お二人もご一緒にいかがですか?」
と、俺と章三に後部座席のドアを優雅に開けて促す。なんだろう?田中さんがやると、ホストのお見送りのように見えるのは俺の偏見かな?
そんな事を考えていると、章三はさっさと先に車に乗り込んでしまう。
「さ、葵様もどうぞ」
にっこりと微笑まれて、俺は昨夜の電話を思い出して恥ずかしくなる。
少し緊張しながら車に乗り込むと、章三の反対側から先輩の顔が見えた。
「おはようございます」
少しギクシャクしながら笑顔で挨拶すると、先輩も心無しか少し照れ臭そうに
「おはよう」
と、笑顔で答える。
なんだか少しくすぐったい感じでモジモジしていると
「どうした?まさか、今更トイレか?」
って、空気を読めない章三に言われて
「はぁ?違うよ!馬鹿章三!」
と、思わずムッとして叫んでしまった。
「はぁ?馬鹿って何だよ!」
「馬鹿に馬鹿って言ったら悪いのかよ!」
「お前な!馬鹿馬鹿連呼しやがって!学校の成績はお前より良いからな!」
章三の最後の駄目押しに、『カンカンカンカンカーン!』と、章三勝利のゴングが脳内で鳴り響く。
「グッ!」
って俺が息を呑むと、章三が小さくガッツポーズしているのが目に入た。
「~~~~~~~!」
悔しくて、思わず前に座る助手席の蒼ちゃんに
「蒼ちゃ~ん、章三が虐めるよ~」
運転席と助手席の間から顔を出して訴える。
すると章三が俺の肩を掴み
「兄貴に援護を求めるな!」
って邪魔して来る。
蒼ちゃんに呆れた顔をされて
「こら!2人とも車の中で暴れない!運転の邪魔になるだろう!」
と言われながら、頭をポンポンっと軽く撫でられた。その扱いに頬を膨らませていると、反対側の座席からクスクスと笑う声が聞こえる。
(あ…先輩が居たの忘れてた…)
恥ずかしくなって、しゅるしゅる~っと小さくなりながら元の場所に戻ると、車のミラーから田中さんがその様子を眺めて
「葵様は、蒼介さん達といらっしゃる時は、本当に元気なんですね」
と呟くと、ふふって笑いながら視線を前へと戻した。
「すみません…」
小さくなって呟いた俺に
「いえいえ。翔さんとも、その位仲良くして下さると嬉しいです」
田中さんは前を見て運転しながらそう答え
「そうですね…。お互いの名前を呼び捨てに呼んで欲しいなんて、可愛いお願いがし合えるくらいには」
そう続けたのだ。
その瞬間、俺と先輩の顔が同時に『ボン』って音が鳴ったんじゃないかと思うくらいに真っ赤になった…と思う。
蒼ちゃんと章三が俺達の反応を見て『何?なに?』って顔をして怪しんで、俺と先輩の顔を交互に見ている。
恥ずかしくて先輩の顔を見ると、先輩が手を顔の前で左右に振って「俺は喋ってない」ってアピールしている。
「あ…、すみません。今の話は、あくまでも私の希望的感情から出た妄想です」
と、しれっとした顔で田中さんが続けた。
「妄想…ねぇ…」
蒼ちゃんが何やら言いたそうに呟くと、章三はキョトンっとした顔で
「でも、二人ともお互いの連絡先を知らないんだよな?」
と、俺に聞いて来た。
もう、どうしたら良いのか分からなくなり、パニックになっている俺の顔を見て、田中さんがクスクスと楽しそうに笑いながら
「えぇ…。ですから、私の妄想なんです」
って、含みをはらんだ言い方をされてしまい、俺と先輩は目を見合わせた後、ゆっくりと視線を反対側の窓へと移す。
すると
「田中、覚えてろよ…」
そうポツリと低く呻く先輩の声が聞こえた。
程なくして、車が学校の送迎車専用駐車場へと滑り込む。
俺はホッと胸を撫で下ろし、ドアを開けてくれる田中さんに促されて車を降りた。
「あ、僕は後から行くから…」
蒼ちゃんがそう言うと、先輩と章三が校舎へと歩き出した。それを確認すると、車はゆっくりと動き出して駐車場の奥地へと移動して停車する。
「朝から良くやるよなぁ~。翔さん、毎朝苦痛じゃないの?」
呆れた口調で言う章三に
「ん~…慣れた。」
と、手短に先輩が答える。
「まぁ…普段は俺、ヘッドホンして寝てるしね」
「だよな…」
はぁ~っと大袈裟に溜息を吐いた章三に、俺は疑問の視線を投げる。
「あ、お前は知らない方が良いと思うよ」
と、章三が答えると、章三の背中に大きな身体がのしかかって来た。
「よぉ、風紀委員」
金髪にグレーの瞳が印象的な荻野先輩だった。
顔立ちも日本人離れしていて、ロシアと日本人のクオーターらしいが、納得いく綺麗な顔立ちをしている。
身長は186cmで、この品行方正な学校に似つかわしく無い素行不良な方でも有名な人だ。
とはいえ、先輩や蒼ちゃんとも仲良しなので、きっと悪い人ではないんだと思う。
…思うんだけど、どうやら俺は嫌われているらしい。いつも完全に無視されている。
急に居心地が悪くなって、どうしようと思っていると
「お前…鞄は?」
突然、荻野先輩に言われて、車に忘れて来た事に気付く。
「あ!車に忘れた!」
慌てて叫んだ俺に、章三が呆れた顔をする。
「兄貴に、クラスに持ってくるように連絡すれば?」
と言われ、俺は
「あ、取ってきます」
そう言って踵を返した。
「え!」
「え?」
先輩と章三の声がハモっている。
「あ、嫌。それはまずい!」
2人のハモる声を背中で聞きながら、俺は走り出す。荻野先輩のグレーの瞳は、何もかもを見透かしているようで苦手だ。
距離も遠くないし…と考えて走っていると、グイッと腕を掴まれた。
驚いて振り向くと、軽く息を切らせた先輩が
「足、速いなぁ~!追い付かないかと思った」
そう叫んだ。
「先輩?」
疑問に首を傾げると
「ちょっと待ってて。」
って言いながらスマホで電話を始めた。
「お取り込み中、悪い。神崎君が鞄を車に忘れたらしい。うん、そうそう。」
話しながら、会話の所々で先輩が俺の顔をチラリと見る。
「まぁ、その辺は大丈夫じゃないか?蒼介の可愛い可愛いあおちゃんだから」
話題の中での話だけど、『あおちゃん』と呼ばれてドキリとする。
田中さんと話しているらしく、話しながら時折先輩が優しい表情で笑ってる。
俺の話題だから、隣に居て気になってそわそわしてしまう。
しばらくして
「分かった。うん、じゃあ伝えておくよ」
先輩がそう言うと、通話を終えてスマホを胸ポケットの中へと戻した。
前から思っていたんだけど、先輩の立ち居振る舞いは綺麗だと思う。
剣道もそうなんだけど、力技では無くて流れるように美しい。
ぼんやりと考えていると、先輩はちょっと小首を傾げて俺の顔を覗き込んで来た。
「え!あの…どうなりました?」
思ったより近い先輩の顔に、思わず動揺して声が上擦る。
「鞄、蒼介がクラスに届けてくれるらしいよ」
「あ、そうなんですね」
先輩の言葉に曖昧な返事を返すと
「何かあった?」
と聞かれた。
「え?」
「心ここに在らずって顔してたから」
俺の目を覗き込む漆黒の瞳に、心臓が高鳴る。
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