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雨降って地固まる⑤
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2人の姿がマンションに消えると、田中さんの車がゆっくりと動き出した。
「え?あの、何処へ?」
思わず運転席の田中さんを覗き込んで尋ねると
「まぁ、良いですから。」
そう言って、車は俺の知らない道を走り出す。
「…ん、あおちゃん」
婆ちゃん家に行っていて疲れていたらしく、気付いたら眠っていたみたいだった。
蒼ちゃんに呼ばれて、目を擦りながら目覚める。
そこは凄い豪邸の駐車場で、俺は思わず飛び起きた。神崎家が純和風の造りだとしたら、この家は煉瓦造りのお洒落な家だった。
「え?何?ここ、何処?」
驚いていると、蒼ちゃんが苦笑いしながら
「翔の家だよ」
って答えた。
「え!秋月先輩の?」
…って事は、俺、母さんが再婚したら此処に住むの?ってあんぐりとしていると、蒼ちゃんが俺の手を突然掴んで
「バトンタッチ」
と言って、俺の手の平に手をタッチして来た。
「?」
疑問に思っている俺を他所に
「では、1時間後にお迎えに上がりますね」
って田中さんが満面の笑みを浮かべて俺の手に鍵を握らせると
「あ、翔は今、何も知らないでリビングに居るから」
と、蒼ちゃんもそう言い残し、田中さんの助手席へとさっさと行ってしまう。
「出来れば1時間後とは言わず、もう少しゆっくりして欲しいなぁ~、僕は」
蒼ちゃんの、有無を言わさない笑顔が怖い。
俺がコクコク頷きながら
「ぜ…善処します」
と答えると、蒼ちゃんはクスクス笑いながら
「じゃあ、又後でね」
って、田中さんの運転する車で消えてしまった。
俺は意を決して、秋月家の玄関のドアを恐る恐る開けた。取り敢えず鍵を閉めて
「お邪魔します」
と、小さな声で呟いた。
玄関には、高そうな玄関マットとモフモフのスリッパが置かれている。
ピカピカに磨かれた廊下は広く、ドアがいくつもあってどれがリビングなのか迷っていると、1箇所だけドアが硝子になっていた。
中を覗くと、ソファーに座ってテレビを見ている秋月先輩の姿が見えた。
俺の見た事の無い、寛いでいる先輩の姿にドキドキしてしまう。
どうしようかと悩んでいると、気配を感じたらしい先輩が
「蒼介?田中、戻ったのか?」
って、テレビに視線を向けたまま先輩が呟いた。
(ど…どうしよう…)
リビングのドアノブを握り締めて動けずにいると、不審に思ったのか先輩が立ち上がって近付いて来た。
「蒼介?何やって…」
ドアが開き、先輩が顔を出した。
俺と先輩、しばらく見つめ合う。
「…」
「…こんにちは」
必死に絞り出した声に、先輩が目を見開いている。
「え?か…神崎君…?あ、えっと…あれ?」
真っ赤な顔をして動揺している先輩に、俺は
「蒼ちゃんは、田中さんと何処かに行きました。1時間後…くらい?に、田中さんが迎えに来てくれる事になってます…」
と言いながら、後半、声が小さくなって行く。
「え!あ、そうなんだ。」
先輩はかなり動揺しているらしく、何故か行ったり来たりしている。
そして自分の格好に気付くと
「ごめん!蒼介だと思ってたから、こんな格好で…」
そう呟いた。
先輩は白いTシャツに薄いブルーのシャツを羽織っていて、下はベージュ系の細身のパンツを履いている。
「え?全然、大丈夫ですよ。むしろ、俺の方がこんな格好ですみません」
俺は婆ちゃん家に行くだけだからと、パーカーにジーンズ姿だった。
急に恥ずかしくなって小さくなっていると、先輩は優しく微笑み
「似合ってるよ」
そう言った。
嬉しさと恥ずかしさで真っ赤になると、先輩も自分の言葉に恥ずかしくなったみたいで真っ赤になっている。
「取り敢えず、立ち話も何だから中に入って」
先輩に招かれて、リビングの中へと入る。
テレビでは、お笑い芸人さんが充電バイクで旅をする番組の再放送が流れている。
20帖はある広いリビングに、大きな画面のテレビ。でも、生活感があまり無い。
リビングの先に、ダイニングテーブルが置かれたオープンキッチンがある。
木目を基調としたキッチンで、先輩は俺にリビングの革張りのソファーに座るように言うと、システムキッチンの大きな冷蔵庫を開けて飲み物を持って来てくれた。
「大した物、無いけど…」
とコーラを手渡して、広いソファーで俺の隣に座る。多分、3人掛けなんだと思うけど、大きめに出来たソファーは座ると身体にフィットして座り心地が良い。
「全く…あの2人は何を考えてるんだか…」
テーブルに広げられた教科書や参考書を纏めながら、ポツリと先輩が呟いた。
「突然押し掛けてすみません」
別に押し掛けて来た訳では無いけど、いたたまれなくて軽く頭を下げると、先輩は小さく笑い
「ごめん、葵を責めた訳じゃないんだ。突然、2人きりにされて困ってるんじゃないかと思っただけだから。」
そう言って、俺の頭をくしゃくしゃって撫でた。
ぐるりと見回した秋月家は、リビングとキッチンだけでうちのマンション位はある広さだった。
無機質に流れるテレビの音が、俺達しかいないのを物語るように響いている。
こんな広い家で、先輩はずっと1人で過ごして来たんだと思うと切なくなった。
俺が先輩を見上げると、先輩は「あ!」という顔をして立ち上がり
「自分の部屋、見ておく?」
そう言って歩き出した。
俺も慌てて立ち上がり、先輩の後ろに続く。
「キッチンの奥にある扉、あそこは浴室。再奥の部屋は、親父の寝室になってる。」
1階だけでもかなりの部屋数があり、迷子になりそうだと思いながら着いて歩く。
玄関の手前にある階段を上ると中二階があり、そこはトイレだけのスペースになっている。
そのまま2階に上がると、ドアが4つ並んでいた。
「手前右側が俺の部屋だから、左側の部屋になるけど大丈夫かな?」
先輩は話しながら、俺の部屋になる予定のドアを開けた。…広い!だだっ広い!
今の部屋は6帖なんだけど、多分、12帖はある。
何も無いガランとした洋間に足を踏み入れると、日当たりは良く、正面と左側の窓から明るい陽射しが差し込んでいる。
「何か希望があったら言ってね」
の先輩の言葉に、
「あ!先輩の部屋が見たいです!」
と、トンチンカンな言葉を叫んでいた。
先輩は一瞬驚いた顔をしてから、プッと吹き出して
「どうぞ。何にも無い部屋だけど…」
そう言って、先輩の部屋のドアを開けた。
中に入ると、部屋はほぼ青で統一されていた。
ドアを入ると大きな窓が正面にあり、右側の窓の下に大きなベッド。
反対側に勉強机が置かれている。
入口入って左側は、壁に作り付けられたクローゼットがあり、右側にオーディオラックが置かれている。全体的には木目調だが、カーテンやベッドカバー。ラグマットが深い藍色で統一され、机の横にある本棚も深い藍色だった。
本棚には参考書の他に、剣道の雑誌も置かれている。
「先輩、青が好きなんですか?」
何気なく聞いた俺に、先輩は苦笑いを浮かべて
「いや。田中が…青は精神を安定させるのに良いからって…」
そう答えた。
見たいと言ったのは俺なんだけど…、今更ながら何だか落ち着かない。
そわそわしていると、机に飾られた一枚の写真を見付ける。
赤ちゃんを抱いて微笑む綺麗な女性と、多分小学生くらいの田中さんが写っている。
田中さんも今の雰囲気では無く、屈託なく笑って赤ちゃんを見ている写真だ。
見ているだけで温かくなる写真に、思わす手に取って見ていた。
すると先輩は「あ…」と短く言って
「ごめん」
と言いながら、俺の手から写真を奪う。
その顔は…罪悪感の色を含んでいた。
「どうして?それ、先輩と先輩のお母さんでしょう?田中さんも写ってる」
俺は俯いてから
「俺…先輩のお父さんに親父の写真を見られて、多分、先輩と同じ顔したんだろうね。先輩のお父さんは、俺の父さんをひっくるめて家族になりたいって言ってくれた。だから、今度は俺が先輩に言います。俺、先輩のお母さんも含めて、先輩と家族になりたいです。だから、先輩は堂々とお母さんの写真を飾っていて下さい」
そう言って先輩を真っ直ぐ見つめた。
先輩は驚いたように目を見開いて俺を見つめて居る。
「だって…、先輩のお母さんが居なくちゃ、先輩はこの世に生まれて来なかったんですよ。感謝すればこそ、隠す必要なんかないです」
笑顔で先輩にそう告げると、突然、先輩が俺を強く抱き締めた。
「どうしてきみは…そういう殺し文句を平気で言うんだよ。期待しちゃうじゃないか…」
苦しそうに先輩が呟く。
俺は先輩の胸に抱き締められていて、先輩の顔が見えない。
ただ、押し当てられた先輩の胸の鼓動が、俺と同じように早い。
俺は、抱き締められてる時って手をどうするんだっけ?って考えながら、ゆっくりと先輩の背中を抱き締めた。すると、先輩の俺を抱き締める腕が少し緩む。俺が先輩の背中に回した手を緩めて顔を見ようと視線を上げると、先輩の大きな手が俺の両頬をそっと包む。
先輩の漆黒の瞳と俺の視線が重なる。
俺は先輩の瞳に吸い込まれるように、そっと瞳を閉じた。
ゆっくりと先輩の顔が近付き、唇に先輩の吐息を感じて先輩の唇が触れようとした瞬間、開いたままのドアから玄関の鍵が開けられる音が響き
「あおちゃん、お待たせ。ごめんね~。気付いたら一時間以上経過してたよ~」
と叫びながら入ってくる蒼ちゃんの声が響く。
その瞬間、俺と先輩はハッとして慌てて離れた。
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