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グッド・ガイ②
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え、そうなんだ、 俺ゲーム超得意よ、本当本当、ね、剛ちゃん。
あ、そうっすね。俺は引き攣る顔を無理矢理緩ませ、岡野主任とゲームセンターに行った時の話を口から絞り出した。えーっ、すご〜い。目の前の女性陣が分かりやすいお世辞を放つ。
上機嫌な岡野主任が、ゲームが好きと言った真ん中の女の子に熱心に話しかけ始めたのを見届けてから、俺は手元に居座るハイボールに手を伸ばした。
喉を通り過ぎる強炭酸。いつもは大好きな筈なのに、今日のハイボールは心なしか、苦くて刺激が強い。
結局、気付けばあっという間に例の合コンの開催日になっていて、俺の気分は全く上がらないままだった。つい1時間程前、男性陣で待ち合わせをした瞬間から余計に、やる気が削がれてしまい、やっと20時を回った現在に至る、というわけだ。
今日の19時前、会社のエントランスで、俺達3人は初めて合流した。こんなに気乗りしない待ち合わせを経験したのは、初めてだった。
宜しく、登坂です。そう俺に右手を差し出した彼は、同じくらいだろうと思っていたが全然俺より背も高く、肌も陶器のように艶々として、何とも言えない男の良い香りを漂わせていた。アーモンドの様な切れ長の目でにこりと笑いかけられると、ウッ、と、面食らいそうになった。
爽やかな紺色のスーツに、グレーの水玉のネクタイを合わせ、真面目さとお洒落を共存させている。何て紺色が似合うんだろうか。高そうな腕時計に、ピカピカの靴、人気のビジネスブランドのロゴで飾られた、趣味の良い鞄。
岡野さん、俺そんなに喋るの得意じゃないから、岡野さんに頼っていいですか?落ち着いたクールな声色で、俺の先輩に媚を売る彼の横顔を、後ろからじとりと見つめながら歩いた。
負けた。勝ち目がない。最初から勝とうなんて、思っていなかったけれど。
「剛田さんって、お休みの日何してるんですか?」
へっ??と、間抜けな声が出た。
突然俺に向けられた質問の声の持ち主は、俺の目の前に座る、入社3年目、ショートヘアの猫目の子。可愛い。確か名前はユカちゃん。
え、俺、俺は、うーん何してるかな、筋トレ…?って、答え方がちょっとダサかったかもしれない、でもその子が、えーっ、剛田さんって身体鍛えてるんですね、隠れマッチョですか??と、食い付いたので、女性陣全員の視線が、いきなり俺に注がれる。
「イヤ、全然、元が細くて」
え、触ってみたーい、と、ユカちゃんが魅力的な願望を口にした直後、一番左奥に鎮座していた岡野主任がおもむろに立ち上がり、ハイッ、岡野ですと、携帯を片手に声を発した。
酔っ払いの癖に一気に表情が引き締まった様子を見れば、仕事関係の電話であることは確かだ。岡野主任は、静まり返った俺達にごめんとジェスチャーをしながら、席を離れ、そのまま店の入り口へ。しばらく帰って来ないかもという雰囲気を醸し出す、後姿。
それをキッカケにしたのか何なのか分からないが、女性陣はお手洗いに行くと言い、全員立ち上がり始めた。え、ちょっと待ってよ。さっきの、俺の筋肉触りたいの流れは??え、え、ちょっと待ってよ、そんな、皆いなくなったら、
ほんの一瞬で、その場には男二人が取り残された。よりによって、よく知らない登坂という男と、俺。
困った。気まずい。何か話すにも思い付かず、とりあえずハイボールを口に含む。左隣に座る彼の方を、気付かれないように盗み見ると、残り僅かな麦酒のグラスを傾け、飲み干しているところだった。
合コンで無難な対応を貫く彼、特に盛り上げるでもなく、女性陣にガツガツ行くでもなく、岡野主任を立てつつも、ただ、無難。
本当にこの男は、上司につっかかり、誰でもデートに誘い、他人の女を盗るような男なのか?もしかしたら、その無難さが戦法か。
「あの、何か、飲まれますか」
「え、ああ、ありがとう」
一応先輩だからと気を遣った俺は、彼の要望通り麦酒を注文する。店員が立ち去った直後、なんか、今日は御免ね、と、彼が言った。
「えっ、何がですか」
「だってさ、俺剛田君と話した事もないのに、いきなり来て」
「いやいや、全然、岡野主任すごい喜んでますから、登坂主任と知り合えて嬉しそうだったし」
嘘、何で。そう言いながら、彼が笑う。
何だ、良かった。気まずさが少し和らいだことに、俺は安心した。改めて笑顔を間近で見ると、やっぱりめちゃくちゃ男前で腹立つが、岡野主任の言ったように、「喋ると意外と普通だ」というのは、強ち間違いではないかもしれない。
「登坂主任、有名人だから」
「やめてよ」
「いや、本当に」
「あ、でも、俺も剛田君のことは知ってたよ」
「え??本当ですか」
「本当本当、広報部の剛田君が可愛い、って、営業の女性陣が言ってて、名前だけ覚えてた」
女性陣からそう言って貰えていたのは嬉しい。でも、男の俺の存在を、わざわざ覚えていたなんて変わった人だ。
あ、分かった、少しでも自分の地位を脅かすライバルを、潰しておきたかったとか。いやいや、俺なんてアンタの足元にも及んでませんけど。見れば分かるでしょ。
俺は、照れ臭さを隠す為、喋り続けた。
「いや、登坂主任に比べたら俺なんて、だって、本当、なんか憧れっていうか、めちゃくちゃ格好良いなって、前から思ってたんで、今日こうやって知り合えて、嬉しいです」
別に憧れてなんかないし、知り合いたかった訳でもない。何なら面識もないのにちょっと嫌いだった。でも、饒舌な俺の口は確かに、調子の良い嘘を吐いた。その場凌ぎの、ただのお世辞。
「本当に?」
営業の登坂は、俺の顔を覗き込むようにして、視線を合わせ、そう尋ねた。
はい。俺は躊躇もせずに、小さな嘘にしっかりと釘を刺した。別に、今後の円滑な人間関係の為ならばと、何の悪びれもなく。
「嬉しいな、俺もさ、」
今日実際に剛田君と会って、本当に可愛いなって、ビックリしたから。
えっ、と、俺が呟いたその一瞬に、目の前の彼の瞳がゆらりと混ざる。左眼の端の特徴的な泣きボクロが、突然存在感を主張して、あれ、呼吸が止まってしまう。何故?深い焦げ茶色のビー玉が瞬きをして、俺の内部まで、俺の両眼の裏側まで、見透かされているみたいだ、怖い、やめてくれ、待って。
彼の視線に捕まって、何も反応ができない俺。1秒、2秒経ってやっと、目を逸らしたのは彼だった。
それと同時に彼は、フフ、と、息が零れてしまったような笑い方をした、切れ長の目が細まり、白い歯が鏡のように煌めき、たった数秒のその動作がまるで、スローモーションのように流れ、再び空気が動き始める。
俺の心臓がハッ、と縮む。魅力的。魅力的な人だ、ただ男前なだけじゃない。この人は、性別なんて超越した、魔力みたいなものを、隠しているんだ。
「冗談だよ」
彼は俺を安心させるかの如く、そう言って、俺の背中に、強めにポン、と触れた。頼りなさとは対極にあるような、男性的な掌で。
すぐに女性陣が帰って来て、岡野主任も戻って来た。楽しい宴会が再開され、二人きりの空間は壊された。
その後俺は、更に刺激を増したハイボールを勢いに任せて飲み続け、その場を盛り上げることに徹した。楽しそうな岡野主任の横顔と、可愛い女の子達の華やかな笑い声。
俺はもう、隣に座る彼の顔を見ることができなくなっていたんだ、彼の落ち着いた声だけが、左耳を通して脳の奥まで、鳴り響く。
心地良い酔いに身を沈めながら、俺はさっきの言葉を思い出していた。
冗談だよ。彼が俺に言ったその一言が、実は冗談ではなくて、本当の話だったら良かったのに。
俺の痺れた本能が、そう訴えている。
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