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第七章 僕…もしかして…
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「お前等、何かあった?」
あの日以来、田中さんは僕を避けるようになった。
それは無視をするとかのあからさまなものでは無く、何となく話し辛い空気を出して必要最低限の会話しかしないようにしているようだった。
僕はずっと、あの日に言ってしまった言葉を後悔した。
でも、何がそんなに嫌われる言葉だったのかは分からない…。
もしかしたら…、旅館での様々な事が迷惑だったのかもしれない。
あの日、あんなに幸せだったのは、夢だったのかもしれない。
そう思うようになっていた。
そんな日が数日過ぎた頃、お昼休みの時に翔から冒頭の言葉を切り出された。
「分からない…。お墓参りに一緒に行った時、僕が田中さんを怒らせてしまったみたいなんだよね…」
ぽつりと呟くと、翔が首を傾げて
「怒る?田中は怒ってはいないと思うけど…。ただ…」
そう言い掛けて、翔が黙り込んでしまう。
「え?何?」
話の途中だったので気になって聞くと
「あいつ、今、久しぶりに荒れてる」
とだけ答えた。
「荒れてる?」
「そう。何となくだけど…、それは分かる。」
翔の言葉は、基本的に思った単語しか言わないから分かり辛い。
「え?良く分からないんだけど…?」
僕が首を傾げると
「実はさ…、来週から送迎をしばらく他の奴にさせるって言い出して…」
言い辛そうに話し始めた。
「え?」
「嫌、水曜日の勉強会はそのままなんだけど…。あいつが言うには、仕事が忙しいから今月だけって言われたけど…」
と、言われてしまった。
「そんな…」
落ち込む僕に
「だから、お前等にあの日に何かあったのかな?って…。田中は、今まで俺の運転を一度だって誰かに任せた事が無かったから…」
と、翔が追い打ちを掛ける。
(そんなに嫌われてしまったんだ…)
ずっしりと現実を突きつけられて落ち込んでいると
「まぁ…一か月だけだし、気にすんなよ!」
って、気にするような言葉を吐いたヤツが呑気に笑っている。
僕はあの日以来、放課後は生徒会のお手伝いを始めた。雑務が多いけど、生徒会の活動内容が見られて面白かった。
冴木会長も、生徒会の活動をしている時は尊敬出来る程にキレ者だった。
僕に見せるあのふざけた態度が無ければ、本当に素晴らしい人なんだけど…。
生徒会の手伝いを始めてからというもの、翔が僕を呼びに来る事が増えて、田中さんと二人になる時間が無かったと言えば、無かった。
僕は何が原因で田中さんに嫌われてしまったのか分からないけど、今のままが嫌で…迷惑をたくさん掛けた事も含めて謝ってみようと思った。
この日、少し早めに生徒会のお手伝いを終わらせてもらった。
生徒会室は、僕達が授業を受けている新校舎の裏手側にある旧校舎の最上階にある。
なので、生徒会室から送迎用駐車場が見えて、田中さんが到着したのが分かった。
僕は急いで車に向かい、運転席に座る田中さんにノックをした。
すると田中さんは無表情のまま
「今日は早いんですね」
と、車から降りて来る。
走って来たから息が苦しい。
呼吸を整えてから
「あの…僕、謝りたくて…」
田中さんを見上げて切り出した。
すると田中さんが
「え?」
って、不思議そうな顔をした。
「あの日、僕…田中さんに失礼な事を言ってしまったんですよね?それとも、やっぱり2日間もご迷惑をお掛けしたから…。だから…、もう嫌になって僕の事を避けてるんですよね?ごめんなさい。迷惑掛けて、本当にごめんなさい」
頭をペコリと下げて謝った。
でも、田中さんから返事が無い。
(あぁ…、そんなに嫌われたんだ…)
って思って顔を上げると、田中さんの方が傷付いた顔をして僕を見ている。
不思議に思って見ていると
「どうしてあなたは…」
そう呟いてから
「別に怒ってはいないですよ。それに、赤地さんは何も悪くないです」
と答えて僕から視線を外した。
その姿はまるで、僕を拒絶しているかのようだった。その時、僕の心は真っ二つに引き裂かれたように痛んだ。
苦しくて、息が出来ない。
何でこんな気持ちになるんだろう?
僕はやっと確信した。
田中さんへの気持ちが、いつの間にか憧れや信頼を通り越して、恋愛対象としての好きに変化していた事に…。
多分…田中さんはそれに気が付いたんだ……。
だから、僕を避けて…。
そう思った瞬間、僕の胸に絶望感が広がる。
好きだと気付いた瞬間に、失恋するなんて…。
もう…何も言えなくなって、僕はその場から動けなくなってしまう。
その時、僕の背後から
「悪い!今日は蒼介、早かったんだ…」
翔が僕に声を掛けて、息を呑んだのが分かった。
その言葉に田中さんも僕に視線を向けて、目を見開く。
僕は何が起こってるのか分からなくて茫然としていると、田中さんがハンカチを差し出した。
「え?」
驚いて自分の顔に触れると、涙が溢れている。
「田中!お前、何したんだよ!」
翔が田中さんに掴み掛って行く。
僕が慌てて
「翔!違うんだ!田中さんは何もしてない。僕も…何で泣いてるのか…自分でも分からないんだ」
必死に翔を止めながら叫ぶと
「お前…」
翔は悲しそうに顔を歪めて、僕の頭を抱き寄せた。
「え?」
驚いて固まっている僕に、翔が背中を優しくポンポンっと叩くと
「今日は…冴木先輩と帰った方が良い」
そう呟いた。
そして僕の手を掴むと、田中さんに背を向けて歩き出す。
「翔?どうしたの?」
驚いて、翔と車に立ち尽くす田中さんを交互に見た。
翔は黙ったまま歩いて生徒会室まで行くと、生徒会室をノックした。
「はい?」
中から津久井先輩の声が聞こえる。
ドアが開き、津久井先輩が僕の顔を見て驚いた顔をした。
「すみません。うちの馬鹿がこいつを泣かせまして…。馬鹿の車に乗せる訳にはいかないので、こいつを送ってもらえませんか?」
翔が津久井先輩と、部屋の奥に居るらしい冴木会長に話している。
僕は涙腺が壊れたみたいに、止まらない涙を必死に止めようとしていた。
両手で拭っても拭っても、涙が止まらない。
翔が俺の手にハンカチに握らせると
「うちの馬鹿の処罰は、俺がきちんとけじめ付けますので」
そう言って、二人にお辞儀した。
「それは構わないけど…」
戸惑うような津久井先輩の声を聞きながら、僕は踵を返して歩き出した翔の上着を掴んだ。
「違うから!本当に…本当に田中さんは何もしてないんだ。僕が…僕が悪いから」
必死に訴える僕に、翔は悲しそうに小さく微笑むと
「どうであれ、俺の親友にそんな顔をさせた落とし前は着けてもらう」
と言うと
「まぁ、お前が心配するような事はしないから安心しろ」
そう言って頭を優しく撫でると、翔は僕の手を剥がして去って行った。
「大丈夫ですか?」
声を掛けられて、僕は視線を津久井先輩に向ける。
津久井先輩は労わるような目で僕を見ると、そっと中へと促す。
いつもなら『マイハニー』とか言って抱き付こうとする冴木会長も、珍しく神妙な顔をしていた。
自分がどんな顔をしているのか分からず、会長室の窓に写った自分の顔を見て驚いた。
そこには悲痛な顔で涙を流す僕が写っている。
「あれ?なんでこんな顔してるんだ?」
必死に笑おうと口角を両手で上げる。
涙は涙腺が壊れたみたいに止まらなくて…。
「こんな顔を見せて、ごめんなさい」
必死に止めようと、翔に握らされたハンカチで目を押えて上を向く。
すると冴木会長がポンっと僕の頭に手を乗せると
「何があったかは聞かない。泣きたいなら、思い切り泣けば良い」
そう言われて、止まり掛けた涙が溢れた。
蘇るのは、あの日の田中さんとの時間。
笑った顔も、困った顔も、伯母さんの旅館だからなのか、コロコロと表情が変わる田中さんに親近感が湧いて、愛しいと思った。
誰かを好きになって拒否されるって、こんなに苦しいんだ。
初めての経験に、胸が締め付けられるように苦しい。
思わず声を上げて泣き出すと、冴木会長がそっと僕の頭を撫でて、そっと優しく抱き締めてくれたけど…。
それが、やっぱり田中さんではない事を実感させられてしまい悲しかった。
もう二度と、あの日のような幸せな時間は来ない。頭では理解しなくちゃいけないと思っても、心が張り裂けそうに痛い。
こんなに拒否されるなら、好きにならなければ良かった。
あの温もりも声も香りも…決して僕のものにはならない。
それがとても悲しくて、僕はしばらく泣き続けていた。
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